34 アンタの事なんて全然好きじゃ以下略
姫宮ソニアはグリモアの中でもザ・デイに向けた戦闘要員として訓練を受けていたが、ザ・デイ前哨戦にあたるニューアイランド争奪戦では日本残留を命じられていた。
ソニアは危険な戦地に行かなくて済んだと安堵する反面緊張も強いられている。
GAMPのうち三社は自社戦力の大部分をニューアイランドに送った。予備戦力扱いだったソニアも残留組の中では主戦力扱いとなり、抗争にたびたび駆り出されてはパラケルススやマーリンネットの魔法使いを焼いていた。
以前田間多摩医院の抗争で引き抜かれたという優秀な医療魔法使いのおかげで深刻な重症でもなければすぐに治るのだが、深刻な重症を負えば治らないし、即死させられたり洗脳されたり誘拐されたり、怪我以外の危険もまた多い。
特に数日前の抗争で五十人以上の魔法使いが魔女狩り魔法で死んだ事件はゾッとした。夜間タクシーを捕まえるのに手間取り、現地に到着するのが遅れたおかげで助かったようなものだ。
今幸運を使い果たしてザ・デイを越えられるのだろうか? 一番運が必要なのはそこだというのに。代償の無い幸運に恵まれると不安になる。
日本残留組、中でも特に東京に残された戦力には終末の獣に対する万が一の備えという側面もある。二カ月後に復活するとされている終末の獣がもし予定より早く復活してしまった時、真っ先に相手をするのは東京残留組になる。
企業戦争に不参加で済む代わりに終末の獣と戦う事になったら本末転倒だ。
太古の昔から数千年も語り継がれる人類滅亡級大洪水伝説を引き起こした終末の獣相手に何ができるだろう? 文明を押し流す大津波に炎が何の役に立つ?
不老不死とされる終末の獣に火傷一つも負わせられるか甚だ疑問だった。
大企業グリモアの社員になり、勝ち馬に乗りザ・デイを余裕をもって越える算段は危うくなっている。外からは強大で盤石に思えたグリモアは、いざ入社して内側に入ってみると存外不安定で危うかった。
毎日少しずつつのる不安と焦燥の中、ソニアは九条獅狼から呼び出しを受けた。
見慣れた九条家の客間でソニアは九条から頼み事をされる。その隣には不機嫌に睨んでくる神々廻臾衣の姿もあった。
「ふぅん。つまり私にその記憶喪失魔法をかけてきてる奴を殺して欲しいって事?」
「いや殺さなくてもいいんだ。それは最悪の手段で、戦闘になった時に火力を借りたいだけで」
ソニアが端的にまとめると、九条は困り顔で訂正した。
同じ職場で働いていると九条が昔と様変わりしたのがよく分かった。新しい九条は人畜無害で、覇気には欠けるが周りをよく見てよく考えている。女性職員にも人気で、クリスマスデートを迫られしどろもどろになっているのを何度も助けなければならなかったぐらいだ。
誘いを断って傷つけてはしまわないかと強く言えない九条の優しさは温かく、優柔不断さがもどかしい。
「話が確かなら犯人は神々廻さんに付きまとっていて執拗に記憶を消しているわけでしょう。陰湿で悪質。悪事を見破られた時、殺さない前提で紳士的な決闘をしてくれる相手とは思えないわね」
殺さないよう手加減をして反撃されるぐらいなら、最初から殺す気でいって無傷で勝った方が断然いい。魔法社会ではそれが許される。
魔法使いは殺人を隠蔽する手段が豊富だ。敵対組織や野良の魔法使いを殺してもグリモアに申請すれば処理部隊がうまくやってくれる。かといって無差別殺人が許されているわけではないが。
「とにかく私の力を借りたいならやり方は私に任せてもらうわ。いいわね?」
九条は渋々頷いた。
それでいいとソニアも頷く。敵への慈悲は美徳だが、美徳は時に死を招く。死んだら終わりだ。ソニアも、九条も、臾衣も。
九条が習得しているという自己蘇生魔法をソニアは一度も見たことがない。自己蘇生魔法というのは嘘で、本当は何か別のもっと使い勝手のいい魔法を覚えているのではないかと前々から疑っていた。
「犯人を追うのは俺と臾衣がやる。ソニアは追われているのに気付いた犯人が襲ってきた時とか、犯人を追い詰める時の武力役を頼みたい。できれば目的とか背後関係も確かめたいから、話が聞き出せそうなら先制攻撃は控えてくれ」
「ええ。でも危ないと判断したら私の判断で動くから。それで、神々廻さんの消された記憶っていうのはなんなの?」
ソニアはムスっとしている臾衣に話を振った。臾衣が何度も記憶消去されているのは不思議だった。
魔法使いは都合の悪い相手をかなり簡単に殺す。臾衣が犯人にとって不都合な者を見聞きして記憶を消す必要が生じたなら、記憶を消すより命を消す方が手っ取り早い。
殺せない、殺したくない理由があったという事だろう。以前の千石家事件で娘魔法維持のために魔法使いを捕えて魔力を絞り上げようとしていたような。
消された記憶が何なのか分かれば、殺さなかった理由や犯人像がおのずと浮かび上がる。
犯人像が分かればソニアもやりやすい。
消えた記憶を尋ねられた臾衣は九条と一瞬謎の目配せをして答えた。
「分かるわけないですよ。消されてるんですから」
「質問が悪かったわね。神々廻さんは何かの記憶を忘れさせられて、それに気づいたわけでしょう? 晩御飯を食べた記憶がないとか、誰かの顔を思い出せないとか、気が付いたら知らない場所にいたとか、そういう。前後の状況から忘れさせられた記憶の見当がつくんじゃない?」
「……えーと、私も何の記憶を忘れさせられたのか分からなくて」
「え? じゃあどうして忘れてるって分かったの? 何を忘れてるかも分からないなら、そもそも忘れさせられたって自覚する事すらできな」
「よしソニア! 報酬の話をしよう!!!」
動揺して目を泳がせる臾衣を追求すると九条が大声で割り込んできた。
「俺と臾衣の護衛に一日100魔貨もしくはそれ相当の日本円。犯人を無力化したら200魔貨でどうだ」
「んー、いらないわ。どうせ上司の獅狼が誰かに襲われたら部下の私が守る事になってるし、守る相手が一人増えるだけでしょう。お礼がしたいなら今度獅狼が買い物の荷物持ちして」
ソニアが何気なくいうと、臾衣は目を丸くした。
「え、どうしたんですか守銭奴さん。何企んでるんですか? どうしちゃったんですか」
「何が?」
「だってお金を取れるところで取りに来ないなんて変ですよ。ね?」
「おい余計な事いうな! 安く済ませてくれるならそれでいいだろ!」
疑り深い臾衣に九条が焦って言い返している。
心外だ。九条の事は嫌いだが、良い上司だと思っているし、気遣ってくれるし、顔がいいし、懐が深いし、優しいし、一緒にいて楽しいし、通常業務の延長線上で収まる頼み事をされたぐらいで毟り取ろうとは思わない。そういうのはもっと殴って心が痛まない下衆相手にやる事だ。
「買い物に付き合えだなんて! 獅狼さん気を付けて下さい。この女、色仕掛けするつもりですよ。すり寄って媚びて取り入って、今度は何を企んでるんですか? 結婚詐欺ですか? 保険金詐欺ですか?」
「あのね、アレは私が悪かったけど、いつまでも昔の事を引っ張り出して粘着されるとイラつくわ。いい加減にして」
キャンキャン噛みついてくる臾衣にソニアは辟易して言った。
臾衣が九条に恋心を抱いているのは知っている。見ていれば誰にでも分かるし、直接警告されもした。
だからソニアは九条にアプローチしていない。面白い新作映画を一緒に見に行ったり、ファッション雑誌を見せて意見を聞いたりすると臾衣は烈火の如く怒って邪魔をしてくるが、理解しがたい。恋愛脳の過剰反応だ。友達同士でも普通にやる程度の事ではないか?
そもそも九条は嫌いだ。九条を巡って臾衣と三角関係になるなんて笑止千万。ありえない。
ソニアが大切にするのは替えが利く物だけだ。大切にした物はどうせみんな燃えて無くなってしまう。替えが効く家、燃えてもいい服、無くしても困らない友人。それで充分。
恋人を作るならいつ別れても惜しくない、恋愛ごっこを楽しむための遊び相手だ。九条がその枠になる事は決してない。
護衛の依頼の話をまとめたソニアは、敵意を剥き出しにした臾衣をうんざりしながら軽くあしらってさっさと退散した。
誰もいない、ペットもいない、寒々しい我が家に帰りながら、ソニアは心の中で自分に言い聞かせるように呟いた。
私は九条獅狼が嫌いだ。
だから大丈夫。
いなくなったりしない。




