20 ソニアの魔法
都会のコンクリートに足跡は残らず、道は複雑に入り組んでいる。一度見失えば再発見は難しい。襲撃者親子の追跡は早々に断念した。逃げ足が速い。
一度会社に戻るために来た道を戻りながら、考え込んでいたソニアが遠慮がちに聞いてきた。
「ねえ」
「ん?」
「十……八万までなら出すわ。あなたの魔法を教えて」
「いらん、いらん。教える」
むしろお互いの魔法の詳細を知らないまま外回りが始まってこれでいいのかなと疑問に思っていたぐらいだ。さっきみたいな襲撃があるなら魔法は教え合っておいた方が絶対いい。
俺が言うと、ソニアは驚いたようだった。
「タダで? 何考えてるの?」
「何って同僚だし。コンビで動くんだからさ」
「社員に尋ねられた時に魔法を教えなければならないなんて社則は無いわ。魔法を知られて弱点突かれるかもって思わないの?」
「弱点突いてハメるつもりなのか?」
「獅狼さんが敵になればね」
「じゃ、大丈夫だ」
たぶん、という言葉は付け足さないでおいた。
なんやかんやでソニアは悪い奴じゃない。守銭奴で子供にも容赦しないが、約束は守るし、不必要に人を痛めつけはしない。あとかわいい。
ソニアはじーっと俺の顔を見上げた後、少しだけ笑った。今まで見てきた可愛らしい花咲くような笑顔とは違う、ちょっとあくどい笑みだった。やっと彼女の心の壁の向こう側が垣間見えた気がする。このクソ分厚い心の壁を建造した九条は許されざるよ。
「まさかあなたの顔以外を良いと思う日が来るなんてね。いいでしょう、私から話すわ」
ソニアはスマホを出し、マーリンネットのセキュリティシステムを「高」設定に変更してから話し出した。
「私の魔法は炎魔法。魔力が続く限り炎を出せるんだけど、威力と規模が財産に依存するの」
「財産? マジックアイテムとか?」
「いいえ、財産は財産よ。家、家具、預金、服、財布の中身に自分自身まで。正確には『私が大切に思っている私のもの』ね。火力を上げるほど私の財産も犠牲になる。見て、さっきの魔法の代償はこれぐらい」
そう言ってソニアが見せてきた通帳には焦げ跡がついていた。
どういう原理なのかは分からないが、預けていた金が燃えて減ったらしい。
なるほど、金に貪欲な理由が分かった。こんな魔法だったら金にがめつくもなる。
「なんでこんな魔法にしたんだ? こんな嫌な代償つけなくても良かっただろ」
「代償つけたんじゃなくて、ついたの。曲解が下手だったから。火事の経験から『大切なものをなくした』部分を上手く切り離せなかったのよ」
「それは……すまん。無神経だった」
「そんなに気を使わなくていいわ。不便だけど、やろうと思えばすごい火力も出せるわけだし。やらないけど。とにかく私の魔法はこんな感じね。獅狼さんの魔法は?」
俺は問われるがままに話した。一応、魔法習得のキッカケは田間多摩医院の火事で死にかけたからという事にしておいた。九条との肉体交換は伏せておく。
話を聞いたソニアは疑わしげに眉をひそめた。
「それ本当? 本当にそれだけ?」
「なんだよ。嘘なんてついてないぜ」
言ってない事はあるが。
俺が内心ドキドキしながら堂々と言うと、ソニアはじろじろ俺を見ながら語った。
「曲解が上手すぎるわ。あなたと同じような蘇生系の魔法は知ってるけど、『病院内で死後五分以内の死体にAEDを使う事で蘇生させる』とか『異性に首を絞められて死んでも必ず息を吹き返す』とか、そんなのよ。魔法には人生経験が色濃く表れるから」
「表れてるだろ。表れまくってる」
俺の再誕魔法は人生再演だ。波野司という人間が生まれてからの人生経験を追体験し、もう一度生まれ生きてやり直す。九条に肉体交換された経験まで再演してしまうので波野司の体に戻れたりはしないが、そんな部分も含めて全て俺の人生。人生をこれほどよく表している魔法もないんじゃなかろうか。
しかしソニアは首を横に振った。
「人生再演なんでしょ。獅狼さんは二十二歳だったかしら? それぐらい生きてきたんだから、人生再演魔法は二十二年間かからないとおかしい。でも死んでから復活まで二、三秒で済んでる。獅狼さんは当たり前だけどお母様から生まれたでしょう? なのに何もない場所から生まれる事ができている。
人生経験を丸ごと魔法にしているのに、都合よく歪めて抜き出してつなぎ合わせて、代償も制限もない便利な魔法に仕上げてる。こんな曲解ができるならみんなやってるわ。ねえ、本当は何かリスクとか条件があるんじゃないの? 無制限で生き返れるなんてズルよ」
「そんなん言われてもなぁ」
俺の人生再演魔法には制限も条件も何もない。そういう魔法を作れてしまったんだからしょーがないだろ。
「じゃあ今魔法を使ってみせて。それなら信じるわ」
「は? 今死ねっつったか!?」
「生き返れるんでしょう?」
なーに不思議そうな顔してんだお前。嫌です。
後で洗えばいいんだから便器の水に顔突っ込めって言ってるようなもんだぞ。やるわけねーだろ!
俺が全力拒否するとソニアは俺が習得しているのは本当に蘇生魔法なのかという事自体を疑ってきたが、最後には「そういう事にしておくわ」と引き下がった。信じてねぇな。
「一応言っておくけど、魔法はあまり言いふらさない方がいいわよ。魔法を使って稼いでるから宣伝したいとか、言いふらした方が強いタイプの魔法だとか、そういうのでもなければね。敵に弱点突かれて嬲られたくはないでしょう」
「蘇生魔法なんて分かってても対策できなくないか。炎なら水用意しとけばいいし、雷なら絶縁体使うとかあるだろうけど」
「殺せないなら封印すればいいでしょう。終末の獣みたいに」
「あー」
それはそうだ。俺は核爆弾で消し飛ばされても、大型トラックに轢き潰されてもぐちゃぐちゃにされても生き返る。が、牢屋に放り込まれたら終わりだ。気を付けよう。
会社に戻ると、メシアも戻ってきていた。トンネル崩落事故の華麗な活躍について快活に取材陣に答えている。
はえーよ。俺達が厄介ごとにぶち当たって一時撤退する間に一仕事終えてやがる。もう全部メシアに任せればいいんじゃないか。
デスクに向かうと隣をすれ違う時にメシアが声をかけてきた。
「おや! 君は田間多摩医院の! 久しぶりだね、元気だったかい?」
「どうも。その節はお世話にな」
「ここにいるという事は魔法使いになったんだね? はっ! まさか僕を追いかけてグリモアに!?」
「いや別にそうい」
「ハッハッハ! 熱心なファンは歓迎だ! そうだ、サインをあげよう! 友人に自慢するといい! では取材の続きがあるので失礼!」
メシアは白マントの裏地に仕込んだ色紙にササッとサインして俺に押し付け、ウィンクしてきた。
相変わらず人の話を聞かない嵐みたいな人だ。
田間多摩医院の火災から助けてくれたメシアには感謝している。が、そもそもグリモアへの襲撃を企んでいた非人道的魔法結社田間多摩医院に機先を制して襲撃をかけたのはメシアだ。メシアの襲撃が無ければ脱出できたか微妙なところで、メシアの襲撃があったから死にかけて、メシアのおかげで助かった。こんがらがってよく分からない。
まあ、なんにせよサインはいらない。死蔵するのも忍びないのでソニアに渡そうとすると、ソニアは自分のデスクに飾ってあるサインを親指で指す。もう持ってた。というかこのフロアのデスク全部にサインが飾ってある。OKそういう感じね、了解。
俺はサインをデスクに飾り、ソニアのデスクに椅子を持って行って、グリモアSNS管理者権限の使い方を教えてもらう。
何をするにもまずは情報、情報、情報だ。あの親子の名前は? 魔法の詳細は? 住居は? 目的は? 経歴は? 片っ端から暴いてやる。
情報系魔法大企業、グリモアをナメんなよ。襲撃者の情報ぐらいあっという間に丸裸だ。




