18 グリモアのお仕事
会社の募集要項や面接で聞いた仕事内容が内実と全然違うのはよくある。
俺はGAMP四社の本当か分からない耳触りの良い勧誘文句より、知り合いの言葉を信用する事にした。結局ソニアも自分のために耳触りの良い事を言っていたのだが、グリモアにはあのメシアもいるし、四社中一番情報が手に入りやすく、ザ・デイだけでなく波野家連続殺人についても何か分かる期待が持てる。
グリモア日本支部に秋期採用枠で入社した俺は、同期の五人と共に会議室で談笑していた。俺がグリモアに入ると言った途端に神速でゴリ押し面接をして内定を勝ち取った臾衣もいる。グリモアに入るためにわざわざ猫変身魔法を覚えたらしい。猫耳と猫尻尾つけて猫ちゃん仮装をした経験でもあったのかなと妄想するだけで幸せな気持ちになれる。妄想の中ですら臾衣はかわいい。
みんな臾衣が何か言うたびにデレデレして、何も言わずにニコニコしていてもデレデレしている。美人は得だ。
俺達には表向きには有名SNS運営企業の一部署所属という肩書が与えられ、一般人にはもちろん何も知らない一般社員にも業務内容を濁す事になっている。
この部署、一般社員には何やってるのか分からない不思議部署だと思われてるんだろうなあ。それか無能天下り社員の掃きだめ。
志望動機とか前職何やってたのとか、ジャブ代わりに色々話して打ち解け始めた頃、先輩社員が入室してきた。話をやめて背筋を伸ばした俺達の中から俺だけに手招きし、声をかけてくる。
「九条くん、ちょっと。君は別室で」
「え」
聞いてない。入社当日にもう呼び出し? 俺なんかやっちゃいました?
「社内説明はこの部屋だって聞いたんですが」
「や、君は幹部待遇採用だから。ここは一般採用」
気まずい思いで振り返れば、なんだエリート様かよ、自慢かよ、という白けた目線が突き刺さる。せっかく近づいた心の距離が一瞬で離れた。臾衣が立ち上がった俺に不安そうに手を伸ばしたため鋭い嫉妬の目線もぶっ刺さる。
空気悪ッ! やべーよもう同期関係悪化した。やっぱり社員みんなでキャッキャしてたマーリンネットに入った方が良かったかな。まさかこんなに早く後悔が襲ってくるとは。
全然着慣れないのに着こなしを褒められたスーツの首元を落ち着かない気分で弄りながら別室に移動すると、白く無機質なテーブルと椅子が並ぶ小会議室を一人で華やかにする金髪碧眼の妖精がちょこんと座って待っていた。
可憐な笑顔で小さく手を振ってくる少女はもちろん姫宮ソニア(16)だ。
「知っているだろうが紹介しよう、九条くん。彼女はウチで外回りをしている姫宮ソニアくんだ」
「よろしく。今日から私が上司ね」
「一週間の研修の後は彼女を補佐につけて君主体で動いてもらう事になる」
「一週間後はあなたが上司ね」
差し出された手を握り返し握手する。この小さな手で俺をいいように転がして魔力や金をむしり取っていると思うと美少女を前にした胸の高鳴りも鳴りやもうというものだ。
「座ってくれ、どの席でもいいから。よし。えー、ではまずは入社おめでとう。グリモアはその成立を紀元前のアレキサンドリア図書館にまで遡るが、株式を発行し方針転換して勢力を拡大しはじめたのはこの二十年内のことで――――」
先輩は手元のカンペを見ながら長々と会社紹介をしてくれた。
姿勢を正して真面目に聞こうとは思うがどうにも校長先生の訓示めいた退屈さが拭えない。好きなゲームの説明なら一発で全部頭に入るのに会社説明になると聞いたそばから忘れていくのはなぜなのか。
ゲームキャラのスペックと同じぐらい簡単に会社の話も覚えられたら楽なのにな。
「――――だから、君にはいついかなる時でもグリモアの社員としての自覚をもって行動してもらいたい。えー、さて」
空調の効いた会議室は心地よく、眠気に必死に抵抗しながら話を聞いているとやっと先輩の話が終わった。
「とりあえず今日は姫宮くんについて回ってもらいたい。グリモアがどんなところで、何をやっているのかなんとなく体感してもらえれば十分だ。まあ気楽な会社見学と思ってくれればいい」
「わかりました」
「うん。君は人文学部心理学科卒だから、」
「え?」
「ん?」
「あっいえなんでも」
一瞬訂正しかけたが、そういえば九条は俺と違って人文学部だった。卒業論文外注の痕跡がパソコンに残っていたし大卒と認めたくないが表向きはそうなっている。
「? えー、君は心理学専攻だし、人付き合いが得意だそうじゃないか。その特技を生かして魔法使いの勧誘を任せたい。他社からの引き抜き、野良魔法使いの取り込み。有望な一般人に有用な魔法を覚えさせて確保する……要は外回りだね。九条くんと姫宮くんが組めば相手が男女どちらでも楽に進むだろうと見込んでいる」
先輩はそう言って俺とソニアの顔を交互に見た。
まあね。顔面偏差値でいえば東大卒超一流企業就職出世ルート爆進新卒年収二千万円だからね。これで営業を任せないなんてあり得ないですぞ。
でも申し訳ないけどソニアはとにかく俺の方は中身がちょっとね。コミュ力を期待されると、その、困るといいますか。
一通りの説明を終えた先輩は後をソニアに任せて去っていった。
二人きりで取り残されなんとなく気まずい思いでもじもじしていると、ソニアが手を叩いて立ち上がった。
「さて! 来て、まずは社内を案内するわ」
「おお。よろしく先輩」
ソニアの後ろについて社内を歩く。
グリモアの社員は大抵パソコンに向かって仕事をしていて、説明によれば大きくSNS運営、取材班、外回りの三つに分かれて動いているらしい。ソニアは外回り組の中でも下っ端で、入社してから大した成績も上げていないという。
「意外だな。お前もっとバリバリやってるイメージだった。やっぱ未成年だとナメられたりするのか」
「それもあるけど、嫌な上司がいてね。上手く片づけるのに忙しくて」
「そうだったんですか姫宮さん」
思わず敬語で畏まってしまった。この娘こわい。こわいよ。
薔薇園で小鳥さんと戯れるのが趣味ですみたいな人畜無害な顔しておいて薔薇のトゲで気に入らない奴の頸動脈搔っ切ってるもん。臾衣を見習ってくれ。
外回り組のフロアで俺のデスクに案内されると、フロアの一角で派手な金髪男が取材を受けているのが目に入った。めちゃくちゃ大声で話していていやでも目に付く。
白マントにベルトだらけの黒スーツ。ヒーロー然とした威風堂々たる佇まいに思わずついていきたくなる。
メシアだ。
メシアは明朗快活な良い声で取材に答えていたが、そこに若い社員が走ってきて大慌ての報告をした。
「メシアさん、長野県で、長野県でトンネル崩落事故が! 生き埋めです! 少なくとも観光バス一台と乗用車三台が生き埋めに!」
「何っ! それは大変だ!」
メシアが叫ぶと、取材班も心得た様子でマイクを下げた。
「すまないね君達、そういう訳だから失礼するよ。お礼といってはなんだが、事件解決の後の独占インタビューを約束しようじゃないか!」
メシアは取材班のカメラの前でキラリと白い歯を輝かせポーズを決め、しっかり撮れたかカメラマンに確認してから颯爽と飛び出していった。
前会った時と全っ然変わってねーな。
俺の呆れ顔にソニアは苦笑した。
「メシアはいつもあんな感じだから気にしなくていいわ。会ったら挨拶しておだてておけば機嫌いいから。機嫌悪いところなんて見たことないけど」
メシアはめちゃくちゃフットワークが軽く、国境を越えてやりたい放題やっているらしい。日本支部にもよく来て、来たと思ったらもう飛び去っているのが定番。
飛行移動を目撃されないために迷彩魔法の使い手が各国支部に常駐しているとか。
歴史上四人しかいないダブル魔法の使い手は格が違うな。飛行、爆破、治癒で三つ魔法を使っている気がするがどういうカラクリなんだろう。
社内案内のあと、ソニアは俺を外に連れ出した。
ソニアは良い魔法になりそうな人生経験を持つ奴をSNSで探し、住所や本名を特定し、訪問して魔法使いにして入社させるスタイルでやっているという。
魔法さえ覚えさせてしまえば自動的に魔女狩り魔法の首輪がかかる。そこに付け込んで、相手が男なら色仕掛けも使って引っ張り込むのだとかなんとか。
タチ悪い。俺もやられたからよく分かる。
夕暮れの街中を歩きながら、ソニアは仕事をする上での注意点を教えてくれる。
「同業他社の横やりは日常茶飯事だから、そこは気を付けて。命がけの小競り合いになる事もあるわ」
「命かかったらもう小競り合いじゃねーだろ……」
俺は実質命がけにはならないけども。
田間多摩医院襲撃を思えば魔法使いの小競り合いの激しさが想像できる。恐ろしい。
「来年春に世界滅びるんだろ。小競り合いしてる場合じゃなくないか」
「逆よ。今のうちに小競り合いを済ませておかないと」
「ああ、まあ一理ある……と」
地図を片手に訪問相手が住んでいるマンション目指して人気のない狭い路地裏を歩いていると、前方から子供連れのおじさんがやってきた。
横によけようとすると、おじさんも横に動いてお見合いしてしまう。それを何度か繰り返して鼻先ぐらいの距離で俺達は立ち止った。
なんか恥ずかしい。たまにこういうのあるんだよな。あーやだやだ。
「すみません」
愛想笑いしてすれ違おうとする。
が、おじさんは俺の腕を掴んできた。
驚く俺におじさんは虚ろな目で言った。
「君達の魔力を頂こうか。抵抗すれば痛い目にあってもらう」




