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(9)伝えたい想いがダダ漏れ

カエルにわたしとルビを振るべきか、私にカエルとルビを振るべきか……。




「本当に、君がアンリだっていうの?」


 そう。このカエルこそが本物のアンリエール・フェルズだ。

 私は深く、深ーく頷いた。



──────────



 待てば海路の日和あり──とは、誰の言葉だっただろうか。今度はシンに気取られないように無心でイアンの仕事姿を眺めていた。

 煩悩退散! いや、むしろ私が煩悩から退散せねば!


『…イアン、まつ毛長くてかわいいというか美しいというか……』


 煩悩に回りこまれた! ──退散は無理だった!


 リーンゴーン、リーンゴーン──。


 すると、そのうち昼を知らせる鐘が鳴った。


『──あっ!!』


 気がついたら執務室には誰もいなくなっていた。

 恐らく昼食を取りに出かけたんだろう。

 王宮にも学園と同じような食堂がある。それは王宮で働いている人たちのためのものだ。普通、王家の方々は食堂なんかで食べないと思うのだけど、イアンは違うようだ。

 そういえば昔、


『みんなと同じ目線でいたい』


と、言っていた気がする。これはきっと彼にとって必要な儀式なんだと思う。

 あの頭がおかしな王妃はともかくとして、イアンはきっといい国王になるに違いない。


 さて。

 もう一度周囲を確認した。やはり誰もいない。

 不審なカエル放置して執務室を無人にしても大丈夫なのかな?

 ほらほら、書類めくっちゃうよ~機密書類とか見ちゃうぞ~?


『……はっ!』


 バカなことやってるとイアンたちが戻ってきてしまうよ、という脳内アンリのツッコミで我に返る。

 私はイアンの机の引き出しに手をかけて開けた。中から白い便箋を取り出すと、今度はインク壷のフタを開ける。

 おもちゃになって不便かと思いきや、意外と融通の利く身体よね。革でできているおかげか、可動範囲が広くて動作の制限が少ない。なんなら曲がってはいけない方向へ足や腕を曲げることも可能だ!

 本物のカエルより高性能。


『さすがにペンは持ちづらいかも……?』


と、思ったけどいけた。いけました!


 細い指先も丁寧に縫製されているため、指一本一本を独立させて動かすことが可能だ。

 ペン立てから抜きとったペンを、私は四本の指でぎゅっと握りこんだ。手のひらはざらっとしているため、物を持っても滑らない!


 さすが王家への贈り物! かゆいところに手が届く素敵仕様!


 私は心の中で、このおもちゃを作ったという隣国の職人さんに、多大なる賛辞と惜しみない拍手を送った。

 慎重にペン先をインク壺に沈めて取り出した。


『イアン様へ。私はアンリエールです。呪いにかけられておもちゃのカエルになってしまいました。これは冗談ではありません。助けてください。アンリエール』


 字が下手なのはカエルだから仕方がないとして、文章はこれでいいだろうか?

 おかしいな? 作文は家庭教師にも『優』をもらっているはずなんだけど……いざ書こうとすると、うまく言葉が出てこないのだ。


『机の上のカラフルなカエルが私です』


 書き足して考える。この一文、いるかな? でも書いておかないときっと、普段地味な私が、まさかこんなド派手なカエルになってるとは思わないだろうし。


 ──あ、インク飛んだ!


 黒いインクが脇腹にぽつんと染みを作る。

 ああっ! チャーリーのカエルに染みがっ!?

 どうしよう、隣国に嫁がれた王妹リネット妃からの贈り物に青黒い染みが!? ……いやしかし、ついてしまったものはどうしようもない。インクの染みは洗濯では落とせないらしいし。そもそも革が洗濯できるかさえわからないけど。

 まぁ、いいか。とりあえず誰もこんな小さな点には気づかないに違いない。

 元に戻れたあかつきには、責任をもって洗わせて頂くとしよう、うん。


『ぎゃっ!』


 ペンを戻しに行こうとしたら足がもつれて、便箋の上で盛大に転んでしまった。


『あ、まずい……』


 最後に書いたサインのインクが、まだ乾ききっていなかったらしい。

 恐る恐る振り返るとそこには、見事なカエルの足跡スタンプつきの署名ができあがっていた。


『おぅ……』


 まぁ、やってしまったものは仕方がない。もうそろそろ昼食も終わる頃だろうから、今から書き直している余裕はない。

 今度は慎重にペンを戻して、足跡つきの便箋を二つ折りにした。イアンの目に触れる前に、他の誰かに不審物として持ち去られたりしたら目も当てられないからだ。


『……そうだ!』



──────────



「あれ? 何か机に置いてある。これは……星?」

「星ですねぇ……何でこんなものが殿下の机に……?」


 昼食を終えて戻ってきた二人が、私の力作を眺めている。


「懐かしい……昔、アンリが折ってくれたことあったっけ」

「へぇ……便箋で折ってあるんですね」


 覚えていてくれたんだ、イアン。

 私は少し感動していた。

 昔、イアンが体調を崩して寝込んだことがあった。軽い風邪だったのだけれど。イアンは外に出られないことで不機嫌になって泣きまくっていた。

 彼を見舞いに来た私はこの星をたくさん折った。そして彼が泣き疲れて寝ている間に、侍女や護衛騎士たちの手を借りて部屋いっぱいに飾ったのだ。


『おへやが星空になった!』


 それはもう喜んで、はしゃいで……結局また熱を出したのだけど。


『……』


 うん。今となってはいい思い出だ。


「アンリが来たのかな?」


 訝しげに首を傾げるイアン。しかし、折りたたんだ星を広げながら、徐々にその表情がくもっていく。


「殿下、どうかされましたか? いったいその便箋にはなんと──」

「──見るなっ!」

「えっ……?」


 覗きこもうとしたシンは、突然の激しい拒絶に驚きの声をもらした。


「あ、いや……ごめんね、シン。ちょっと一人にして欲しいんだけど……」

「かしこまりました。フェルズ嬢からのラブレターでしたかね? お邪魔なようなので一旦下がらせていただきますね」

「ああ、うん。ごめん」

「いえ。扉の前で控えておりますので、何かございましたらいつでもお呼びつけください」

「わかった、ありがとう」


 その会話の間中ずっと、イアンの視線がこちらに注がれているのを感じていた。


『……』


 何だか突然見られるのが恥ずかしくなった……今すぐ顔を覆ってしまいたい! でもシンがいるうちは動いたりできない! ええい、もどかしい!


 ──バタン。


 シンが部屋から出ていき扉が閉まった。


 ──ふぅ……。


 これは、イアンのため息。


 ため息をついたイアンは改めて手紙を机の上に載せ、シワを伸ばした。


「信じられないことに」


 うん。


「この手紙にはアンリのサインがある」


 確かにサインは書いた。書かなきゃ誰からの手紙かわからないしね。


「字が多少歪んではいるけど、間違いなくアンリのサインだ」


 そりゃもちろん、本人が書いたからね。


「この星の折り方も昔アンリに教えてもらったのと全く同じなんだ」


 そりゃもちろん、本人が折ったからね。


性質たちの悪いイタズラじゃなければ」


 本当に困り果てているのだ。イタズラなんてするものか。


「本当に、君がアンリだっていうの?」


 私はその言葉に、イアンの目を見つめたまま深く頷いた。


「──……っ!?」


 息をのむイアン。そりゃそうだろう。今の今までおもちゃだと思っていたものが突然動き始めたんだから。

 イアンは恐る恐るカエルに手を伸ばす。そして、何を思ったのか私の足を一つずつめくりだした。それからそれから、右の後ろ足を確認すると深く嘆息した。


「ああ、それでも確かにこの手紙は君が書いたものに違いない」


 どうやら足の裏についたインクを確認したらしい。全くその通りだ。なぜ思い至らなかったのか。手紙にインクの足跡がついたということは、カエルの足もインクで汚れているのだということに。

 チャーリーよ……申しわけない! このインクの染みはいずれ必ず私が落としてみせる!


「それで……えっと……言葉はしゃべれるの?」


 その問いには首を横に振る。

 無理だ。残念ながらこのおもちゃには、声を出すような仕組みがない。

 イアンは少し思案顔になる。


「そうか……ちょっと待ってて」


 イアンは、私を置いたまま執務室から外へ出た。外にいるシンと何か言葉を交わしているが、ここからでは聞こえない。

 やがて、二人の声も聞こえなくなった。


 この静寂が私の不安を掻き立てる。


 イアンは信じてくれたのだろうか?

 それとも、やっぱり性質の悪いイタズラだと思ってる?


『気味の悪いおもちゃのカエルがいるから処分しといてね!』


 ひょっとして、そんなことをシンと話してたのでは……? そしてこのままシンに処分させるつもりだったりして……?


 私はぶるっと身を震わせた。


 しかし、それは杞憂だったようで、しばらくすると息せき切ったイアンが再び部屋に飛びこんできた。


「き、消えてないよね……あ、まだいた。よかったぁ……ちょっとこれに乗ってくれるかな?」


 イアンは懐から黒い紙を取り出して、私の側へ置いた。

 なんだろう?

 ペタペタと歩いて、言われた通り紙の上へ乗る。


「紙に翻訳用の魔力回路を刻んで翻訳紙を作ってみたんだ。多分、これで意思疎通ができると思う」


 えっ……魔力回路って何?


「ああ、学園では習ってないかもしれないね。魔道具を作る時に、魔力を貯めたり循環させたりするために魔法陣みたいなものを作って刻むんだよ。それを魔力回路というんだ」


 ほぅ……だけど、魔道具ってこんなに簡単に作れちゃうものなの?

 さすがイアン!


「いや……それほどでも」


 照れている様子のイアン。


 ──ん?


 なぜ心の声で会話ができているのだろうか?


「だから、これは翻訳紙という魔道具なんだ。君が言いたいことを思い浮かべると、そのままこの紙に映し出される仕組みになっているんだよ」


 イアンが黒い紙の端の方をトントンと指で叩いた──そこに浮かび上がっていたのは金色の文字。


 私が考えたことが浮かび上がるってこと?

『私が考えたことが浮かび上がるってこと?』


「そうだよ」


『えぇぇ……』




 えぇぇぇぇ──……。


 こうしてイアンと話せるのは嬉しいけど、考えていることがダダ漏れになっちゃうのは何かちょっと……ねぇ?





お読み下さりありがとうございました!

ブクマ、評価してくださった方、本当にありがとうございます!書き続ける力になりますm(_ _)m

明日もお昼に更新……できたらいいなぁ(希望的観測)


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