Episode0:記者は書き残す
語られなかった英雄の話をしよう。
但し、それは些か変わった英雄の話だ。
当然ながら、偉大な英雄ならこれまでに何人も存在していた。
ここ最近に限ってさえ、英雄を数えるのに不自由することなどあり得ない。
例えば、昨年に起きた戦争で活躍した“終告王”や今年に入って別大陸で有名を馳せた“守護王”など、既に広く世に知れ渡ってる当代の英雄たちを数え上げるだけでも両の手では足りないほどである。
だが、私は歴史上に名を残す英雄たちについて記されたある時期の文献中に奇妙な一致を発見することになった。
それは単体で見れば、大したことのない記述だったかもしれない。
しかし、それらの記述に興味を惹かれて追っていく内、点と点は結ばれて次第に輪郭線を描き始め、最終的には一人の英雄像が縁取られていったのだ。
勝者の歴史、その狭間に潜む知られざる英雄の足跡が、そこには確かにあった。
時は、後救世時代中期。
当時、被害こそ甚大にはならなかったものの、世間を騒がせた事件があった。
王都動乱。
事件の発端にあったのは、異世界の記憶を夢の中で垣間見ることの出来る夢渡りが社会的に台頭し、彼らを以前から敵視していた循環教徒との間で生じ始めた摩擦だったと言われている。
この世界に夢渡りと呼ばれる人々が出現するようになった当初から、彼らが輪廻する魂の純粋性を損ねる外部からの異物だと呼んで排除したがっていた循環教徒たち。
頭の凝り固まった彼らは、時代の趨勢が変化し得ることに対して極めて鈍感だった。
夢渡りに対して強固な制約を設けて彼らを縛ろうと試み続ける循環教徒たちは、自分たちから民心が少しずつ離れていくことに理解が及ばなかったのだ。
そうした中でいよいよ亀裂が決定的となった時、かつて国教指定まで受けていた栄光の時代を取り戻すため、循環教徒の過激派たちは、王都で秘密裏に貯め込んだ兵器を用いて一発逆転のクーデターを仕掛ける暴挙に出る。
結果は惨敗。循環教徒の過激派たちは早々に王国の誇る白金騎士団によって鎮圧された。
ここまでは誰もが知っている、現在なら平民も通える一般学校の低学年で教わるレベルの歴史だ。
だが、詳しく調べてみると、現実の推移はもう少し複雑だったようである。
如何に循環教徒たちが古い権威にしがみついた石頭集団だったとは言え、本当に何の勝ち目もない自分たちだけの独力でクーデターという暴挙にまで出る訳もない。
実際には、ある時期までこの世界に住む人々と夢渡りとの亀裂は、循環教徒との間にだけではなく、広く深く存在していたらしい。
異世界の記憶からこの世界に存在しない知識などを持ち込むことの出来る夢渡りは、確かに多くの革新的なアイデアで様々な界隈に革新を巻き起こしていた。彼らが言うところの、所謂イノベーションというものだ。
しかし、一方で彼らの一部はこの世界の文化を軽視しがちな傾向を持っており、巷で騒ぎを起こすことも少なくなかったのだという。
何故なら、夢渡りは貴重な知識を持つ人々として安全と機密を守るため保護下に置くという名目で様々な自由が制限された生活を強いられており、彼らからすればこの世界の人々は決して自分たちの味方に見えない状況だったからだ。
例えば、多くの貴族は確保している夢渡りの数こそが自らの力に繋がると認識しており、他領に先んじ、或いは夢渡りとの友好関係の構築を推奨する王家を出し抜くために、こぞって夢渡りたちを保護していた。
それ故、当時の夢渡りは、それが貴族に発覚するとすぐさま親元を引き離されて施設に入れられ、富国のために働く道具として基本的に世俗と隔離された管理生活を余儀なくされてしまうのが基本だったのだ。
そこに循環教徒の教えが絡み、信仰の強い地域では、夢渡りは仮に貴族の子であっても本来の苗字を名乗ることを赦されず、殆ど捨て子に近い状況で奴隷のように扱われることさえ少なくなかったという。
そんな夢渡りたちが、世間に対して冷たい目を向けていたのも、至極当然の流れであったろう。
仮にそうした亀裂が何の解決もされないままであったなら、循環教徒たちのクーデターも結果が変わっていたのかもしれない。
しかし、当時の文献を読み漁っていると、そこには夢渡りと民衆の間にあった溝が急速に埋められていく過程が明確に記述されていた。夢渡りとこの世界の人々という、彼岸と此岸にの架け橋となった者が存在したのだ。
そして、その周辺に必ず記載されている、“不屈”という通称。
その謎が、私の興味を惹いた。
“不屈”とは一体、何者なのか。
しかし、彼を主役に据えて直接の記述がなされている纏まった文献は、様々な所蔵を漁ってもついぞ見つけることは出来なかった。
ならばと、私は自らの手で、彼について残された僅かな記述からその足跡を再構成して記録に書き残すことを心に決めた。
彼の足跡を追う内に、スポーツ記者が本業である私に書くべきことがあるとすれば、どれだけ不馴れな作業であるとしても、これしかないのだといつの間にか感じていたからだ。
何故なら、皆から“不屈”と呼ばれた彼は、勇者でも賢者でもなく、その一生涯をある競技に捧げた、一人のスポーツ選手だったのだから。
──スポーツ記者、シヴァ・アルバートの日記より