Sequence11:部長は自白する
──時間は、フェルディナンドたちの会話より僅かに遡る。
試合後、一足先に仲間たちと別れたダンデリオン王子は、サフィアスが教師陣に交渉して都合を付けて貰った学院の応接室で、ソファに座って資料を読みながら、ある人物を待っていた。
すると、ちょうど読み終わるのを待っていたかのようなタイミングで、ドアがノックされる。
ダンデリオンは自身の護衛を務めている影に確認すると、問題ないとの合図が返ってきた。
「……どうぞ、入って下さって構いませんよ。」
「失礼致します。」
入室して来たのは、均整の取れた筋肉を全身に纏いながらも、スラッと着痩せする印象から体格に似合わない鋭さを周囲に感じさせるような生徒だった。
「デュアルフット部長、ジョルジオ・アルク・ロードスタです。招集に応じて馳せ参じました。」
「こんにちは、ロードスタ先輩。今年度から入学しました、ダンデリオン・エルド・キングスフィールドです。どうぞお掛け下さい。」
デンデリオンが促すと、ジョルジオは一礼してから反対のソファに座った。
「それで早速ですが、殿下がわざわざ私などをお呼びになった理由は何でしょうか。」
「ロードスタ先輩は、デュアルフット部の新入部員歓迎会で簡易試合が行われたことはご存知でしょうか。」
「ええ。勿論、部長ですから把握しております。残念ながら私はあらかじめ所用で会には顔を出せないことが分かっていたので、監督生のフェルディナンドに一任しましたが、そのような催しを行って活況に終わったのであれば、何よりです。」
「ちなみに、差し支えなければ所用というのは?」
「今年度のレギュラー陣候補に名前が挙がっていた三年生たちでのミーティングでした。我が部では、年度の開始時に三年レギュラー陣が今後の方針などを話し合うことが定例となっていたので。」
「……なるほど、分かりました。」
ダンデリオンの頷きは、一旦、話を切るかのような形になる。
それに合わせるかのように、ジョルジオも沈黙を保った。
「それでは、本題に入りましょう。表向き、単なる余興として開催した今回の模擬試合ですが、実は行われた発端に今年度のデュアルフット部特待生として学院に招かれたウィリアムという平民に対する不正疑惑が掛けられた事件がありました。」
ダンデリオンの話を、静かにジョルジオは聞いている。
「当然ながら、王立であるこの学院でそのような不正が起きるはずもない。事実、簡易試合の結果を見れば、彼の実力は誰にとっても明らかなものとなりました。」
「何と。それは良かった。」
ダンデリオンの言葉に、ジョルジオは微笑む。
「ああ、そうだ。ウィリアムくんをスカウトしてきたのは、地方に赴いたロードスタ先輩だそうですね。それは事実ですか?」
「ええ。私が各地を視察に行った際、辺境伯領のチームで彼を見つけて、口説き落としました。不正疑惑とは物騒な話でしたが、それを越えて彼の実力が皆に認められたのであれば、私としても嬉しい限りですね。」
「なるほど。ですが、そうすると、ちょっとおかしなことがあるんですよね。」
「と、言いますと。」
「王立学院への入学者に対する不正疑惑を投じた匿名の手紙。私は試合へ臨む前に、右腕として働いてくれているサフィアスに、影を使ってそれを投稿したのが何者か調べるよう命じました。ちなみに、これがフェルディナンド先輩から預かった、その手紙です。」
そう言って、ダンデリオンは懐から一枚の便箋を取り出した。
「この手紙、投函したのは貴方ですよね、ジョルジオ先輩。」
ダンデリオンの問いに、ジョルジオは答えない。
「沈黙、ですか。一応、今回の件はたまたま各部の歓迎会場を訪問していて関知した私に一任されている状況なのですが、このまま何も進展しないようであれば、この話を学外の問題にまで大きくしなければなりませんけれど」
「はあ」
ダンデリオンの話を遮るように、ジョルジオは諦めたような溜息を吐いた。、
「……まったく、いつまで茶番を続けるつもりだ、ダンデ。」
次にジョルジオから発された言葉は、これまでとは全く違う声色で応接室に響いた。
「それはこちらのセリフですよ、ジョジョ兄さん。」
それに対するダンデリオンの声も、呆れた風でありながら、先程までとは打って変わって親愛の念を持つ相手にだけ向けられるものだった。
「お前こそ、いつまで私を兄さん呼びするつもりだ。元々、私とお前は母親も違うし、そもそもこちらはとっくに臣下に降りた身だぞ。」
「それでも、私にとって兄さんはいつまでも兄さんですよ。何なら、いまから帰ってきてくれたって一向に構わないんですからね。」
「分かった、分かった。お前の律義さだけは受け取っておくよ。」
ジョルジオは手を振りながらそう言った。
「もう、大体は把握しているんだろう?」
「ええ、王家の影は優秀ですから。」
「なら、話は早い。俺はな、兎に角、最速であいつの実力を認めさせる必要があった。それだけじゃあない、今年度からは実力さえあれば一年だろうと誰もが最初からレギュラー争いに加わって貰わないと困る事情が出来たからだ。そのためには、たかが夢渡りだという理由で、妙な摩擦が生まれるのを防ぐ対策をしなければならなかったんだよ。」
「そのためには、簡易試合でもさせて実力を実際に確認させるのが早い、と。それで、試合が組まれるように、二年生たちに彼の実力を敢えて疑わせる方向に裏で動いたという訳ですか。」
「そうだ。まあ、唯一の誤算は、お前が俺よりも先に介入したことだな。知ってたか、俺はお前が会場に入ってきた時、裏で待ってたんだ。本来なら、俺が丸く収めるつもりだったからな。そうすりゃお前を煩わさせることなく、もっと内々だけで処理出来る予定だったんだが。」
「では、ミーティングというのは。」
「ああ、あれは嘘だよ。お前だって知ってるだろう。」
ダンデリオンの問いに、あっけらかんと嘘を自白するジョルジオ。
「はい。そして、それが今年度のレギュラー争いを推し進める理由、ですよね。」
「ああ、そうだ。」
力強く頷くジョルジオ。
「去年、三年生に交じってレギュラー争いに加わり、周囲からは黄金世代と呼ばれて二連覇を期待されていた俺の世代は、既に俺を残して全員がこの学院を去って他のチームへと移籍したんだからな。」
そう言ったジョルジオの顔は、前代未聞の状況であるにもかかわらず、しかし何処か嬉しそうに笑っているようにダンデリオンには見えた。