表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/36

(13)彼女は王妃のお気に入り

少々ストレスな展開その②




「……を、呼んできてちょうだい」


 王妃は側付きの侍女に誰かを呼ぶように言いつけている。確かさっき『娘』と言っていた。

 もしかして同じ毒を飲まされた例の令嬢だろうか?

 チラッとそのことが脳裏をかすめたが、部屋に入ってきたのは金髪碧眼のキラキラしたかわいらしい少女だった。


 白い肌には透明感があるが、病弱な感じはしない。動く度にサラサラと揺れる髪は、まるで絹糸のような光沢を放っている。澄んだ空のような美しいブルーアイズ


『あれ?』


 私は会ったことのない彼女に何だか既視感を覚えた。


「紹介しておこうと思って。この子はラーラ。わたくしの遠戚であるリスト男爵家の娘よ。美しい子でしょう? 私のお気に入りなの。あなたたちとも、これから頻繁に会うことになると思うわ」


 すぐに既視感の正体がわかった。王妃に似ているのだ。

 顔がそっくりなわけではないが、全体の色彩や雰囲気が似ている気がする。遠い親戚だからなのだろう。

 そして、これから頻繁に王宮へ招くという。おそらく彼女をお茶会要員に加えるという宣言だろう。

 王妃のお茶会は、貴族の中でも特に美しい人間だけが招かれるもので有名である。月に一度は王宮の庭園で開かれているお茶会。

 そういえば、我が家にも兄宛に招待状が届いていたが、一度だけ参加した後は多忙を理由に断っていた。理由は言わなかったが、おそらくお茶会で私を貶すような話が出たのだろうと思う。よくあることだ。

 こんな妹でも兄はかわいがってくれていた。父や兄は、私を悪し様に言う貴族とは二度と関わりを持とうとしなかった。


 はたしてこの少女が──そんなことを考えていると、紹介された少女がニコッと笑ってぎこちなくお辞儀をした。


「ラーラ・リストですぅ! イアン様、チャーリー様、よろしくお願いしますぅ!」


 違う。この少女じゃない。

 あの時王妃と一緒にいたのは違う令嬢だ。声が違う……第一、あの娘の身体ぬけがらは王妃が保管しているはずだ。ちょっと考えればわかることなのに、今の私はそれができないほど精神的余裕がないらしい。

 ラーラというこの少女は礼儀作法において、少々ままならないところがあるらしい。こういった場にもあまり慣れていないようだ。

 今も、キョロキョロと部屋の中を見渡したり、イアンやチャーリーのことを不躾にジロジロ見ている。礼節に厳しいところもある王妃のこめかみが引きつっているのが見えた。


「これからラーラを王立学園にも通わせることにしたから、イアンも気にかけてやってちょうだいな」

「……はい、母上」

「イアン様っ! ラーラはイアン様にまたお会いできて嬉しいですぅ! これから一緒にお勉強頑張りましょうねっ!」


 ラーラはパタパタとイアンに近寄ると、おもむろに彼の手をぎゅうっと握った。それからこてん、と首をかしげて微笑む。

 その仕草は客観的に見ればとてもかわいらしいものだったけど、かしこまったこの場にはそぐわないものだ。イアンは引きつった笑いを浮かべながら、すっと手を外した。


「……あ、ああ。よろしくね」


 グイグイくる人苦手だもんねぇ……ちょっと気の毒だけど、今の私では何の手助けもしてあげられない。

 あっ! そういえば、シンがイアンに忠告していた不思議女子もラーラという名前じゃなかっただろうか?

 ふとそう思い当たってイアンの背後に控えるシンを見やると、それは形容できないようなものすごい表情をしていた。


『ひいっ!』


 殺される!

 あれはまさしく殺し屋の目だ!

 危なく声を上げるところだった。声が出せないカエルになっていて、つくづくよかったと思った。


「かあしゃま! カエルしゃんみてみてぇっ!」


 いったん沈黙が落ちたところで、用事は終わったと思ったらしいチャーリーが、私を握ったまま王妃に近づいていった。


「あっ、チャーリー!」


 イアンが止める声が響き。

 チャーリーが王妃の椅子に駆け寄る音がして。

 彼の手がカエルを彼女の目の前に突きだして。


 バシッ!


 王妃は、手に持った扇で私をチャーリーの手ごと叩き落とした。


「うっ……」


 手を叩かれたチャーリーは目を瞠って。

 そのつぶらな瞳にみるみる涙がたまって。


「うわぁーん! いたい! いたいよぉぉぉっ!」


 火がついたように泣き叫ぶチャーリーの声が、謁見の間に響き渡った。


「チャーリー、部屋に戻ろう」


 イアンが、赤くなったチャーリーの腕をそっとつかんで自分の方へ引き寄せた。そのまま抱きあげると、背中をトントンと優しくたたきながらあやす。


「ぐすっ……いたいよぉ……」


 イアンは無表情で王妃に目礼すると、チャーリーを抱き抱えたまま扉へ向かった。

 王妃は不機嫌そうに眉をしかめただけで、チャーリーには一言も声をかけない。


 あの扇の柄、金属製だった。

 ふつふつと怒りがこみ上げてくる。


 あんた、私の天使の手に何をしてくれてるんだ!

 かわいそうに、叩かれたところが赤くなっていたじゃないか! 骨が折れたりヒビが入ったりしてたらどうするんだ?!


 王妃からしたら大したことのない力だったとしても、幼い子どもの柔肌にはきつい一撃だったに違いない。

 それに何より。

 親が子どもを拒絶するなんて──あってはならない。実の母親にいわれのない折檻を受けて、どんなにチャーリーは傷ついたことだろうか。

 幼い時に受けた精神的な傷はなかなかふさがらないことは、私で実証済みだ。

 あの天使の微笑みがくもるようなことになったら、私は絶対にあいつを許さない。


 こんな身でなければ、今すぐ抱きしめてあげたいのに。そして、あなたは悪くないのだと伝えてあげたい。


 ちなみに、そのまま王妃の前に取り残されるかと思った私だが、例の若い侍女さんがすかさず拾いあげてイアンに手渡してくれた……この子できる子だわ!



──────────



「殿下」

「しーっ! 寝ちゃったみたいだ」


 急に静かになったと思ったら、チャーリーは寝てしまったらしい。

 図書室で走り回ったし、泣いたしで疲れたのだろう。


「……イアン殿下、私がチャーリー殿下を部屋までお連れします」


 心配そうにイアンの後を追っていた侍女がイアンに向かって両手を差し出した。


「うん……じゃあヨルにお願いしようかな。そうだ、シン」

「はい」

「ヨルと一緒に、チャーリーを部屋まで送っていってくれる?」

「わかりました。殿下はどうされますか?」

「僕も疲れたから、もうこのまま自室へ戻るよ。夕食も部屋へ運ぶように給仕係に言っておいてもらえるかな?」

「かしこまりました。では、後でお茶でもご用意いたします」

「うん。よろしく」


 イアンは差し出された侍女の両手に、チャーリーを手渡した。

 ヨルと呼ばれたその侍女は見かけより力があるようで、難なくチャーリーを受けとめて抱き抱えた。幼いとはいえ赤ん坊ではない。四歳児を小柄な女性が軽々と抱え上げたことに感嘆の息をもらした……もちろんもらした息はイメージだ。

 若き身で王宮に出仕しているということはどこかのご令嬢だと思うが、最近の貴族令嬢というのは力持ちなのだろうか? 人づきあいが希薄な私には世間一般の常識がわからない。

 ただ、彼女がチャーリーを見つめる目は、穏やかでとても優しい。彼女が、チャーリーにとって害になる人物ではないことだけはわかる。

 私は実家にいるであろう自分の侍女を思い浮かべた。彼女の名前はマリッサという。二つほど年上の侍女であり、友だちのいない私の遊び相手であり、姉のような存在でもある。少々ドジなところもあるが、明るくていつも笑っている彼女。

 ヨルがチャーリーを見つめるその眼差しは、彼女マリッサが私を見るそれによく似ていた。


「私、実家に弟妹が七人いるんです。みんな暴れん坊でお転婆で言うこと聞かないしで、子守りを頼まれるとめちゃくちゃ大変なんです。でも、チャーリー殿下はこんなにお小さいのに誰にでも笑顔でお優しいし……私、殿下のことが大好きです。かわいくて仕方がないです」

「そうか。チャーリーのことよろしくね」

「はいっ! 私の精一杯でお世話させていただきます!」


 ヨルはペコッと軽く会釈をしてイアンから離れた。

 少し前まで、チャーリーの側付きはもっと年配の侍女だった気がする。そういえばあちらこちらとチャーリーが動き回る度に腰をおさえていたような……とうとう腰を痛めてしまったのかもしれない。お大事に。

 きっと、ヨルはその代わりに新しく雇った侍女なのだろう。

 チャーリーも彼女にはずいぶんと懐いていたようだった。まだ側付きになってそう時間は経っていないはずなのに。さすが弟妹が七人いるだけのことはある。


 チャーリーのことが心配だったけど、彼女に任せておけば大丈夫そうだ。


「さて」


 イアンと目が合った。

 カエル(わたし)は思わず前足で目を隠した。


「行方不明者発見、だね」


 ゆ、行方不明者って私のことでしょうかね?


「ねぇ、アンリ? 僕がどれだけ心配したかわかってる? 下手したらゴミ箱行きだったかもしれないよ」


 そうだね。王妃も私のことを汚らわしいものでも見るような目で見ていた。今はカエルだし、その視線も甘んじて受けよう。まぁ、元々そんな視線くらいで傷つくような神経してないんだけど。

 けれど、あの場にいた侍従や騎士たちの誰かが、王妃に気を利かせて私を処分することだってありえたのだ。いや、ヨルが回収してくれなければ、それはきっと確定した未来だったに違いない。

 今さらながらゾッとする。


「お仕置きしちゃおうかな? ねぇ、アンリ?」


 えっ……お仕置き? 今、お仕置きって言った?

 チャーリーに捕まっちゃったのは不可抗力であって、事故であって、故意ではない。イアンの無謀な筋書のせいでもあると思うんだけど!?


「お仕置き……どうしようかな。ふふ……」


 大変かわいらしく微笑まれていますが、若干の邪悪さが抜けきってないです、オウジサマ!!


 イアンのところに戻れてやっと一息つけると思ったのに、まだまだ気を抜けないってこと?




 誰か助けて!






お読み下さりありがとうございました!


とりあえずストレス展開おしまいです。

今回のまとめ:できる侍女ヨル。

明日また昼更新頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ