05 なぜなに魔法のコーナー
「少し説明しましたが、魔法は人生経験を精製して作ります」
講義室の教壇に立った矢倍は、黒板にチョークで大きく『人生』と書いて言った。
俺達は包帯を巻いたりガーゼを貼ったりした傷の痛みに時々顔をしかめながら大人しく着席して話を聞く。私語一つない静けさに空調と矢倍の声だけが染みわたる。
「人の数だけ人生があり、同じ人生は一つもない。だから世界に同じ魔法は一つもない。魔法は全てオンリーワンのオリジナルなんですね」
矢倍はポップな字体で「固有魔法」「オリジナリティ」「ゆいいつ無二」などと黒板に書き加えていく。
「習得できる魔法は一人一つだけ。二つ覚える例外もいますが、歴史上四例しかない極めて珍しいバグなので気にしなくていいです。もし二つ覚えられそうな感じがしたら私にご一報を。高待遇で即採用です。その時は入社したら私の上司ですねぇ……クックック……後輩が上司になるのは嫌ですが……」
表情に影が差し、年配の受講生の何人かがうっかり同情的な顔になる。
おいほだされんな馬鹿どもが。そいつ30分前まで俺達をぶち殺そうとしてたんだぞ。
少し陰鬱に物思いにふけったあと気を取り直した矢倍は、黒板にちょっと怪しい日本語でキーワードを書いたり矢印を引っ張ったりしながら説明を続けた。なぜかノートを取るのは禁止されているので黙って聞く。
曰く、魔法には三つの制約があるという。
「人生経験」「曲解」「魔力」。この三つだ。
魔法は人生の再演と言われる。これはそのままの意味で、人生で経験した事のあるモノをもう一度再演・再現するのが魔法なのだという。
例えば、酷い火事に遭った経験があるとしよう。全身に火が付き人間松明になった凄惨な経験だ。この経験を魔法にした場合、いつでもどこからともなく火を出し炎を纏う炎魔法となる。
だから逆説的に炎魔法を使う魔法使いは炎に関係した人生経験があると分かる。魔法を見ればその人の人生の一部始終が分かるわけだ。
そして時間移動魔法や不老不死魔法は存在しない。時間移動を経験した人も、不老や不死を経験した人もいないから。
矢倍がチェンソーをぶん回して襲い掛かってきたのはまさにここが理由だ。
殺人鬼に追われ生き残ったという稀有な経験は普通の人生を歩んでいてはけっして味わえない。珍しい人生経験は珍しい魔法になる。強力な魔法にもなりやすい。
夜更かししてゲームした事あります、宿題をめんどくさくてやらなかったのに先生には忙しくて忘れたと言い訳しました、なんていうありふれたしょーもない人生経験がどうやって強力な魔法になるだろう?
再現しても大した事のない人生経験しか思い出せない自分に絶望する。俺の人生っていったい……
……いや! でも! 人間は生まれただけで素晴らしい、生きてるだけで奇跡だってばーちゃんが言ってたから!
そう。俺だって特別な人生経験の一つや二つある。テストで100点取った事あるし。
その経験を魔法にすればどんなテストも百点満点! これでどうだ!
わざわざ奇をてらって殺人狂に追いかけ回されなくてもスゲー魔法は作れるんだよボケがあ!
発想の勝利! ガハハ!
という内心の咆哮は、矢倍の次の説明「曲解」を聞きしぼんで消えた。
魔法は人生の再演だが、そのまま再演してもゴミ魔法にしかならない。
先程の火事魔法を例にしよう。
ある寒い冬の日、真夜中に自宅でつけっぱなしにしたガスストーブから出火した火災に巻き込まれ全身大火傷を負って救急車で搬送された。
これを忠実に魔法にした場合、冬の真夜中の自宅限定でガスストーブから100%出火させ家を燃やし自分に全身大火傷状態を付与する魔法になってしまうわけだ。
んー、ゴミ!!!!!
俺の例をとれば「小学校五年生の国語のテスト限定で100点とれる魔法」みたいになってしまう。
んー、カス!!!!!
一人一つしか作れない魔法をそんなゴミに仕立て上げるなんてアホ過ぎる。
この人生再演の制約を緩めるのが「曲解」だ。
自分の人生の経験・思い出を都合よく曲解し、歪め切り貼りして繋ぎ合わせ、いい感じの魔法に仕立て上げる。これが「曲解」。
また火事魔法を例にしよう。
「ある寒い冬の日、真夜中に自宅でつけっぱなしにしたガスストーブから出火した火災に巻き込まれ全身大火傷を負って救急車で搬送された」という人生経験からまず「全身が火に包まれた」だけを切り出す。
そして少し時間を経過した後の「大火災に遭ったけど長期入院の末に病院から健康体で退院した」から「大火災に遭ったけど健康体」だけを切り出す。
で、その二つをくっつけて「全身が火に包まれるが大丈夫」という魔法にしてしまうのだ。
あくまでも曲解であって誤解ではないから、家が燃えただけの人生経験を国一つを一撃で焼き滅ぼす超魔法にはできない。拡大解釈は無理だ(縮小解釈? はできる)。曲解は人生の一部分を切り取って曖昧にするだけ。経験していない要素を付け足すのはNG。
この自分の人生を曲解解釈していい感じにしてしまう技術は大いに才能に依存する。
夢見がち、妄想癖、想像力豊か、発想力に優れる、などの特徴を備える人はだいたい曲解が上手いらしい。
曲解が上手ければありふれたしょーもない人生経験をスゴイ魔法にできるし、曲解が下手だとびっくり仰天な奇跡的人生経験も使い勝手の悪いダメ魔法にしてしまう。
その理屈でいくと俺は……どうなんだろう。曲解は得意なのだろうか。いつも講義室の端でスマホを眺めてニヤニヤ妄想にふけっていたが、割と理屈っぽいって言われるし、発想力があるかと聞かれればよく分からない。
俺の隣の席に座ってポワポワ講義を聞いている神々廻さんは得意そうだ。ゆるふわ和風令嬢って感じだもんな。やる時はやる女だし。
そして最後の制約が「魔力」。
魔法といえば魔力! 魔法のエネルギー源!
人生を曲解・精製して作られた魔法もこの魔力の制限を受ける。
魔力は全ての魔法使いが持つエネルギーリソースで、魔法を使うと消費され、底をつくと回復するまで魔法は使えなくなる。
魔力の保有量には個人差があり、あまり強すぎる魔法を作ると魔力が足りなくて魔法を発動できない事態に陥る。一滴しかないガソリンでビルをぶっ壊す爆発を起こせるだろうか? 無理だ。自分の魔力量に見合った魔法が無難。
もし身の丈に合わない魔法を作ってしまった場合は高い金で魔力を買い取ったりして水増しする必要があるのだとか。
魔力も購入できる時代か……どういう時代だ?
そして魔力は魔法使いだけが持つものだから、魔法を覚えていない俺達はまだ魔力を持っていない。自分の魔力量に相応しい魔法を作りたいのに、魔法を作った後じゃないと魔力量が分からない。
酷い欠陥システムだ。遥か古代から魔法を習得しようとする全ての者を悩ませ続けている魔力と魔法のジレンマである。
魔法にまつわる三つの制約「人生経験」「曲解」「魔力」のうち、曲解と魔力は才能に依存していてどうにもできない。いじれるのは人生経験だけ。
だから矢倍は人生経験を増やすために殺戮ショーをしたわけだ。世界一周旅行とかお寺で瞑想修行とか、そういう系の誰も傷つかない優しい人生経験じゃだめだったんですかね。
「説明してもピンと来ないと思うので、実例を見せましょう」
と、講義の締めくくりに矢倍は手のひらに雷を走らせて語った。
「私は去年の治験に応募してですねえ、電気ショックを受けました。コンセントに針金を刺し塩水で濡らした胸に当て、電流を流す処置です。同じ実験を受けた同期は即死。私も生死の境を彷徨いましたが……クククッ、あの時の記憶は強烈でね。こうして人を容易く殺せる高威力の電撃魔法を習得したわけですよ。
何も難しく考えなくていいんです。あなた方も一度は考えた事あるでしょう? 宝くじ当選で億万長者。社長に大抜擢されてトントン拍子で昇進。不思議な能力に目覚めて大活躍。人生一発逆転の大チャンス!
我が社はそれを提供できます。魔法ならそれができる。我々は止まらない。もっと大きくなる。もっと成長できる。みなさんも一緒に会社を盛り立てていきましょう!」
熱弁する矢倍に何人かが頷く中、トイレ休憩になる。
そのトイレ休憩が終わってもう一度講義室に集まると、治験者は一人欠けていた。
矢倍は何もなかったかのように講義を続ける。俺も内心を隠し何もなかったかのように大人しく受講する。
矢倍の顔色をうかがい、誰も消えた人間について口にしない。恐怖が俺達を支配していた。
魔法。確かに自分だけの特別なチカラにはずっと憧れてきた。素直に欲しいと思う。魔法使いになれたらどんなに人生楽しいだろう?
だがここにいたら死ぬ。
なんとか逃げ出さなければ。
でもどうやって……?