43 連戦
復活した俺に終末の獣は驚愕していた。
【馬鹿な……!】
「驚いたか? もっと驚かせてやるぜ」
啖呵を切りながら俺は竜巻魔法を使い、海上の終末の獣を巻き上げ市街地に向けて吹き飛ばした。終末の獣に接近戦なんて正気じゃない。命がいくつあっても足りんぞ。文字通り。
記憶消去魔法で失った記憶を終末の獣の魔法相殺で戻そうという試みは上手くいった。不安要素が多すぎてやりたくなかったが成功したから良し!
頭を吹き飛ばされるだけで済んだのは僥倖だった。復活してからいつも全身を巡っている魔力が首から上だけ感じられなくなっている。吹き飛ばされた部分の魔法と魔力が綺麗に消失しているのだ。さてはこれ、全身を消し飛ばされてたら復活できずにそのまま塵になってたな。頭部の魔法は消されたが、無事だった胴体の蘇生魔法が発動して蘇る事ができた。
俺は賭けに勝った。ロストデイの記憶が戻り、忘れていたせいで使えなくなっていた俺の一つ目の魔法も使えるようになった。
魔法再演――――今まで見てきた魔法を繰り返す魔法だ。
作った時は分からなかったが、こんな無茶な魔法を作れてしまうのは歴史の例外たる魔法使いの特権なのだろう。
『メシア! 俺が止める! 攻撃に集中しろ! 終末の獣を仕留めたいだろ!?』
拡声魔法でメシアに声を届け、俺はハヤブサに変身して陸地に移動した。埠頭のクレーンに叩きつけられめり込んだ終末の獣の死角のタンカーの陰に入り人間に戻る。船が沈み家々が倒壊し大火災が起きている港だが、耐火魔法のおかげで普通に動ける。
あの日、俺は終末の獣を相手に奮戦する何百人もの魔法使い達の魔法を見た。大抵の魔法は使える。魔力さえ続けば。
俺の伝声に動揺したメシアがほんの一時攻撃の手を緩めた間に終末の獣が立ち上がり、再び海を割って海底の特定位置に戻ろうとする。
させるか!
「動くな!」
叫び、拘束魔法を重ね掛けする。ただし完全には拘束しない。隕石落としをさせなければいいから止めるのは足だけだ。トラばさみを噛みつかせ、足を萎えさせ、凍傷にし、痺れさせ、下半身不随にして、鎖を絡ませる。
終末の獣は足を止められつんのめって転んだ。
終末の獣は完全に拘束・封印され動けなくなると防御モードになり、俺やメシアの攻撃干渉すら無効化する無敵状態になってしまう。あの日はそれを知らなかったせいで仕留めきれなかった。
今度は失敗しない。
白い燐光と波紋が終末の獣を治癒し、拘束魔法をかき消していく。
そこにメシアの爆破が直撃する。
服と髪を焦がした終末の獣は苛立ち叫び、漁船をメシアに向け殺人的速度で投げつける。音速を越えた漁船は衝撃波と共に砕け散り散弾となってメシアを襲う――――ように終末の獣には見えたのだろう。
散弾はメシアの幻覚を突き抜けていくだけだった。普通の幻覚魔法は見破られる。だが俺の魔法再演なら通じるのだ。
この幻覚魔法の本物の使い手はあの日終末の獣に引きちぎられて死んだ。彼の意思と魔法を無駄にはしない。
拘束魔法の重ね掛けを何度も何度も何度も繰り返し、魔力が凄まじい勢いで減っていく。
俺には人並外れた魔力がある。それでも吸い尽くされて干からびそうだ。
足を止められメシアの爆破の直撃を食らい続けてなお終末の獣はやっと火傷の跡が目立ちはじめただけだった。まだだ、まだ足りない。奴は頑丈過ぎる。
これでは殺しきるより先に魔力が尽きてしまう。
だが、
「九条獅狼様ですね? お届け物です。サインはけっこうです」
「助かった!」
間に合った。
配達帽を目深に被った配達員がどこからともなく現れ、俺の背後にいつの間にか置かれていたコンテナの山を示して一礼した。
臾衣とソニアは火事場泥棒に成功したようだ。GAMPの銀行から盗み出した大量の魔貨。これがあれば戦える!
青息吐息でコンテナを蹴り開けるとキラキラ光る魔貨が洪水のように溢れ出した。それを溶かして吸収し魔力を回復。魔力が漲り力が滾る。よし! よしよしよし!
終末の獣は猛烈に暴れていた。奴の腕の一振りで大型船が木の葉のように吹き飛び、一歩踏み出せば地鳴りが起きる。戦闘が長引くと危険だ。何か一つ事故が起きればそこから崩れるかも知れない。
俺も加勢しよう。これだけの魔力があればできる。
ソニア、魔法を借りるぞ!
「燃え尽きろぉおおおおおおおおおおおおッ!!!」
魔貨を代償に魔力を燃やし終末の獣に大火力を叩きつける。
爆発と火炎のクロスファイアで終末の獣がみるみる焼け焦げ炭化していく。
埠頭のコンクリートは猛烈な熱でドロドロに融解しマグマと化している。
拘束に攻撃にと魔力消費は馬鹿げた量で、一つのコンテナの魔貨は三秒持たずに使い尽くしてしまう。俺は景気よく山積みされたコンテナを粉砕しコインを溶かしていく。
何兆円分の魔貨か知らないがどうせ今日この日このために貯められたんだ。使い尽くしてもいい、終末の獣を仕留める!
【やめろ! 神の御意思に逆らう愚か者共が! なぜ滅びに逆らう!? これは運命なのだ!】
「人間はなあ、運命って聞くと逆らいたくなるんだよ! 知らねぇのか!?」
軽口を叫び返すが気が気ではない。
早く、早く潰れてくれ。
どうしてまだ妄言を喋り散らす余裕があるんだ?
全身がボロボロに焼け崩れ炭でできた黒いヒトガタになってもなお、終末の獣の神聖さを感じずにはいられない柔らかな白い燐光と波紋はやまない。
山のように積み上がっていた魔貨が溶けてなくなっていく。
これで残りのコンテナは10もない……残り4つ、3つ、2つ……1つ……!
頼む頼む頼む!
もう倒れろ! 喋るな立ち上がるな!
勝たせてくれよ、終わりにしてくれ……!
コンテナの魔貨を使い果たし、俺は火を止めた。
沸騰する溶岩の中心に原型をとどめない黒い何かと化した終末の獣が沈んでいく。
白い光と燐光はもう見えない。
終末の獣の残骸は溶岩に沈み込み……呑み込まれ……
……見えなくなった。
…………。
そのまま何も起きない。
炎がごうごうと燃えていた。
周りは火の海だ。
建物は崩落し、一面赤い炎が夜空に猛り狂っている。
ちょうど一年前の病院に取り残された時にそうであったように。
終末の獣は死んだ。
俺とメシアの、人類の抵抗は四年越しに実り、世界の終わりを乗り越えてみせた。
束の間の達成感に浸る俺の前にメシアが空から降ってきた。
着地の衝撃で地面が震え、衝撃波で炎が放射状に吹き散らされる。
ちょうど一年前、俺を助けた時のように。
だがメシアはいつもの快活な笑みを浮かべていなかった。
「お前」
メシアは怒りに恐れを混じらせた震える声で俺を指さし言った。
四年前、ロストデイの時と同じように。
「お前、お前は……波野司だな?」
「分かるか? まあ分かるよな。俺もお前の本性が分かるぞクソ野郎」
「!」
イギリスを消し飛ばしロストデイを引き起こした史上最悪の大罪人メシア・ウィザースプーンは、怒りに目を血走らせ本性を露わに魔力を噴き上げた。
決着をつけよう。全てに。




