30 救世主再び
玄関先であおむけに倒れた男治さんはおびただしい血を流していた。むせかえるような血の臭いが鼻をつく。流血は止まっていたが、それは止血されたというよりも流れ出る血がなくなったからだろう。どう見ても致死量だ。死んでいるのが一目で分かる。
この死は俺達が恐れ予期していたものだ。
まさにこんな死に方を避けるために彼は隠れ住み、だがリスクを冒して俺達に会って警告してくれた。
そして死んだ。顔に刻まれた恐怖と苦悶が死に際の瞬間を切り取り残している。俺達のせいで死んだようなものだ。俺達が来なければきっと死なずに済んだ。
「どうしますか?」
臾衣が俺を庇うように前に出て、緊張して聞いてきた。
自責の念から我にかえる。そう。それが問題だ。
逃げるか、調べるか。どちらが正解だ?
男治さんがロストデイの真相を隠そうとしている謎の存在に襲われたのは自明だ。
氷点下の気温で血が凍っていないから死後時間が経っていない。
すると犯人はまだ近くにいるかも知れない。ここで俺達まで殺されたら真相を探る者がいなくなる。身の安全を第一に逃げるべきか?
一方で犯人がまだ近くにいるとすれば顔を拝む絶好のチャンスだ。遺留品だってあるかも。時間経過で証拠が薄れ消えてしまう前に現場を調べるべきか?
迷う時間も惜しい。俺は数秒の躊躇の後に結論を出した。
「OK、こうしよう。臾衣はカラスに化けて死体を調べてくれ。カラスが死体に寄ってくるのは自然だ。犯人の目を誤魔化せるかも知れない。俺は周囲と家の中を調べる。俺なら殺されても復活できるから、いきなり襲われてもなんとかなる。どちらかが襲われたら残った一人は逃げてグリモアに応援を……! 隠れろ!」
足音に気付いた俺は臾衣の襟首をひっつかんで植え込みに隠れ、伏せた。
葉の落ちた低木は枝の隙間から俺達の姿が見えてしまっているが、突っ立っているよりマシだ。
音がした。虫や山鳥ではない、何か重い物が落ちたような音だ。
音が聞こえたあたりの景色を注視すると微妙に歪んでいて、何かがいるのが分かった。
人間か? 怪物か? 隠れるのは間に合ったのだろうか? 気付かれたか? どうだ?
景色の歪みがあるのは家から十数メートル離れた山道だ。ちょうど俺達を見下ろせる位置。
今からでもダッシュで車まで走って逃げるべきか痛いほどに高鳴る心臓の鼓動をおさえ迷っていると、景色の歪みが解け、メシア・ウィザースプーンが現れた。
金髪碧眼の世界最強魔法使いは白マントを翻し、険しい表情で俺達を睨んでいる。
「君達は知っているぞ! 九条獅狼と神々廻臾衣だろう! 日本支社の!」
よく通る声で言いながら、メシアは肩を怒らせこちらにやってくる。思いっきり見つかっていた。
俺達は顔を見合わせ、恐る恐る立ち上がり両手を上げた。
まさかメシアが犯人? いやいやそれこそまさか。
犯人候補として考えた事はある。というか知っている人は全員一通り疑った。ソニア犯人説、グリモア社長犯人説、お隣さん犯人説、隣のデスクの中井さん犯人説などなど。俺自身の裏人格犯人説まで疑った。
だがメシアは俺の裏人格犯人説並に疑いが薄い。男治さん犯人説の方がよほど有り得る。
メシアは筋骨隆々で背も高い。目の前にやってきた冷たい目で見降ろされると、魔法なんて使わなくても片手で捻り潰されそうな恐怖がある。
「君達を男治氏殺害の罪で拘束する! 申し開きはあるか!」
「!?」
高圧的に言われてハッとした。
そ、そうか。メシアにはそう見えるのか。重い物が落ちた音は透明? になって飛んできたメシアが着陸する音に違いない。やってきたばかりで死体の前に魔法使いがいたらそりゃあ犯人だと誤認する。
そういう事なら話は変わる。
「申し開きあります!」
「そうか! 聞こう!」
「あ、本当に聞いてくれるんだ。えーとですね、」
「嘘をついたら君の想像を三倍上回る酷い目に遭わせる! 心して話したまえ!」
メシアは腕組みして厳しく言い放った。
こええ! 知ってるぞ。グリモアSNSで散々見てきたから知ってる。メシアは要救助者は必ず助け、悪人は普通に殺す。
前はあれよあれよという間に救助してもらったが、アレが敵に回るとなるとこんなに恐ろしい事はない。嘘はつけない。
俺は大人しく事情を話した。ただし嘘は言わないものの細部は伏せる。
ロストデイの記憶を取り戻すために男治さんを頼り、訪ねたらもう死んでいた、という部分だけを白状する。魔法使いなら誰もがロストデイの真実に興味を持っている。記憶を取り戻すのに特別な理由は要らない。
申し開きを聞いたメシアは納得して表情を和らげた。
「うん! 疑ってごめんな! 信じよう!」
「え、そんな簡単に信じていいんですか」
命惜しさに嘘八百を並べ立てているかも知れないのに。嘘を見抜く魔法でも使ったんだろうか。
「そもそも君達は二人だからね! 正直あまり疑っていなかった! 犯人だと確信していればとっくに殺しているさ!」
「おぁう物騒……あの、二人だとどうして大丈夫なんですか?」
「ああ! 実はね! これは極秘なんだけれど!」
と、メシアは極秘と程遠い明朗快活な声でペラペラ語り出した。
話によればメシアもロストデイの真相を隠蔽して回っている犯人を追っているという。
彼は困っている人を助けに世界を飛び回る傍ら手がかりを集め、犯人が単独犯であると突き止めた。それで男治さんに警告を、話次第では保護をと考えてやってきたら既に手遅れで、死体の前に怪しげな二人組がいたという訳だ。
そいつは確かに怪しい。犯人にしか見えないぞ。逆によく申し開きのチャンスをくれたな。
「九条くんはグリモアによく魔力を納め、貢献してくれている! ザ・デイに必要な人材だ! 神々廻くんも社内の人気者! いなくなればみんな悲しむ! 同じ会社の仲間を、一度は助けた人を殺すのは心が痛むからね! 犯人でなくて良かったよ! ところで二人は犯人についてどこまで知っているんだい!? ロストデイの記憶は戻ったのかな! 情報交換しよう! ああ、先に彼の死について警察に匿名で通報しておかないとね!」
件の犯人像については屋内に残された男治さんの資料を見せれば事足りると思ったのだが、屋内が荒らされ資料は持ち去られていた。
波野家連続殺人でも室内が荒らされていたのを思い出す。俺も俺自身が自覚していない手がかりを持っていて、それを盗まれたのかも知れない。犯人の隠蔽は徹底していて容赦がない。
メシアが持っている情報はほとんど既知で、単独犯という事以外新規情報は無かった。俺達の情報もメシアにとって新規性がなかったらしく、メシアは微妙な顔をしていた。
パトカーのサイレンが近づいてくる中、メシアは最後に警告した。
「この件に関して深入りするのは危険だ! これからは今まで以上に慎重に動くように! 犯人は狡猾で情報収集に長けている! どこから知られるか分からない! 誰にも話さず、誰も信用しないぐらいがちょうどいい! 危険な事はぼくに任せたまえ! そして犯人を捕まえた暁には是非ぼくの活躍をおおいに宣伝してくれると嬉しい! このぼくの! 英雄的活躍をね! ああそうだこれも言っておこう! 外回りの増田さんが迷彩魔法を使える! 話を通しておくから、この件に関して調査する時は協力してもらうといい!
じゃあ僕はこれで! 君達のヒーロー、メシア・ウィザースプーンをよろしく!」
そういって嵐のように捲し立てたメシアは嵐のように去っていった。
頼りになる同志ができたと安堵する反面、不安も膨れ上がる。
昨日同じように警告してくれた男治さんは今日死体で見つかった。
最強魔法使いメシアまで殺されるようなら終わりだぞ。大丈夫ならいいんだが……




