28 無くした記憶を取り戻せ
俺は今までロストデイやザ・デイを他人事のように考えていた。
地球温暖化とか増税とか、そういう問題と同じだ。自分を苦しめている問題ではあるけれど、現実問題俺に何ができる?
たった一人の男がゴミ分別や電気代節約を頑張ったところで地球の温暖化は変わらない。0.0001℃すら変わらない。意味が無くはないのだろうが、無いも同然だ。
増税も俺の反対票1票では何も変わらない。百万:五十万の賛成反対比率が百万:五十万一になっても結局増税される。意味が無くはないのだろうが、やはり無いも同然だ。
ロストデイは昔の話で、ザ・デイは俺にはどうしようもない。
どちらも話がデカすぎて現実感がない。のらりくらりやり過ごせば、きっと偉い人がどうにかしてくれる。
どうにかできなかったとしても、俺よりずっとスゴイたくさんの人達が頑張ってどうにもならなかったのなら諦めがつく。俺が一生懸命問題に取り組むのは意味が無くはないのだろうが、無いも同然だ。
そう思っていた。
しかし臾衣の告白を聞いて考えを改めざるを得なくなった。
なんも覚えてないけど俺は昔世界を救ったらしい。臾衣は明言しなかったが、話の流れから察するに、ロストデイにイスラエルで目覚め世界を滅ぼすはずだった終末の獣を霞が関地下に封じたのはたぶん俺だ。あるいはその封印前後の騒動の中心にいて、一連の出来事に深く関わっている。
何がどうしてそうなったのかさっぱり分からない。
ロストデイの時、俺はただの高校生だった。あの時期は確か深夜アニメにハマってブルーレイを買うかソシャゲに課金するかの選択を迫られ苦悩していた頃だ。当時の俺にとっては深刻な問題で頭がいっぱい。世界滅亡なんて頭の片隅にすらなかった。
それがどうして世界を救う事に?
何も分からないが、波野家連続殺人が起きた理由がおぼろげに分かった気がする。
俺には家族知り合いを皆殺しにされるような心当たりは無い。ずっと平凡に生きてきた。今まで生きてきて一番恨まれた記憶は小学生の時に岡田くんのバトル鉛筆をバキバキにへし折った事だが、そんな事で皆殺しにされるわけがないし、第一その岡田くんも殺されている。
俺がロストデイに世界を救ったのなら、波野家連続殺人はたぶんそれが理由だろう。それ以外考えられない。
ロストデイに起きた何かが三年越しの殺人を誘発したのだ。
ロストデイ。
波野家連続殺人。
二つは失われた記憶で結びついている。
俺がかつて世界を救ったというのなら、ザ・デイが来てもきっと再び世界を救える。前回世界を救った方法を思い出せれば。
そういう理屈だ。
そうなると俄然失われた記憶が気になってくる。
俺を、俺達を取り巻くあんな謎こんな謎いっぱいあるけど、記憶を取り戻せば謎は全て解ける。はずだ。
臾衣の告白を聞き、散々悩んで考えをまとめた俺は記憶を取り戻すために動きだした。
臾衣からロストデイに何があったのか聞き出すのが手っ取り早くも思えるが、他ならぬ俺自身が口止めしているとなると聞けない。どうして口止めしたのかも記憶が戻れば分かるだろう。
さて。
まず試したのが病院だ。
精神科・心療内科に通院し「ある一日の記憶を思い出せない」と相談する。先生は真摯に話を聞いてくれ、薬の服用やカウンセリングでの治療を試みたが一ヵ月経ってもなんの効果もない。
先生からは「長い目で見ていきましょう。大丈夫です、焦らないで」と言われた。ごもっとも。焦って成功した話聞かないしな。医学的見地から見てもド正論なのだろう。
だがそうは言っても焦る。終末の日まであと半年もない。
どうやって世界を救ったのか思い出せないままもう一度滅びの瀬戸際になったら、今度こそ瀬戸際を越えて滅びかねない。
俺一人の動静が理由で滅びるほど世界は脆くないと信じたいが……
さらに数週間粘ったが、何一つ進展が無かったため精神科・心療内科アプローチは諦めた。失敗だ。
失望したがショックはない。言っちゃなんだがこんな普通の方法で記憶が戻るならとっくに誰かがロストデイの記憶を取り戻しているだろう。ワンチャンスに賭け、負けただけの話。
次に試したのは精神科の先生に紹介してもらった催眠療法だ。
催眠術の力を借りて記憶を遡ったり、忘れていた記憶を刺激して思い出したり。
これは精神科よりリスクがあり、正直避けたかった。
俺は催眠術をあんまり信用していない。太った中年の怪しいおじさんが女性をたぶらかしてえっちな事をするためのテクニックという印象だ。
流石にそれは穿ち過ぎとしても、催眠術でぼんやりしてウッカリ魔法について話してしまったら魔女狩り魔法で死にかねない。
グリモアSNSには嘘か真か自己蘇生魔法の使い手が魔女狩り魔法で死んだ時に復活できなかったという話もある。俺の魔法は厳密には復活ではなく再誕だからセーフと思いたいが、試したくはない。
迂闊な事を話してはいけないという緊張・警戒のせいか、催眠療法士の先生の腕が足りなかったのか、理由は定かではないが、とにかく催眠療法も効果がなかった。
そうなるともう残る方法は一つしかない。
記憶操作魔法だ。
記憶操作による記憶復元は、催眠療法とは比較にならないぐらい危険だ。
相手に悪意があったら何をされるか分からない。洗脳で操り人形にされるか、偽りの記憶を植え付けられるか、絶対に思い出せないようにより強固な忘却をかけられる危険だってある。場合によっては記憶を覗かれ、俺の中身が九条獅狼ではなく死んだはずの波野司だとバレるかも。
それに対して俺は抵抗してはいけない。記憶を弄って戻してもらうのに、記憶弄りに抵抗しては意味が無い。無防備である必要がある。
正直怖い。しかしもうそれしか手が残されていない。
記憶操作魔法でロストデイを思い出そうという試みは俺だけのアイデアではない。魔法界ではとっくに試され尽くし、成功しないと分かっているやり方だ。特にロストデイ直後はGAMPが記憶系魔法の使い手を奪い合い、多数の死傷者を出したとか。
その時の騒動のせいで記憶系魔法の使い手の多くは死んでしまい、生き残った数少ない使い手も姿を隠してしまっている。
それでも情報系大企業グリモアは伊達じゃない。なんとか信用できる記憶魔法の使い手を探し出し、会う約束を取り付ける。
俺は早速臾衣を連れてその人物に会いに行った。
臾衣は記憶操作が効かないから、二人同時に何かされそうになったら違和感に気付ける。もしものためのガーディアンだ。
記憶魔法使いがいるのは郊外の山奥の民家だった。そこは田間多摩医院の近くで、道中焼野原になった灰色の山肌を通り過ぎる。このあたりには嫌な思い出しかない。できれば来たくなかった。
記憶魔法使いに教えてもらった住所につくと、築何十年かという古い民家があった。曇りガラス越しに室内に積み上げられたゴミ袋が見え、パンクしたバイクが横倒しの雨ざらしで放置され、ポストには郵便物がぎゅうぎゅうだ。枯れ木には数羽のカラスがとまり、俺達を睨んで不吉な鳴き声をあげていた。
お世辞にも好感が持てるとはいえない。臾衣は顔には出さないが俺の袖を強く掴み腰が引けている。
まあ俺もヤバそうだと思う。でもまだ家を見ただけだ。どんな人が住んでいるか分からない。
記憶魔法使いは希少で、争いに巻き込まれやすいという事情を考えれば、こんな人里離れたボロ屋に隠れ住んでいるのはむしろ合理的。都会で堂々と暮らしている方が怪しいとすら言える。
約束を取り付けた彼は元催眠療法士だというし、医学免許を取れるぐらい頭が良い。そうそう変な人はでてこないだろう。
そう思ってインターフォンを鳴らすと、
太った怪しい中年のおじさんが糸を結んだ五円玉を片手に持ち、
荒い息で出迎えてくれた。
「ど、どうも。こん、こんにちは……く、くく、九条さん、ですか? そ、そちらの女性は? ハァハァ」




