31 メシアという人間
男治さん事件での邂逅の後、俺はSNS上のメシアの投稿がある日突然途切れはしないかとハラハラしていたのだが、全くそんな事はなかった。ロストデイ隠蔽犯も流石にメシアは始末できないらしい。
メシアは二カ月後にまで迫った終末の日の最重要戦力だ。殺したら世界が滅びる可能性が跳ね上がる。そういう意味で狙えないだろうし、単純にあちこち飛び回っていて捕捉が困難。フォロワー150万人の超絶有名人を殺せば確実に執拗な原因究明が入り犯人にとっては都合が悪いだろう。あとシンプルにクソ強くて殺すのが難しい。ある村を占領したテロリストを一人残らずぶち殺し、自分は怪我一つ負わなかった伝説持ちだ。やばい。
俺は同じ事件を追うよしみでメシアと不定期にやりとりをするようになり、彼についていくつか知れた。
彼の魔法は幼い頃の飛行機墜落事故を元にしているのだそうだ。
当時九歳だったメシア・ウィザースプーンは聡明だが夢見がちな男の子だった。
優しい両親の元でヒーローやスポーツ選手に憧れすくすく育った彼は、家族旅行のために乗った飛行機の墜落事故を体験する。
山中に墜落した飛行機は大破爆発して山肌を抉り吹き飛ばし、乗客の大部分が即死。生き残った者も重症を負った。が、メシアは奇跡的にも傷一つなく生き残った。
そしてボーイスカウトで習った応急手当で重傷者を助け、麓まで走って下山し救助を呼んだそうだ。この事件はアメリカでは大変衝撃的なニュースで、メシアを否応なく有名にした。
そしてメシアはこの経験を元に魔法を作った。助けた重傷者の内の一人がグリモアの魔法使いで、その人から魔法について教わったそうだ。
メシアの魔法は「飛んで移動し」「爆発して」「死屍累々の大事故の渦中にあっても傷一つ負わず」「瀕死の重傷者を治療し、最終的には完治させる」。そういう複合的性質を持つ魔法だ。
飛べるし、爆破できるし、頑丈だし、治療もできる!
俄かに信じ難い。そんなのがアリならもうなんでもありじゃないか。どういう曲解すればそんな万能魔法にできるんだ? いや確かに理論上は可能そうだけど。
ソニアの炎魔法の制約や、わざわざ五円玉を持ち出さないと使えない男治さんの記憶操作魔法の不便さを思うと不公平にもほどがある。
だがメシアは俺の再誕魔法も大概だと呆れていた。
まあね。インチキ度と使い勝手の良さでいえばお互い似たり寄ったりだ。人の事言えない。
そしてそんなインチキ魔法を十字教勢力への献金と教皇へのツテを使ってかなり自由に振りかざした結果、今のメシアがある。
全ての魔法使いの天敵である魔女狩り魔法は七百年前の十字教教皇の魔法だ。この魔法はどういう理屈で継承しているのか歴代教皇に脈々と受け継がれ、その魔力で運用されているのだとか。
魔女狩り魔法は「魔法使いを見つけ出し殺す魔法」だが、その理屈でいくと教皇自身も魔法使いなのだから自分の魔法で自滅する事になる。
しかしそうはなっていない。教皇は自分を自分の魔法の対象から外しているのだ。教皇は魔女狩り魔法の例外を作れるのである。
メシアはこの理屈で魔女狩り魔法の例外になっている。
メシアは歴史ある大聖堂の再建費用に多大な出資をしたり、チャリティーイベントを熱心に行ったり、十字教への支持を開けっぴろげにして、教皇と個人的親交を持つに至っている。
親が息子に救世主などという輝きすぎなキラキラネームをつけるほど熱心な(身の程を知らないほど熱心な)十字教徒だったというのもある。
教皇がメシアが魔法使いだと見抜いた上で見逃しているのか、無意識下で十字教の熱心な後援者として認識し意識の外に置いているのかは分からない。
だが結果としてメシアは未だに溺死を免れている事実は揺るぎない。
もちろん、生中継テレビの前に飛び出して魔法を使ったら流石に看過されず、魔女狩り魔法に引っかかるだろう。それでも教皇の心象が良く、言い訳が効く程度に信頼を得ている内は大丈夫だ。
ズルい。真似したいが教皇の信頼なんて簡単に得られるものじゃない。メシアの実力や人望が成せる荒業だ。
そして一般的にはメシアは魔法を二つ使えるとされているが、実のところ複合的効果を発揮する魔法のせいで二つと誤認されているだけなのだそうだ。逆に俺は二つ使えないかと聞かれたが、使えません。二つ目の魔法を作ろうと試した事があるのだが、普通に無理だった。
俺もメシアも魔力がクソ多く曲解がめちゃ上手いという共通点こそあるが歴史の例外ではなかった。
そんなけっこう深い話もするようになった俺達だが、しばらく忙しくて連絡できなくなると謝られた。
マーリンネットが魔法で隠していた要塞化した島の存在が明らかになり、それをめぐりザ・デイを前にして企業間戦争の火蓋が切って落とされたからだ。




