02 悪い奴による親切な事情説明
矢倍さんの言葉に会議室はざわめいた。困惑して隣の人とひそひそ囁きかわしたり、半笑いになっていたり、つまらなそうに大欠伸をしたり。
俺はというと周りの様子を伺ってから愛想笑いで誤魔化した。
魔法を習得してもらう、なんて現実とアニメの区別がつかなくなった可哀そうな戯言を大人が真面目に言うわけがない。つまりクソつまらんスベりまくりの冗談か聞き間違いか何かだ。
リラックスさせるためなのかなんなのか知らないが、小粋なジョークはいいから早くこのミーティングを終わらせてトイレの場所を教えて欲しい。
誰一人としてまともに受け取っていない治験者一同を薄ら笑いのまま見渡した矢倍さんはこれみよがしに溜息をついた。
「信じていないようですねぇ。もう一度言いましょうか? これは、治験では、ありません。いいですか、皆さんは治験の名目で集められただけなんですよ。これから魔法を習得し、ガンプを追い落とす尖兵になるのです」
改めて言われても分からないし信じられない。俺やほとんどの治験者が呆気に取られ言葉を失う中、一人の強面のおじさんが苛立ちも隠さずパイプ椅子を蹴とばす勢いで立ち上がった。
「下らん! 俺は帰らせてもらう。詐欺罪で訴えられる覚悟をしておく事だな!」
「クククッ……状況が分かっていない馬鹿がいますねぇ。席に戻るか死ぬか、」
「どけヒョロガリ! すっこんでろ!」
強面おじさんは立ち塞がった矢倍さんを押しのけ会議室の出口に向かう。
その背中に矢倍さんの手から放たれた紫電が襲い掛かり、一瞬電撃に全身を痙攣させたおじさんは煙を上げ倒れた。
肉が焼ける生々しい匂いと共に彼の倒れる音が会議室に重々しく響き渡り、一拍おいて悲鳴が上がった。
あああああああああああ犯罪者ぁああああああああああああああ!
人殺し! ふっざけんなよ! ああああやばいやばいやばいやばいやばいやばい!
これはやばい! やばすぎる! やばい!
卒倒したり震えあがったり倒れたおじさんに駆け寄ったり大騒ぎになる中、俺は本能的に逃げようとした。当たり前だ。やばい。頭のおかしいやばい奴がやばい事やってる。こんなの通り魔だ。いや、計画的に人を集めたわけだし通り魔より悪質だ。こんな部屋にいられるか! 俺はお家に帰るぞ!
「待って下さい。今は動かない方が」
「め゛!?」
目立たないようにそーっと、しかし素早く逃げようと腰を浮かした直後に耳元で囁かれ、心臓が口から飛び出して破裂したと思ったが気のせいだった。
俺の腕を掴んで引き留めたのはバスで席が隣だった美少女だ。
腰まで届く長い黒髪に、澄んだ黒目。育ちの良さが滲み出た大和撫子然とした顔に不安をいっぱいに浮かべた彼女は小さな手で俺の右腕を引っ張っている。身長差から下から上目遣いに見上げられていて、ふわふわしたオシャレなワンピースの胸元が覗けてしまった。
てめぇ美少女が馬鹿野郎! 急に触るな近づくなーッ! 見れば分かるだろ! 俺の心臓は可愛い女の子のボディタッチに耐えられないんだよ! 触る前に一声かけろ! 触るなって言うから!
「へ、へへへっ、ににににににに逃げっ一人で逃げようなんてそんなまさか、へへへっ」
堂々とした弁明に美少女は人差し指を俺の口元に当て、シーッと息を漏らし静かにするようジェスチャーをして答えた。
だから触るなって言っただろうがーッ! いや言ってなかった!
なんで唇に触った? 間接キスになっちゃうだろ! ならないか? ならないな!
今まで見たことすらないレベルの清楚系美少女に腕を掴まれ、緊張でガチガチに体が固まる。静かにしろなんて言われるまでもなく口はまともに動かないし体も動かない。
そうして俺が拘束されている内に、パニックになって逃げようとした数人の治験者達が次々と矢倍の電撃に貫かれ、最初に犠牲になったおじさんと同じように倒れ伏した。
肝が冷える。逃げていたら俺も彼らと同じように……
恐れおののいて矢倍を見ていると、電撃を発射した手にねじれた針金を握っていた。
なんで????? スタンガンとかテーザーガンとかじゃなくて? 針金から電撃出したように見えたぞ?
「はい。みなさんが静かになるまでに四人死にました」
悪落ち先生みたいな台詞を吐いたサイコパス矢倍は恐怖に固まる俺達を見てニマニマしながら頷いた。
もう事態の急変についていけない。治験じゃないし、人は死ぬし、美少女はさっきから俺の腕を掴んで体寄せてきてるし。頭がどうにかなりそうだ。
「では説明を続けましょうか。えー、魔法を習得してもらうと言いましたが、細かい指導はその場でします。皆さんはとりあえず我々の指示に従っていればよろしい。なあに心配いりません、私も去年同じような感じでバッチリ魔法を身に着けました。ニートだった私が今では立派な会社員ですよ」
「あ、会社員なんだ」
ヤバい宗教にハマってるヤバい奴か悪の秘密結社メンバーか何かだと思ってた。
思わず呟くと矢倍は俺に目を向けて頷いた。ドキッとするが電撃は飛んでこない。セーフ。
「もちろん会社員です。表向きは製薬会社の社員ですからご近所の評判もいい。合コンの自己紹介にも困りませんでしたよ。で、みなさんもね、ここでしっかり魔法を習得していただいて。魔法を覚えればもうウチの社員です。逆らったら殺しますのでそこだけ気を付けてもらえれば。はい。何か質問は?」
矢倍が言うと、犠牲者達は怯えて縮こまり目を伏せたり逸らしたりした。
仕方ないのでそっと挙手する。質問するのは怖いが、質問しないのも怖い。
「はい、そこの大学生ぐらいの男の方どうぞ」
「あの、先程おっしゃっていた、えーと、ガンプ? というのは?」
「クククッ、そんな事も分からないとはお馬鹿さんですねぇ! 私もよく分からないので後で上司に詳しく聞いておきます。すみませんね私も業界に入って日が浅いもので。とりあえずガンプが我々の敵組織とだけ覚えておけばいいかと。ククククク……」
矢倍は手元の資料を捲りながら答えた。ちょっと新入社員感出すのやめろ。躊躇なく四人殺したクソ野郎なのに嫌いにくくなるだろ。
「他に質問は? ない? では魔法習得のための訓練は明日から始めるので、今日のところはこちらで用意した部屋に行って下さい。部屋は全て二人用なので適当に二人組を作ってもらって……いや面倒ですね、こっちで指定します。夕食は18時、トイレと食堂の場所は部屋の案内図を見て下さい。不必要な外出は発見次第殺します。大丈夫です、逆らわなければ殺しません。えーでは二人組をね、作っていきましょうか。そこの年配の女性とその隣の青いジャージの男性。そこのスーツの男性とその隣の眼鏡の男性――――」
矢倍は本当に適当に二人組を決めていった。会議室の端の方から隣に座っていた人を組ませていく。
途中からなんとなく良い予感と嫌な予感が入り混じった予知能力が発動する。
隣同士で組まされる。俺は未だに美少女に腕をそっと取られている。
「――――最後の組はさっき質問されたあなたとその隣の女性のあなたです。では部屋に案内しますのでついてきてください」
案の定俺は隣の美少女と同室になった。
美少女は俺を見上げ可愛らしく首を傾げて微笑んだ。可愛さで人が殺せるなら俺は三回は死んだだろう。
「神々廻臾衣です。よろしくお願いしますね」
「あっあっあっ、なみっ、波野司ですぅ……」
逆らわなければ殺さないって言ったじゃん。なんで男女同室なんだよ。
本当にありがとう緊張で死ぬ。