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Sequence12:闖入者は密会する

「あっ! ウィリアムさん、おかえりなさい!」


 入学初日から起きた想定外の騒動と簡易試合(ショート・ゲーム)を終えた後、その後のちょっとした祝勝会を経てようやく学院付属の寮へと帰宅したウィリアムを出迎えたのは、王立キングスフィールド寮の管理を任されている侍女見習いのエマ・タイラーだった。まだ少し幼いながらも、掃除から備品の管理まできっちりとこなすエマは、ここで実績を積んだ後に両親と同じく王城で働くことを目指しているらしい。


 そんなエマの元気な挨拶に対して、何処となく申し訳なさそうにするウィリアム。

 それを不思議に思ったのか、エマが訊ねる。


「遅いお帰りでしたね。残念ながら皆で一緒に食堂で食べる時間は過ぎてしまったので、お腹が空いているなら残っている食事をお部屋にお持ちすることくらいであれば出来ますが……」


「あっ、い、いいえ! 今日は色々あって、友達と一緒にご飯は済ませてきてしまったんです! こちらこそせっかく用意して貰っているのに、本当にごめんなさい!」


 遅くなったウィリアムのことを責めもせず、寧ろ心配するかのようにしゅんとするエマ。彼女は、夢渡りであるウィリアムのこともとても気に掛けてくれる優しい少女だった。

 そんなエマにこのような反応をさせてしまったことに、ウィリアムは申し訳なくなって深々と頭を下げて謝罪する。


「そうでしたか! それなら良かったです!」


 ウィリアムの返答に、エマはパッと顔を明るく輝かせた。

 それを見て、ウィリアムは、もしも今度から外食する予定が出来た際にはきちんと事前に連絡する旨を伝えてから彼女と別れると、寮の一階端に位置する自室へと戻った。


 扉を開けると、寮らしい均一なイメージの部屋にまだ着いて間もなく荷解きされていない私物の入った木箱がたくさん転がっている。


 質素で、他の部屋と違って相部屋となる生徒もいない上に、そもそも他の生徒たちとは部屋を離されているが、元々が夢渡り(ワンダラー)として国家の管理下に置かれて生活してきて一人にも慣れているウィリアムからすれば広く使えて周囲に気を遣う必要もない分、得をした気分だった。


 ひとまず学校で受け取った各種資料を片付け、諸々の準備を終えると、ベッドに腰掛けるウィリアム。すると、安心したのか、まだ眠るには若干早いものの多少の眠気を感じる。


 ここ最近はずっと入学手続きやら北寮からの引っ越しなどなどで忙しかったため、実際にデュアルフットをプレイするのはかなり久々だったため、少し疲れていたのもあるかもしれない。


 そうして、しばらくぶりのデュアルフットを、憧れだった王立キングスフィールド学院でプレイ出来たという喜びや嬉しさを眠気と共にウィリアムが噛み締めながら微睡み始めた時、ふとコツンコツンと窓に何かがぶつかる音が聞こえた。

 そちらを見ると、窓越しに、隠れるように深くフードを被った誰かが外に立っているのが見える。何者かは、他の誰かに見られないようにしているのか、周囲を窺うようにしているせいでウィリアムからは顔が見えない。


「あれ、もしかしてアレクかな。何だろう、何か忘れていた用事でもあったのかな。」


 些か寝惚けているのか、気の抜けた声で呟きながらベッドから立ち上がって窓際へ近寄るウィリアムが窓を開けた。

 すると、窓の外に立っていた何者かは慌てているかのようにいきなり室内へ飛び込んでくる。

 首に力を込めてぐっと顎を引いたお陰で頭こそ地面に打ち付けなかったものの、突然の衝撃に押されて地面に倒れ込むウィリアム。

 ウィリアムに馬乗りのようになった何者かのフードが、一緒に倒れ込んだ勢いではらりと外れる。


「あ、アヤ!? むぐっ」


「しーっ!」


 ウィリアムがそれ以上の大声を出さないよう口を抑えながら指で静かにしろというジェスチャーをしたのは、アレクシウスと同じ幼馴染のもう一人であるマーヤ・ノーマ・デクラマールだった。


 彼女は、遠い異国の民でありながら偶然に出会ったデュアルフットに惚れ込み、競技として最も盛んなこのキングスフィールド王国へ留学を決めた変わり者。ウィリアムにとっては、初めて彼女と北領で出会った時から、互いの境遇に通じるものを感じて意気投合した仲である。


 ただ、確かに彼女も王立キングスフィールド学院に入学すること自体は知っていたものの、学院では基本的に男女の生活空間が一部を除いて綺麗に分けられている。寮も、全体の建物として一つだが、入口からそもそも別に設計されている。よって、再開することになるのはもっとお互いが新しい生活に慣れてからだと考えていた。


 それが、まさかこんな再開の仕方になるとは、ウィリアムでなくとも夢にも思わなかっただろう。例えば、アレクシウスに後日これを話したら、頭を抱えるかもしれない。ただでさえ初日から騒動に巻き込まれたのに、更に問題を起こしてどうすんだ、と。


 ウィリアムは大慌てで馬乗りのマーヤをどかすように起き上がると、些かパニック気味なのか、早く退出させたがるように窓のほうへ押し返そうとする。


「ちょ、ちょっと危ないから押さないでってば、ウィル!」

「いや、こんなとこ誰かに見られたらマズいって! 早く帰ってよ、マヤ!」


「ウィリアムさーん?」


 その時、扉をノックする音と、エマの心配そうな声が部屋の外から聞こえてきた。


「は、はいー!」


 ウィリアムは咄嗟に近くにあった布団で自分とマーヤを覆うようにして隠しながら返事をする。


「どうしましたー。たまたま通りがかったら、何かちょっと大きな音がしましたけどー。」


 流石に教育の行き届いた侍女見習いであるエマは勝手に入室することはしなかったが、部屋の外からウィリアムに問い掛けてきた。


「あ、す、すいません! 寝ていたら、ちょっと寝惚けてベッドから落ちてしまって!」


「あらあら、そうでしたかー。何だか、寮に張ってある結界に微妙な揺れ動きを感じたので、もしかして怪しい輩が侵入を試みたんじゃないかと心配で巡回してみていたのですが、そちらは特に異常ありませんか?」


「あ、ありません! 問題ないです!」


 ウィリアムのこの返答に、エマは僅かに黙った後、改めて返事をする。


「……かしこまりました。ウィリアムさんがそう仰るなら。でも」


 そうして若干の間を置いた後、エマはいつもよりちょっと冷えた声で告げた。


「そういえば、先日の入寮説明会では、言わなくても特に問題ないだろうと省かれた項目があってですね。異性を連れ込んでいかがわしい行為を働いた場合は重罰となりますから、お気を付けくださいね。生徒の皆さんが登校なさった後でも、調べればすぐ分かっちゃいますから。そんなことがあったら、私……」


「わたし……?」


「怒っちゃいますからね。」


 最後に放たれた一言に込められた圧に、ウィリアムと、同じく布団の中に隠れたマーヤの背筋が同時にピンと伸びる。


「それじゃあ、また明日の朝、お会いしましょう。」


 そう言って、エマが廊下を去っていく音が遠ざかっていく。


「……な、何だったの、あのプレッシャー。というか、何かちょっと怒ってなかった?」


 マーヤの言う通り、彼らが試合で対峙したことのある強敵はこれまで多くいたが、それに匹敵するようなプレッシャーをエマからは扉越しでも感じた。しかも、あれは殆ど気付いていて尚、敢えて見逃してくれたのだ。


「はあ。まったく、マヤのせいだからね。」


 溜息を吐くウィリアム。


「ご、ごめんって。そ、それよりウィル……」


「何さ?」


「ちょ、ちょっと近い、かも」


 その言葉で、ウィリアムは自分たちが布団一枚の中で一緒にいることをようやく思い出す。


「あ、ごめ、すぐ出」


「ま、待ってっ。」


 布団から飛び出ようとしたウィリアムを、マーヤが引き止める。


「ふ、布団から出たら、また声が響いちゃうから。だから、そうだな。背中合わせに、しよ。」


 そう言って布団の中でもぞもぞと体勢を変えていくマーヤに合わせて、ウィリアムも姿勢を変える。

 そうして、布団の中でお互い背中合わせの山座りになった二人はようやく落ち着いて会話を再開した。


「で、どうしたのさ。」


「それがさ、実は入学初日から大変な騒動に巻き込まれちゃって」


「え、そっちも?」


「そっちも、って。じゃあ、ウィルも?」


 驚いた二人はお互いにあった騒動のことを話すと、理由こそ違えど、マーヤもウィリアムと同じくデュアルフット部の親友部員歓迎会で不正疑惑を掛けられて、模擬試合に参加させられることになったという。


「あはは。そんなことってあるんだねえ。」


「ね。」


 二人は笑う。


「でも」

「でも」


「「久しぶりにデュアルフットが出来て良かった。」」


 北領から中央へ移動してきた二人は、入学に関する諸々の手続きや、引っ越しの作業に追われて、最近はずっとデュアルフットを実際にプレイするのは久々だった。

 それがあらぬ嫌疑をかけられた結果だとしても、まるでそんなことはなかったことかのように喜びと嬉しさを噛み締める二人。


 そうして、二人はお互い、自分や、一緒にプレイした仲間は勿論のこと、試合相手のことまで語り出す。

 ここが凄かった、ここはもっと伸ばせると思った、などなど。

 それがどれほど彼らにとって楽しいことだったか、互いの背中越しに感じる鼓動で伝わってくる。


 そうして話し出せば、先程まで感じていたウィリアムの眠気は何処かへ飛んで行くように消えていた。

 彼らは、改めて体力が本当に尽き、本格的な眠気が襲ってきたマーヤが自分の部屋に戻っていく時まで、ずっとずっと、デュアルフットの話だけをして過ごしたのだった──。

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