Sequence13:部長は通達する
広大な学院の敷地内をぐるっと一周してグラウンドへ戻ってきたところでひとまず早朝のロード・ワークを終えたウィリアムとアレクシウス。女子は男子に較べるとデュアルフット部員数が少ないため、これから朝の勧誘準備に向かうというマーヤノーマと別れて自分たちのグラウンドに帰ってきた二人が目にしたのは、昨日の模擬試合で対戦した上級生たちの姿だった。
「あ、おい。帰ってきたぞ。」
「ああ。」
ウィリアムたちを見つけると、彼らはすぐさまグラウンドの入口に駆け寄ってきて、一列に並んだ。
まるで立ち塞がるかのような布陣に、一瞬、二人の脳裏にまたも難癖を付けられるのではないかという疑念がよぎる。
「おい、アンタら、昨日あれだけやったってのに、まさかまだ」
眼に前の上級生たちに対して威嚇するように声を上げようとするアレクシウス。
だが、それを遮るように放たれた次の言葉で、彼らの警戒は一発で吹き飛ばされた。
「ウィリアム、君には私の都合で本当に申し訳ないことをしてしまったと思う。」
深々と頭を上げるフェルディナンド。それに続いて、他の先輩たちも一緒に頭を下げて謝罪の姿勢をはっきりと表明した。
その姿に寧ろ、ウィリアムは困惑すら感じてしまう。アレクシウスも、よく分かっていないようだった。
「あ、いや、先輩たち、あ、頭を上げてくださ」
「いや、そうはいかない。実は、他のメンバーと違って、君の実力を私は正しく認識していたんだ。その上で、チームの利益を優先するあまり、不名誉な役回りを君に演じさせてしまったのだから。」
ひとまず頭を上げて貰おうとウィリアムが声を掛けても、やはりそれを言い切るより早く、更に深く頭を下げるフェルディナンド。
「えっと、都合とか、チームの利益というのは……」
ウィリアムは、とりあえず疑問に思った点から解消していこうと質問してみる。
「そうだな、何処から話すべきだろうか。君は、どうしてこの王立キングスフィールド学院に入学を決めた?」
「……それは、中等部の時にジョルジオ先輩に声を掛けて貰って、キングスフィールドは去年の全国デュアルフット高等部門で優勝したチームでしたから、極めて名誉なことですし、国内でもトップの環境だと思ったから、でしょうか。」
「なるほど。そうだ、王立キングスフィールド学院デュアルフット部は強い。特に、今年の三年生は去年の二年生時点から優勝校のスタメン争いに交じるほどの猛者ばかりで、今年は歴代でも最強の布陣になるだろうと言われ、世間からも黄金世代など様々に呼ばれているほどだ。実際、私は彼らほど優れた選手を数えるほどしか知らない。」
フェルディナンドの言葉に、ウィリアムやアレクシウスは心の中で同意する。自分たちも去年の全国デュアルフット高等部門大会の記録を見たが、後半にあったジョルジオの事故を除けば、王立キングスフィールド学院の現三年生たちは当時のスタメンと較べても遜色がないほどの活躍を見せていたからだ。
「しかし、その一方で、私たち現二年生は至って普通の選手たちだった。それなのに、王立キングスフィールド学院デュアルフット部に所属しているという誇りばかりが先走って、いつの間にか増長してしまっていたことを監督生になる前から私は感じていたんだ。その極めつけが、匿名の告発が送られてきた際の仲間たちが見せた反応だった。そこで一芝居を打って、意識を変える必要性があるのではないかと考えたんだ。」
ウィリアムには、上級生の内情をよく知らないためフェルディナンドが抱えていた同世代に対する危惧というものがまだ想像が付かなかったが、彼の話には嘘を吐いているような感じはなかった。だから、フェルディナンドの疑念を肯定は出来ないにせよ、ある程度の納得はいった。実際、二年生たちは誰もそれに反論しようともしていないことも、それを後押しする形となる。
「こんな、君の与り知らぬ事情に付き合わせてしまって申し訳ないとしか言いようがない。今回の不祥事に伴う悪影響については、歓迎会で起きた騒動の詳細な内容については事前に殿下とサフィアス殿が箝口令を布いて下さっていたし、何より昨日の試合内容が君の無実を証明してくれるだろうが、何かあれば、君に不都合が生じないよう、私たちも積極的に動くことを約束する。或いは、何か願いがあれば何でも言ってくれ。それだけのことを私たちはしたのだから。」
「え、あ、いや」
「ウィル。貴族にとって、社交界に関わらざるを得ない以上、噂話ってのは致命傷になり得るもんなんだよ。その辺、ちとお前とは感覚が違うだろうが、特にいま言われていることに問題はねえと思う。」
困惑するウィリアムに、そっとアレクシウスが声を掛ける。その上で、アレクシウスがフェルディナンドに今度は質問する。
「あー。俺からも一つ、良いですか。」
「構わない。辺境伯子息である君にも迷惑を掛けたんだから、是非とも願いを言って欲しい。」
「いや、俺は別にいいですよ。辺境伯家って言っても、俺は何だかんだ気楽な立場なんだ。それより、噂ということで言えば、先輩こそ、大丈夫なんですか。」
「と言うと?」
「こんな不祥事を起こして、部内での立場を危うくしたんじゃないか、ということです。」
「ああ、それに関しては問題ない。私は元々、部を止めざるを得ない立場だったんだ。」
唐突な告白に、動揺するウィリアムたち。
「本当に情けなく不甲斐ない話だが、うちの両親は極めて現金でな。黄金世代が上にいてデュアルフットで芽が出る目算が立たない以上はさっさと辞めて、早い内から後継者としての教育を受けろと言われている。」
フェルディナンドは淡々と話しているが、少なくともウィリアムにとってその内容は決して簡単に受け入れられるものではない、衝撃的なものだった。
「だから、最後に部への貢献で残せるものは残しておきたかった。幸い、同期のメンバーは理解してくれて」
「おいおい、昨日の伝言は聞く気なしか、フェル。その話はちょっと待って貰えるか?」
しかし、フェルディナンドの言葉を背後から現れた人物が唐突に遮った。
そこにいたのは、スカウトされて以来、ウィリアムが久しぶりに会う、王立キングスフィールド学院高等部デュアルフット部長のジョルジオだった。
「お、おはようございます、部長!」
彼の姿を認めた皆が、一斉に挨拶をした。
「ああ、おはよう。いやあ、朝練に遅れてしまってすまない。流石に、いまから練習はちょっと間に合いそうにないが、ちょうどいまの話と関わる用事を済ませなければならなかったものでな。」
ジョルジオは、練習に遅れたことを申し訳なさそうに謝罪する。
「それで、フェル。話の続きだが、お前の退部は受理せんぞ。」
「いや、しかし、それは両親が」
「だから、お前の両親なら、説得してきたさ。まあ、かなり時間も掛かったが、ちょうどいまさっき最終確認の手紙も受け取った。まったく、そのために俺は遅刻したっていうのに、勝手に辞められちゃ踏んだり蹴ったりだろ。」
そう言って、ジョルジオがフェルディナンドに一枚の手紙を渡した。
便箋と封が自分の家で使用されているものだと確認したフェルディナンドが中身を読む。
「……本当に、本当に自分は辞めなくて良いんですか。」
その声は、僅かに震えていた。それはそうだろうと、ウィリアムは思う。確かに現実主義と言えば聞こえはいいが、競技に長い時間を費やしてきた本人からすれば、彼が両親から告げられた退部命令がどれほど辛いことか、想像するのも難しいほどだ。最後の最後まで部に貢献したいと思う人間が、部を辞めたいはずが、ない。
それについては、まだ知り合ったばかりのウィリアムですら、良いことだと思う。
しかし、それで話は終わらなかった。
「ああ、寧ろ、辞めて貰っちゃ困る事情があるくらいだ。」
ジョルジオの言葉に、周囲の皆が首を傾げる。
「どういうことでしょう、よく分かりません。両親を説得することが出来た理由も。こう言うのも不躾ながら、今年は黄金世代とすら呼ばれている貴方たちが三年生です。私が抜けたところで、今年度の試合は勿論、来年以降に向けた次代の育成だって特に問題など」
「それが問題なんだ、フェル。」
そして、続けて告げられた言葉に、その場にいた誰もが絶句した。
「今年、王立キングスフィールド学院高等部のデュアルフット部で三年生になるはずだった奴らは皆、俺だけ残して他の学校に移籍したんだからな。フェル、お前が増長したりせず冷静に物事を判断しようとするのは悪いことじゃあないが、かと言って過剰に卑下する傾向は直さなければならないぞ。ともすれば、それは俺たちに甘えているのと変わらんのだから。」
衝撃的な内容。続けて指導を受けているフェルディナンドすら言葉が頭に入ってこない様子だった。
しかも、それにもかかわらず、ジョルジオからはネガティブな感情が全く感じられない。
「そ、それはどういう」
「まあ、事情は追々に話すとして」
フェルディナンドの質問には応えず、ジョルジオは続ける。
「いまはその前に通達しておかねばならないことがある。当たり前だが、今日の放課後から練習を開始する。お前たちには、各授業が終わり次第、出来る限り早くグラウンドに集合して欲しい。と言っても、いま俺はちょっと怪我のリハビリ中でな。俺自身が相手を出来る訳じゃあない。」
そう言いながら、自分の脚を確認するよう、僅かに上下させるジョルジオ。
それはウィリアムも知っていた。ジョルジオは去年の大会決勝戦で、相手方のラフ・プレイによって負傷退場するという不幸を経験している。
「だから、俺が何度も念入りに頼み込んで、これ以上はないってほど出来る限りの相手を連れて来させて貰った。だが、去年に世間が期待した黄金世代より強くなるには、この壁にぶち当たるのが最も効率的だと思ってな。」
そう言って、不敵な笑みを浮かべるジョルジオ。
「聞いて驚け、お前らの相手をするのは、去年の王立キングスフィールド学院デュアルフット部でスタメンを務めていた先輩だぞ。」
それは、先程に聞いた内容にも匹敵するほど、練習開始初日の練習内容としては衝撃的な相手だった。