第五話 走れアレックス(前編)
「チームの結成と初勝利を祝って……」
「「かんぱーい!」」
ジョッキを軽く当て、オレとアリアはシードルを流し込む。街に戻ったオレたちは戦勝記念パーティをしていた。
ギルドから支払われた報酬金は言わずもがな、規格外に大きい岩石ダマシガニの死骸は現地の研究者に高値で売却できた。そのおかげで三ヶ月は遊んで暮らせるくらいの金が手に入ったのだ。
「……それにしてもオレは実物を見たのがアレが初めてだったんだが、あのカニってそんなに大きかったのか?」
「普通の岩石ダマシガニは大物で甲幅 5メートルくらいよ。アレは甲幅12メートル。普通の倍以上は大きいわね…今まで7体は倒したことあるけど、刀が通らないなんてことはなかったし…」
アリアはパスタを巻きながら話す。
「ああ、修行が足りないせいだわ!あんな程度の敵、やっつけられなきゃ先生の顔に泥を塗ることになる!」
彼女はたっぷり巻いたパスタを頬張り、シードルで一気に流し込む。格下だと思っていた蟹に不足をとったことがかなり悔しい様だ。話題を変えよう、宴の席でご機嫌斜めになってしまっても困る。
「ところでさ!今先生って言ったじゃん?アリアには師匠とかがいるってことか?」オレはアリアに尋ねる。
「んー…いたわね。まー今話すことじゃないからいずれ時期が来たら教えよっか。それでいい?」
アリアは返答を渋る。ヤバいな、触れちゃいけないことだったか?
気まずい空気を察したのか、アリアは懐刀を取り出して言った。
「でもね、先生は強くて、聡明で、それでいて気高い戦士だったの。あたしはそんな先生みたいになりたくて旅に出たの。この懐刀と斬馬刀は先生からの頂き物でね…」
アリアは微笑みながら話す。アリアの言う「先生」は尊敬と憧れの人物だということが理解できた。
オレにはいるかなぁ。心から尊敬し、憧れる人物が。就活のためだけに作られた存在しかいないな。オレにはない憧れを持つアリアが羨ましく思えた。
――酒と料理を堪能し、そろそろお勘定をしようとした時。隣のテーブルの男たちがウエイターに向かって口々に言った。「サイフがない!」「オレもサイフがないんだ!」「すられたんだ!!」「ツケが無理なら誰か人質にして家までゼニを取りに行くからさ…」
それを見てアリアは呆れた顔をした。
「全く、言い訳が下手くそね。ウメオ、アンタは忘れたなんて言わないよね?」
「当たり前だ、ほらこの通り…」
カバンに手を突っ込んでサイフを探す。
あれ?
ポケットやカバンを探すが……
「ありませんねえ…」
「ありませんじゃないわよ、しょうがないわね…私が大蔵大臣になってあげるわよ………あれ?」
アリアの場合、サイフを入れていたカバンごと無くなっていた。
「えーっ!机の下にずっと置いてたのに!これってもしかして…」
すると酒場の出入り口から甲高い少年の笑い声が響いた。
「ハハハハハ…諸君らの国家予算はワタシが頂いた!酒に消えるアブク銭をワタシが有効活用してあげましょう!」
そこに立っていたのはシュマグで顔を隠し、マントを着た薄汚い少年だった。担いでいるパンパンの麻袋にはオレたちからかっぱらったサイフやカバンが入っているのだろう。
「ワタシは義賊アレックス!ではさらば!」
少年は駆け出し、夜の闇へと消えていった…
「おい、ウエイター。勘定はあのガキ八つ裂きにしてからでいいか?」
荒くれ者の一人が顔を真っ赤にさせ、歯を食いしばりながら言う。
「そうだ!あのガキブッ殺してサイフを取り返そう!」「そうだそうだ!」
酒場の中にいる男たちが自分のエモノを持ち、口々に言う。
アリアも例外ではなかった。眉間にシワをよせ、もう既に斬馬刀を抜いている。
「先生、見ててくださいね。あの悪党を真っ二つにしますから…」
いや、多分先生は見たくないと思うよ?少なくともそんな人じゃないと思うよ?
こうして、義賊アレックスと被害者たちの戦いは始まった――