21 千石家
グリモアSNSで親子襲撃者の情報を探すと、親子の情報より先に九条獅狼が引っかかった。「GAMPの面接にやってきた大型新人バカ魔力魔法使い」の噂が密かに広がっていたのだ。アングラなコミュニティでは「捕まえれば大儲け」とか「脅して搾り取れ」とか「戦闘系魔法だったらヤバい」とか「洗脳魔法使えるやついないの? 操ろうぜ」とか好き勝手言われている。
どこだよ俺の個人情報漏らした企業は! 俺の魔力量知ってるのはソニア以外だと面接したGAMPしかねーぞ。Abezonか? マーリンネットか? パラケルススか? まさかグリモアが自社社員の情報漏洩したんじゃないだろうな。
こいつぁ入社早々狙われたわけだ。魔法界初心者のペーペーで、歩く油田ならぬ歩く魔田。悪巧みしてる奴なら嬉々として襲ってくるに決まってる。むしろよく二人で済んだな。アングラコミュニティの盛り上がりようからして10人ぐらい押し寄せてきてもおかしくなかった。
実際に来たのが二人という事は、やっぱネットでライオンでも現実では尻尾丸めたチワワというのは一般人も魔法使いも変わらない真理って事ですかね。
あの親子がこういうアングラコミュニティから情報を得て襲ってきたのだとしたら、コミュニティ利用者情報を辿れば正体が分かる。二人がGAMP製品を使っているのはセキュリティアラートが聞こえたから間違いない。
今判明しているのは親子の容姿、父の治癒魔法、娘の名前「千景」。その手がかりを使って雑多な情報を精査し、絞り込んでいく。
流石に実名でSNSはやっていないようで、「千景」という名前のアカウントで俺の襲撃を匂わせる呟きをしているものはない。
が、そこでグリモアの管理者権限がモノを言う。襲撃地点周辺に(たぶん)住所があり、親子の魔法使いで、年齢は三十代後半ぐらいと小学校高学年ぐらい。その条件で利用者リストを漁ると、四十代後半の父と小学六年生の娘のアカウントが出てきた。
父の年齢が見た目と少し違うが十歳ぐらいなら個人差だ。何より他にそれらしい奴がいない。
ソニア曰く、子供の魔法使いは珍しいらしい。魔法使いになってもすぐ死ぬ。口が軽く、すぐに魔法について話してしまい、魔女狩り魔法に殺されるから。
見つけた親子割引アカウントのうち、娘の方のグリモアSNS利用者情報登録名は千石千景だし、これで違っていたら偶然が過ぎる。
「千石元太と千石千景。魔法情報なし。グリモア登録は二年前、フォロワー二桁、つぶやきはご飯美味しかったとか猫かわいいとか。毒にも薬にもならない情報と薬になる画像だけね」
そう言ってソニアは猫ちゃん画像を「かわいい」フォルダに保存していた。なんだそのかわいいフォルダ。かわいいのはお前だよ。
「一応念押しだけど管理者権限で情報抜いてるの利用者に公表しちゃダメだからね。ただでさえグリゴミだのクズモアだの言われてるのに、これ以上不正とか悪評広めたら営業評価マイナスよ。じゃ、お疲れ様。また明日。出社は八時よ。タイムカードだけ忘れないで」
「えっ」
ソニアは17:00になった瞬間にパソコンをシャットダウンし、鞄をもってタイムカードを切りさっさと帰っていった。他の社員も次々と伸びや欠伸をして席を立っていき、あっという間にフロアに俺一人になる。
そうだ、これ仕事だった。忘れてた。すっかりDV親父魔法使いと怯えた魔法少女との戦いに身を投じている気になっていた。アレもコレもただの仕事だ。定時になったら一度おしまい、また明日。
しかしまごまごしている内にものの数分で一人取り残されてしまった。みんな退社が早い。何? 俺も帰っていいのか? 新入社員はゴミ捨てしてから帰るとかそういう規則あったりする? 何も聞いてないぞ? 今朝もらった就業規則冊子に書いてあったっけ?
がらんとしたフロアにモップとハタキ、ゴミ箱カートを持って入ってきた清掃のおばさんがまごつく俺に話しかけてくる。
「残業ですか?」
「あ、いえ……えーと、これは俺も帰っていいんですか」
「さあ、私にはなんとも。お帰りなら私が戸締りしますし、残られるなら鍵だけお願いしたいんですが」
「あっじゃあ帰ります」
帰った。
お疲れまた明日!
翌日の出社後、始業前に社内廊下で臾衣とばったり会った。昨日は新人研修で社内に缶詰めだったそうだ。グリモアの仕事の基礎を教わり、コピー機の使い方とかフロアに誰もいない時に仕方なく電話を取るならこう対応しろとか、給湯室にある飲み物は好きに飲んでいいけどコップには名前を書いて自分で洗えとか、色々細かい部分まで教えてもらっていたという。
俺はそこまで詳しく教わってないぞ。ざっと社内に何があるか教わっただけだ。
「獅狼さんは昨日何を――――」
「九条獅狼! 外回りいくわよ、昨日の続き。さっさとして」
言葉を遮られた臾衣はソニアを睨んだが、ソニアはどこ吹く風。背中を押して急かしてくる。俺はまた今度、とだけ言い残して会社に来て早々会社を出るハメになった。
お二人さん、なんかギスギスしてない? 確かに色々あったけどそんなに引きずらなくても。
「仲良くしてくれよ」
「向こうが喧嘩腰なだけよ。昨日聞き忘れたんだけど、あなたパラケルスス製品使ってる?」
「とりあえず一番高いの買った」
「それがいいわ。魔法戦闘あるなら必須だから」
ソニアは神妙に頷いた。パラケルススの服やアクセサリは魔法防御力を与えてくれる。万能ではないが、強い魔法を受けても軽減はしてくれる。とりあえず装備しておいて損はない。
俺が買ったのは指輪タイプで、元々は波野家連続殺人犯対策のために金に糸目をつけず注文したのだが、他の魔法使い相手にだって役に立つ。
昨日の調査で襲撃親子、千石家の住所は分かっている。逆に襲撃をかけてよし、罠をしかけてよし、家を嗅ぎまわり更に情報を集めてみるのも手だ。
タクシーで現場に向かうと、千石家は古いアパートだった。壁の塗装は剥げていて、手すりは錆び、駐車場のコンクリートにヒビが走っている。家賃安そう。貧乏なのだろうか。
まあ金があったら魔力収奪なんてしなくても魔力買えばいいんだから、彼らの金銭事情ぐらい想像できたか。
千石家の部屋に表札はかかっていない。インターフォンを押そうとすると、ソニアが手で制してピッキングツールを取り出した。
は、犯罪……!
「事務の太田さんに借りたわ。あの人ピッキング魔法使えるから」
そう言ってピッキングツールをドアに近づけると、独りでに変形して鍵の形に変化する。
その鍵を差し込めば、ドアは簡単に開いてしまった。すげーな太田さん。絶対前職泥棒だろ。聞かなくても分かる。
色々な魔法を貸し合ったり助け合ったりできるのは企業の利点だな。
部屋に入ってさっそく家探しをする。不法侵入に家探し。落ちるとこまで落ちてしまった。
だがあっちだって俺を痛めつけて魔力を強奪しようとしたんだしお相子と思っておこう。
弱みを握ってプライベートを暴いて弱点を見つけて。あとはグリモアへの服従を迫ってもいいしボコしてもいい。ヤクザな商売だ。
手袋を嵌めたソニアは手際よくレターケースを漁って言う。
「解雇理由証明書の写しがあったわ。千石元太は元パラケルスス社員。魔貨横領でクビになったみたい」
俺も負けじと冷蔵庫を漁って報告した。
「ラップした筑前煮がある。たぶん昨日の晩御飯の残りだな。うまそう」
「免許証……小谷正平? 誰? なにこれ? たくさんあるわ。佐口幹也、溝江翔、鈴木勇樹……全部三十代から四十代の男性。これとこれは失効してるわね。千石元太の免許証もある。持ち歩いてない? どういう事?」
「トイレに消臭剤置いてない。掃除もあんましてないな。ちょっと匂う」
「んー、タンスの服が男物ばっかり。千景ちゃんの服は……ない? いえ、あるけど奥の方に押し込まれてる。あ、救急セット。変ね。あれだけ高性能の治癒魔法があるなら要らないはず……自分は治せないタイプ?」
「パソコン、電源ついたけどパスワードが分からん」
ソニアが次々と手際よく情報を掘り当てていくのに俺はスカばかりだった。探し方が悪いのか? しょーがねーだろ、家探しなんて上手い方が変だ。
パソコンの電源を落とし、窓から何か手がかりを得られないかと調べていると、アパートの階段を疲れた様子でノロノロ登ってくる千景ちゃんが見えた。
血の気が引き心臓が跳ねる。
やばい。帰ってきた!




