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(30)泣き虫王子の思考の迷路(イアン視点)

イアン視点です。




 アンリがいない。


「待たせてごめんね、アンリ。──アンリ? かくれんぼしてるの? 出ておいでよ」


 浴室から出た僕は、キョロキョロと部屋の中を見回した。アンリが机の上にいなかったからだ。


「またソファーの下かな?」


 アンリはソファーの下やベッドの下などの暗くて狭いところがお気に入りなのだ。僕が学園から帰るとよくそこでお昼寝をしている。やっぱりカエルだからかな?


「アンリ、またそんなところで……あれ? いない」


 アンリの姿はソファーの下にもベッドの下にもなかった。


「えっ……」


 僕は戸惑いながら、さっきまでアンリがいた机の上に目をやった。


「──星?」


 机の上にいつか見た星型の紙が一つ。


「──っ!!」


 嫌な予感がして慌ててそれに飛びついた。


「なに、どういうこと? アンリ……?」


 折りたたまれた便箋を開く指が震える。

 焦れったくなって半ば力任せに開くと、そこにあったのはアンリが書いた文字だった。


「そんな……」


 僕は上着のポケットを探った。

 確かに、翻訳紙が消えている。いや、翻訳紙なんてどうでもいい。あれは材料さえあればまた作れる。


「──今まで助けてくれてありがとうって……僕の未来の幸福を祈るってどういうことなんだよ?!」


 ──ガンッ!!!


 拳を机に打ちつけた。

 堅い樫の木のテーブルが大きく揺れて、寝る前に目を通そうと思っていた書類がバサバサと音を立てて落ちた。


 ──どういうことだ?


 舞踏会から帰ってきた時は、多少元気がなかったような気がしたけど、思い詰めてる様子なんかなかったはずだ。


 いや、はたして本当にそう言い切れるのだろうか?


 おもちゃのカエルであるアンリは基本的に表情が変わらない。翻訳紙がなければ何を考えているかなんてわからないのだ。


 ただ、翻訳紙の上にいると、基本的にはアンリの思考がダダ漏れになるんだよね。

 他人ひとの、しかも好きな人の頭の中を覗くことに抵抗があった僕は最近、翻訳紙の使用を最低限にしていた。時々暴走したアンリが、やたらと脳内で僕のことを褒めてくるから気恥ずかしかったというのもあるんだけど。


 アンリと一緒にいる時も、彼女が何か伝えたい時だけ翻訳紙に乗ってもらっていた。

 だから、アンリが何を考えていたかなんて、僕が知るはずがない。


 情けない僕が嫌になった? ──それだって今更だろう。何年も婚約者だったのだ。情けないことに、その情けないところを全部見られている変な自信はある。


 しまった。

 こんなことになるならば、うだうだと考えすぎずにアンリを始終翻訳紙に載せておけばよかったんだ。


 ──僕の何が……何がいけなかったんだ? 考えろ。アンリはいったいどこへ行ったんだ?


 カエルの姿のアンリが頼れるのは自分しかいないと思っていた。だから彼女が僕の元を去ることなんて万が一にもないと過信していたのだろう。


「──くそっ! 考えろ! アンリはどこだっ?!」


 あの状態のアンリが人目についたら──まぁ、まずはチャーリーのおもちゃ箱に戻されるのだろうけど。背中にはくっきりハッキリチャーリーの名前が刺繍されているんだし。


 だがしかし。この書き置きにあるように、彼女が自分の意志で出ていったのならば、見つからないように隠れながら行動しているかもしれない。


 彼女がこの王宮で僕の次に頼れる者と言えば、シンくらいだろうか──いや、シンはアンリがカエルになっていることを知らない。

 それに、カエルになる前のアンリとシンはそこまでの信頼関係を築いているとは思えなかった。信じてもらえるかどうか確証もないのに打ち明けられるだろうか。信じてもらえなかったら不審物として処分されてしまうかもしれないのに。

 人との関わりに臆病なアンリがそんな賭けに出ることはないだろう。


 あと、考えられるのはフェルズ公爵家だけど、公爵家の人間は今日の舞踏会には呼ばれていなかった。

 当然だ。あの舞踏会は母上が婚約破棄をさせるためだけに開かせた茶番だったのだから。来場していたのは皆、母上の親戚筋の貴族だと調べがついている。

 故に、そこでの婚約破棄の話も広まらないであろうこともわかっていた。

 わかっていたからこそ僕も、婚約破棄の茶番を演じたというのに。


 偽物の馬鹿げた振る舞いのせいで、アンリの評判は日に日に落ちていく一方だった。

 あの王立学園には、多くの貴族の子女が通っている。将来の国政を僕と共に担うことになる、彼らの反感を買うのは得策ではない。将来、アンリとの結婚の障害となるのは困るのだ。


 ──まぁ、どんな状況でも僕がアンリを手放すことは絶対にないけどね。


 そんなわけで、偽アンリの処遇に頭を悩ませていたところに、当の本人が『男爵令嬢階段つき落とし事件』を起こしたわけだ。

 偽物といってもあれは間違いなくアンリの身体だ。アンリの身体に罪を犯させるわけにはいかないから、あの花畑女(シン命名)がつき落とされた瞬間、助けるために走ったよね。

 別に僕はあの花畑女がケガをしようが構わないんだけど、アンリが気にするだろうし。


 でも同時に、これは偽アンリに学園を辞めさせる絶好の機会だとも思った。


 彼女は今、王宮の客間の一つに軟禁されている。舞踏会の後、なぜか地下牢へ連行されそうになっていたので、衛兵にはよく言い含めて客間に連れていくように指示したのだ。


 明朝、馬車で修道院へ送るふりをして、王都の郊外にある邸宅に連れて行く手筈になっている。


 あの状態の偽アンリは、フェルズ公爵家にとってもアキレス腱になりかねない。公爵家の足を引っ張ろうと虎視眈々と狙うハイエナも多いのだから。

 そのため、事件を起こした偽アンリをしばらくこちらで預かると公爵家にも事前に言付ことづけてあり、密かに了承をもらっている。アンリが元に戻るまで、彼女は郊外の邸宅で幽閉される予定だった。


 最悪の場合、元に戻らなくてもアンリが側にいてくれさえすれば僕はそれでいい──そう思っていたものの、最近のアンリの様子を見てちょっと考えを改めた。


 最近の彼女はとてもよく寝ている。

 最初の頃よりも睡眠の時間が増えた。本人は気づいてないようだったけど、あれは明らかにおかしい。


 例の禁書を引っ張りだして調べてみると『魂の消耗』という項目に行きあたった。

 どうやら魂は肉体を出入りすることで消耗するらしい。そもそも、あのカエルはおもちゃであって人間ではないのだ。人間の魂とおもちゃの肉体うつわを擦り合わせる過程で、少しずつ魂が消耗している可能性がある。


 ──消耗した魂の行く末は消滅だ。


 僕は生まれて初めて、死ぬほどの恐怖を感じた。


 アンリを永遠に失う可能性があるなんて、考えたくもない。

 考えるだけで背中にじっとり汗が浮かんでくる。

 心臓が嫌な音を立てる。


 それだけは何としても防がなければならない。


 それに、母上の動きも気になった。


 階段の事件があった日、アンリにプレゼントした首輪には聴音の魔道具を仕込んであった。

 これは、離れている場所からも音が拾える魔道具だ。それを使って、母上と花畑女のくだらない話を一部始終聞いていた。


 ──僕があの女を愛することがあるものか!


 彼らの話の大半が憤りを感じさせる内容だったが、これで彼女たちの目的はわかった──僕とアンリの婚約破棄だ。

 偽アンリにあの女をいじめさせたのも、結局はそれが目的だったということらしい。

 母上はなぜか、あの花畑女と僕を添わせようとしているようだ。外見だけのあの女に、いったいどれほどの価値があるというのだろうか?


 彼女たちの目的を知った僕は、その企みに乗ることにした。この茶番を利用すれば、母上たちに気づかれないように偽アンリを匿うことは可能かもしれない。


 舞踏会までに郊外に邸宅を購入し、公爵家に話を通しておく。公爵家でも偽アンリには手を焼いていたのだろう。すぐさま了承の返事が返ってきた。並行して、学園への長期休学の手続きと邸宅に派遣する騎士や侍女たちの選別を秘密裏に行った。


 また、北方の呪い師に関する資料や書物を取り寄せては授業中に読みあさった。王立学園で学ぶほとんどのことは学園に入る前にすでに家庭教師から教わっているから、授業を聞いてなくても問題はない。

 母上にこちらの動きを気取られないように、出席だけはしていたけど。


 アンリが元に戻る方法を何とかして見つけなければならないのだ。

 彼女の魂があとどのくらい持ちこたえられるかわからない。

 それは、今日かもしれないし明日かもしれない。


 本当は片時も離れていたくなかった。


 ふとした瞬間に不安がこみ上げてくるのだ。学園から帰って、もしアンリが消えていて、ただのおもちゃになってしまっていたらと──。


「ただいま、アンリ」


 そう言って。


『おかえり、イアン』


 返事が返ってくることに、僕がどれだけ安堵しているか、彼女は知らないだろう。


 けれど、僕の不安で彼女に負担をかけることはしたくない。なるべく魂の消耗を抑えるため、最近は学園へ連れて行かずに部屋で留守番してもらうことにしていた。


 それが裏目に出たのだろう。

 こんな書き置きを用意していることも知らなかった──。


 とにかく、早くアンリを探し出さなければ。


 大人しそうな顔をしているけど、割と行動力のある方だと知っている。今逃してしまえば手の届かないところに行ってしまって、もう二度と僕の前には姿を現さないかもしれない。


「アンリ……」


 そのことを考えると泣きそうだけど。


 僕は唇をぎゅっと噛みしめた。

 泣いてる場合じゃない。どうしても探さなきゃならないんだ。

 後手に回るほど彼女は遠ざかる。


 そして、彼女の魂が消滅してしまえば、どんなに願っても後悔しても会うことは叶わなくなる。


「アンリ……っ!」


 今のアンリは小さなカエルだ。そう遠くへ行けるはずはない。

 王宮にはマリッサのように頼れる人間もいないだろうし……。


 ──待てよ。


 フェルズ公爵家の人間はもう一人いるじゃないか。今、この王宮に。


 僕はその事実に思い当たり、急いで上着を羽織った。






 僕の幸せはアンリと共にあることだ。


 例え神にだろうと、悪魔にだろうと、邪魔させやしない。

 




お読み下さりありがとうございました!


すみません、今回は元々は予定になかったイアン視点を急遽追加してしまいました(汗)

この追加によって、あと本当に3話で終わるか微妙な感じになってしまった(笑)

1話の文字数多くすればワンチャン……いけるかな?



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