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Sequence9:上級生たちは悔い改める

 最初の印象は、特に何も感じない選手、ただそれだけだった。

 優秀な選手というものは、一目で分かる圧を感じさせることが多い。

 例えば、同じ一年生でも、アレクシウス・フォン・ウォールゲイトやグレイ兄弟は、感じる圧の種類こそ違えど、まさに優秀な選手に典型的な雰囲気を醸し出している。

 だが、フェルディナンドから見て、ウィリアムは決してそのような選手ではない。

 目の前で対面している相手が本当に()()()()()()()()()()なのか、フェルディナンドも疑ってしまいそうになるほど、何処にでもいるような選手に見える。


 しかし、そんな印象も、ファースト・コンタクトで見事に消し去られた。

 煙幕(スモーク)を利用した突入(エントリー)は、内部の正確な把握が難しく外部からの支援が遅れがちで、一騎打ち(1V1)決闘(デュエル)シチュエーションを作りやすい。だからこそ、この作戦はフィジカルに自信のあるフェルディナンドにとって十八番だった。

 しかし、いつの間にかフェルディナンドは自分よりも遥かに小さな選手に倒されていた。

 否、正確には少し違う。

 奇妙なことに、タックルに入られた瞬間、自分から倒れさせられたような印象だった。


 勿論、油断していた、などと言うつもりはない。

 それに、一旦プレイがオフになり、改めて対面してみても、ウィリアムから強者の持つ圧のようなものはやはり感じなかった。

 だが、自分は間違いなく倒されたのだ。

 だからこそ、もう一度、確かめるため、同じようにウィリアムへ攻撃を向けてみた。

 結果は同様。

 得意なはずの煙幕内で、フェルディナンドは再び見事に倒された。


 この試合は、あくまでウィリアムの不正入学という疑惑を検証するために用意した、簡易版ルールということになっている。それ故に、通常よりも勝敗を決めるポイントは低く設定されていた。

 よって、次ラウンドの結果次第では、ゲームに区切りがついてしまう。

 それも、このままではほぼ確実に下級生チームの勝利で。


 そこで、フェルディナンドはチームメイトたちを招集しながら、審判にタイム・アウトの申請を行った。


「T・О! 上級生チーム!」


 それを承認した審判の声で、試合が一時中断される。

 フェルディナンドを中心に輪を作って集合する上級生チーム。


「……一応、訊いておくが、手を抜いたり、もしくは体調に何かしらの不良があったりなんてことは」

「あると思うか?」


 辛うじて吐き出した苦し紛れの質問に対するフェルディナンドの返答に、周囲のチームメイトたちは唾を飲む。

 それに誰も何も反論できないことが、雄弁に結論を物語っていた。

 フェルディナンドが手を抜くような人物でないことは、同学年である仲間たちが一番よく知っているのだから。

 しかし、だとすれば、遥かに体格で劣るウィリアムが単独で、上級生であるフェルディナンドの全力をセンター・ライン突破だけの基礎ポイント1点に、しかも二連続で抑えたという事実だけが彼らの前に残る。

 それだけでも彼らにとっては驚愕に値する出来事だった。しかし、続け様にフェルディナンドが言い放った言葉がその衝撃をより大きくする。


「しかも、これまでのラウンド、グレイ兄弟の連携を軸に据えた派手なプレイを選択していたのは、自身の守備になるべく目を向けさせないためのものだろう。」


 想定外の言葉に、フェルディナンドのチームメイトはつい反論を試みる。

「いやいやいや! 待ってくれ、何でそんな、何のために」

「この中で、奴の体格をみて、守備が得意だと予想した者は?」


 フェルディナンドの問いに、誰も手を挙げない。


「この中で、奴とマッチ・アップして、私が負けると予想した者は?」


 再びの問いに、やはり誰も手を挙げない。


「デュアルフット選手であれば、多くの者があの体格でミッドを守る者を普通は穴だと思う。しかし、そうやって自身に攻撃が集中すればするほど、攻撃の視野は狭くなり、向こうの術中に嵌っていく。恐らく向こうとしてはそのような意図のはずだ。」


 フェルディナンドの予想が正しければ、それはつまり自分たちが下級生によってまんまと掌の上で踊らされていたということを上級生たちにとって意味していた。

 しかし、舐められている訳ではない。

 寧ろ、舐めていたのはこちらだと上級生たちもようやく悟る。

 徹底して勝ちに来ているからこその選択。

 そもそも、この模擬試合が元々はウィリアムの実力を測るためのものであれば、寧ろ自分の実力を前面に出してアピールするべき場のはず。

 それにもかかわらず、勝つためには自分の実力を見誤らせることすら厭わない。


「……蟻地獄って訳かよ。」

「守備が得意ってだけじゃあない。まずもって頭が回る選手ってことだな。」

「おい、待て。なら、守備が得意ってのも目眩ましで、攻撃への伏線って可能性は」

「その可能性も検討しておくべきだろうな。そもそもフェルディナンドを止めている時点でフィジカルが弱い選手じゃあない。」


 淀んでいた空気が次第に変わり、議論が回り始める。

 そこには、あのパーティ会場でウィリアムを断罪する時の上級生たちに漂っていた侮蔑の空気がもうなくなっていた。

 そんな仲間を見て、フェルディナンドは僅かな笑みを口元に浮かべていた。

 これでもう大丈夫だと、フェルディナンドは静かに内心で安堵する。

 ()()()()()()()()()()()()、と。

 ならば、ここからは単なる自己満足の世界。

 だからこそ、フェルディナンドは最後のプレイに自分の我儘をねじ込む。


「この次のラウンド、俺に預けてくれ。」


 そうして、入学早々の断罪事件という騒動から始まった異例の試合が、ラスト・プレイを迎える。

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