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(19)泣き虫王子と怪しい店番

市場バーゲンは戦場。




 甘く見すぎてた!


 市場は戦場だ。

 ところせましと店が立ち並び、人々は目を皿のようにして掘り出し物を探している。


 ──甘い、甘いですよフェルズ嬢! 市場では血を見る覚悟が必要なんです!

 なぜか脳内にちっちゃいシンが現れてわめいてる──毎回どこから現れるんだろうか? まさかお前、私の脳内に住んでるわけじゃないだろうな?


 でも、今回ばかりはこいつの言う通りかもしれない。ここは生半可な気持ちで来ていいところじゃなかった。物見遊山で足を踏み入れた私は粛清されてしかるべきだ。

 ポケットの中にいる私は、ぎゅうぎゅうと押しつぶされそうになりながら、そう思った。

 市場を堪能するつもりだったのに、ポケットから顔を出すような余裕すらない。


「大丈夫、アンリ? この辺りは少しすいてるみたいだ。一息つこうか」


 イアンが押しあい圧しあい殺しあい直前の人の塊から抜け出たところは、市場の端のようだった。店も少ない代わりに人も少ない。

 私は大丈夫という合図に、イアンの胸をトンとたたく。


「そう、よかった……こんなに混んでるとは思わなかった。何というか……熱気がすごいよね」


 さすがにイアンもぐったりした声だった。

 普段だだっ広い王宮と学園を行き来してるだけの生活だからね。私たちは二人とも、人ゴミには慣れていないのだ。

 庶民は週に一度はあの戦場に参戦しているらしい。たくましいはずである。貴族社会の腹の探りあいよりよっぽど過酷な環境だ。


 店の人間に何か尋ねようにも、まずもって店に近づけない。手持ちのカゴに戦利品満載で練り歩く女性に、今すぐ弟子入りでもしたい気分だ。

 こんな調子では本の作者探しどころではない。

 そう、絶望しかけた時だった。


 ──くんくん……うん?


 ふと、花のような香りが鼻腔をくすぐった……おもちゃのカエルに鼻腔なんかあるのかというツッコミはひとまず置いておいて。


『…………』


 この香りには覚えがある。

 確か、ラーラがイアンの横に座った時にこの香りがしていた。そう気づいた私は、イアンの胸を何度かたたいた。


「どうしたの、アンリ?」


 イアンは私をポケットから取り出して、手のひらに乗せた。


『あっちの方になんかあるよ』


 私は香りが漂ってくる方向を指差す。イアンはまだこの香りに気づいていないようだった。


「あっちになんかある?」


 翻訳紙がなくても、その意思を正確にくみ取ってくれるイアンに感謝。

 私が肯定の代わりにイアンの手を一回たたくと、彼は軽く頷いて私をポケットに戻した。


 ちなみにこの庶民服の上着のポケットも、制服や執務服と同様少しだけ改造されている。ポケットの一部に刺繍が施されているのだが、その刺繍にところどころ小さな穴が空いている。もちろん欠陥などではなくて、意図して空けてあるのである。だから私は、ポケットから顔を出さなくても外を見ることができた。


『……』


 私は香りが漂ってくる方向を、ただにらみつけた。



──────────



「いらっしゃいお兄さん。何かお探しかな?」


 その店は市場の端の端にあった。

 敷物を一枚敷いて、その上に商品だかよくわからないものを並べていただけで、もはや店といってもいいのかわからないようなものだった。

 イモリの黒焼き、カエルの心臓(!)、コウモリの羽など……まるで魔女が調合に使いそうな怪しげなものが、雑多に置いてある。


 私たちに声をかけたのは若い男で、店番のようだ。

 その若い男はなかなかの美男子だった。さっきまでのイアンみたいに若い女性にモテそうだ。

 しかし、私たちの他に店の前に立ち止まる者はいなかった。不思議なことに、他の人はまるで店が存在しないかのように通り過ぎていく。


「マークァイ・アドシターヮという人物について知っているか?」

「……なぜ、その名をご存知で?」


 イアンが探るように問いかけた途端、男のニヤニヤ笑いがなりを潜めた。代わりに目がらんらんと輝きだす。なにか面白いものを見つけた──まるでそう語っているかのように。


「この本の作者を探している」


 イアンが懐から取りだしたのは、例の禁書だった──って、ちょっとイアンさん?! 王宮の禁書庫のブツ、外に持ち出したりして大丈夫?!


「へぇ……ここでその名を尋ねられたのは二回目ですね。だけど、直接本を持ってこられたのは初めてかなぁ。それにしても、こんな古い本よく持ってましたねぇ」

「う……それはその……」


 まさか王宮の禁書庫から勝手に持ち出したとは、口が裂けても言えない。


「その本は確か何十年も前に禁書に指定されて、一冊残らず焼かれたはずなんですけど……ま、いいでしょう。オレがその作者だと言ったらあんたはどうします?」


 まるでイアンを試すように、男は笑いながら言った。笑うと美人がすごみを増して何だか怖い……。


 ──じゃなくて!


 今、自分が作者だって言わなかった?!

 確かこの本は百年ほど前に書かれたもののはずだ。その作者だということは──この若い男は百歳オーバーということだろうか。

 まさか。

 そんなことあるはずがない。ヨボヨボのおじいさんならまだしも、目の前の男はどう見ても二十代から三十前半くらいにしか見えない。

 きっとからかわれているだけだろう。その証拠にイアンだって落ち着き払っているじゃないか。


「うん……まぁ信じるよ」


 ──えっ、信じるの?! この、どう見ても胡散くさい男を?!


 私の驚きをよそに、イアンは淡々と言葉を続ける。


「もしも。あなたが本当にこの本の作者だというならば、教えて欲しいことがあるんだ」


 すると、男は口元を歪めた──これは私も知っている。人をバカにしたような笑い。


「情報には対価が必要ですよ、お坊ちゃん」

「いくらでも出す。好きな額を言え」


 そんな……作者本人だという証拠はない。そもそも、百歳オーバーの作者がこんな若い男なのもおかしい。騙されているよ、イアン!!

 男にはきっと、イアンが世間知らずのお坊ちゃんに見えているのだろう。


 ──カモだよ、カモ!


 侍女のマリッサに聞いたことがある。詐欺師というものは、相手カモの欲しているものを自分が持っているように錯覚させる手腕に長けているのだそうだ。

『結婚相手が欲しい女には甘い言葉をささやいて、金が欲しい相手には儲け話を持ちこんでその気にさせ──そして気づいた時には跡形もなく消えているんです! それが奴らの手口ですから!』

 そう憎々しげに吐き捨てていたマリッサ。普段はおちゃらけて明るい彼女の豹変ぶりにたいそう驚いたものだ。いったい彼女に何があったのだろうか──。

 

「──オレの望む対価は金などではないんですが。そうですねぇ……では、情報の対価にそのポケットの──……」


 えっ……ポケット?!


 男の指は確かに私が入っているポケットをさしていた。

 まさか、情報の対価は私──? いやいやいや……今の私はただのおもちゃのカエルだし。そんなはずがない。

 イアンの鼓動が早くなったのを感じる。それに、頬も心なしか引きつっているように見える。

 私たちは固唾を飲んで、男の次の言葉を待った。


「──ポケットの、赤い宝石のついたブローチを」


 ──ほっ。


 イアンからも微かな安堵が感じられた 。

 思い切り息を吐き出したい気分だ。

 よかったよかった。本当によかった。

 私をもとに戻す情報の対価に私を渡したら意味ないもんね!?

 本当によかったぁぁぁぁぁ……。

 対価が宝石ならば、後々、似たようなものを買ってイアンに返すことができる。まぁ、私がもとに戻れればの話だけど……。


「実は、いわくつきの宝石を集めるのが趣味でしてね。そちらの宝石は加工されていますが、もとは三十人の女の血をすったとされるブラッディ──」

「こ、これでいいのか?」


 ぎゃぁぁぁぁぁーっ!!!

 こわいこわいこわい!

 三十人の女の血ってなんなの……!?


 イアンは男の話を最後まで聞かずに、ササッとポケットからブローチを外した。男に手渡すその手は少しばかり震えている。それでもポーカーフェイスを崩さないイアンに、お姉さんは成長を感じるよ!

 ──いや。心なしか顔が青ざめている気がするけど

も。


 男は手渡されたブローチをしげしげと眺めた後、大切そうにポケットにしまいこんだ。


「毎度あり。さて、知りたいのは何でしょうか?」

「このページの『呪薬』について聞きたい。精神と身体を切り離すものだ」

「ほう──お坊ちゃんもこの薬に興味がおありで? どこの誰を呪うのかは知らないが『呪薬』は呪い師にしか扱えないんでね。やめておいた方が身のためだと思いますよ?」

「僕『も』ってことは、この薬について聞きに来た者が他にもいるのか?」

「おっと、これは失言だったかな。今のは聞かなかったことにしてくれますかい? 客の秘密をうっかりしゃべるようじゃ呪い師失格ですからね」

「やっぱりあんたも呪い師なんだな? 僕はこの呪薬が欲しいんじゃない。この薬によってかけられたまじないを解きたいだけなんだ。新しい肉体に宿った魂を、元の肉体に戻したい」

「……なるほど。事情は何となくわかりましたが……結論から言うと、残念ながらその呪いを解く方法はないですねぇ」


 その答えは予想はしていたが、作者本人に断言されると、絶望感が半端ないな──いや待て。この男は詐欺師なんだから信用してはダメだ。


「例えば、同じ薬を使って魂を新しい肉体から元の肉体に戻すことはできないのか?」

「無理ですね。

 強力な『呪薬』というものは、必ず制限しばりがあるんです。逆に言えば、制限しばりがあるからこそ効き目も強力だともいえるんですがね。

 あの薬は一生に一度しか作用しないというのが制限それですよ。肉体の方にも、魂の方もにね。だからこれと同じ薬は二度は使えないんです」


 呪薬の制約しばりについては、イアンの推測通りだった。


「では、違う呪薬を……」

「うーん、魂をもとの肉体うつわに戻すような効果のある呪薬は聞いたことがないですねぇ……」

「そんな……じゃあ、打つ手がないってことなのか……」


 イアンの声が震えている。

 それほどまでに私のことを考えてくれるだなんて──不謹慎だけど嬉しいと思ってしまう自分がいる。


「うーん、そうですねぇ……全くないこともないけど……」

「あるのかっ?!」

「……何らかの条件が揃って、新しい器に移された魂が、自然にそこを離れるような状況になれば、そのままもとの肉体うつわに戻ることも可能かもしれないとは思ってますけどねぇ。

 まぁ、そんな面白……いや、そんな奇妙な状況か起こりうる確率なんて──針の穴に縄が通る確率の方がまだ高くないかって話でして」


 針の穴に縄を通すなんて不可能じゃない?! 有り体に言って無理だということか。


「──それに」

「それに?」

「考えてもみてくださいよ? その本にも書いてあると思いますが、魂が離れた肉体うつわは、その存在を維持できない。生きる意志の塊である魂が存在しないんですから。肉体は抜け殻の状態で放置すれば、すぐに死んで腐ってしまうでしょう。

 奇跡が起こって新しい肉体から魂を切り離すことができたとしても、そんな状態の肉体に戻るのは無理でしょう?」


 うわぁぁぁ……いやだ! すごくいやだ!


 そんな状態の肉体に戻ったら、ホラー小説によく出てくる『生ける死体』になってしまうじゃないか。それに、自分の身体が腐っていくところを想像したらちょっと吐き気が……。


「おそらく、『呪薬』も使わずに魂と肉体を切り離すとなると、すごく骨の折れる作業になるでしょうねぇ……」

「どういうことだ? 方法があるのか?」

「あるっちゃあるんですけど、まだ一度も成功したことがないのでオススメできません」

「何でもいいから言ってくれ!」

「……そこまで言うなら──まぁ、衝撃を与えることで、魂と肉体のつながりを切れやすくすることは理論上は可能だと思いますよ。ただ、人間の身体っていうのは弱いから、強い衝撃を与えるとすぐ壊れちゃうんですよねぇ」


 男は、あはは困りますよねーと、無邪気に笑った。

 背筋をうすら寒い何かが走り抜ける。

 まさか……それを実際に試しでもしたのだろうか? そういえば男はさっき『一度も成功したことがない』と言わなかっただろうか?


 誰か、違うと言って!


 イアンの顔も青ざめ過ぎて、もはや死期間近な病床の美青年風になってしまっている──いや、そんな設定は今いらない。


「まぁ、そういうわけで。あまりお役に立てなくて申しわけない──いただいた宝石分には届かなかったかもしれませんねぇ。

 うーん……では、今回のことはオレの借りということにしておきますかね。何か困ったことがあったら一度だけ助けてあげることにしましょう。もちろん無償で。

 オレの力が必要な時は、ノックァーの森の奥にある廃教会を訪ねていらっしゃい!」


 男は、そんな微妙な言葉を残すと、ぱぱっと店じまいしてどこかに行ってしまった。






今回のまとめ:詐欺師を憎むアンリの侍女マリッサ。


お読み下さりありがとうございました!


すみません、次話がまだ書き終わっていません!なので、更新が昼にできなければ夜になると思います~。




そして、オマケで本編に入れるまでもないいわく付きの赤い宝石の話。


 昔、たいそう美しい女性がいた。

 彼女はある伯爵の後妻だったが、それからすぐに伯爵が亡くなったために若くして未亡人になったとの事だった。

 彼女はいつまでも若く美しかったため、多くの者がその秘訣を彼女に尋ねた。

 彼女はいつもにこやかに微笑むばかりで、その問いに答えることはなかったという。

 そんな彼女が常に胸元につけていたのはローザイトという赤い宝石だった。ローザイトはピンク色の宝石として、若い娘に人気がある宝石だったが、夫人の胸にあるローザイトはなぜか真っ赤なそれだった。

 どうしても彼女の若さと美しさの秘訣が知りたかった令嬢が一人、無謀にも夜中の彼女の屋敷に忍び込んだ。

 そこでカーテンの隙間から覗き見たのは、若い娘の生き血をすする伯爵夫人と血に濡れて赤く輝くローザイトだった。

 彼女の密告により夫人は捕らえられ、血をすすられていた娘やその証拠などを集めるために、屋敷中がくまなく捜索された。

 すると、庭の隅から三十人をゆうに超える人骨が発見されることになった。

 夫人が処刑された日、彼女が大切にしていた宝石は真っ二つに割れてしまったらしい。元は赤味がやや強いだけのピンク色の宝石は、割れてしまってなおも血のように真っ赤に輝いていたという。


おしまい



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