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17 引く手あまた

 終末の獣見学のツアーの後。俺はツアー受付の人に魔貨を握らせて無理を聞いてもらい、休憩室を借りてソファに臾衣を寝かせた。


「あの、本当に大丈夫ですから」

「ここまで信じられない『大丈夫です』は初めて聞いた」


 血の気の失せた青い顔で起き上がろうとする臾衣をおさえて寝かせる。

 震える臾衣の手を少し躊躇って指先で握ると、臾衣はほぅと息を吐いて一気に体の力を抜いた。まるで俺の指が全ての危険を遠ざける盾か御守りであるかのように強く握りしめ、安心して目を閉じる。この絶大な信頼はなんなんだ。


 臾衣は控え目で大人しい虫も殺せないような女の子だが、ここまで怖がったのは見た事がない。あの病院で矢倍に襲われた時も、病院が爆散倒壊する大火災の中でも、こうまで取り乱しはしなかった。

 彼女にとって終末の獣はアレより恐ろしかったという事か?


 確かに世界が滅びるのはスケールが違う。病院一つがぶっ飛んだり、人が数十人死ぬのとはワケが違う。世界がぶっ飛んで、77億人が死ぬ。

 しかしそれをやると言われているヤツはめちゃくちゃに封印されていて、身動き一つできないようだった。あのザマの終末の獣を見て恐怖で引きつけを起こすのは流石に神経過敏だ。


「なあ、臾衣は終末の……いやなんでもない」


 少し探りを入れようとした途端に臾衣がびくりと震えたのが握った手を通して伝わってくる。

 彼女は一体何を知っているんだ? 何がそこまで恐怖を煽っているんだ?

 でも聞けない。無理やり事情を聞き出そうとしたらショック死するんじゃなかろうか。


「分かった、これだけ聞かせてくれ。臾衣は終末の獣が本当に世界を滅ぼすと思うか?」

「大丈夫です。司さんがいますから」


 臾衣は疲れ切った弱々しい表情で、しかし全幅の信頼を込めて言った。

 うーん。一番信じられない『大丈夫です』ランキングがまた更新されてしまった。

 世界を滅ぼすほどの脅威に俺はなんもできないぞ。再誕魔法があるから俺だけは助かるかも知れないけども。


 しかしまあ臾衣の反応や口ぶりからして、胡散臭い都市伝説の類だと思っていた終末の獣の脅威が現実味を帯びてきた。グリモアで世界が滅びるぞ、すぐ滅びるぞ、さあ滅びるぞ、と魔法使い達が騒いでいる文字列を画面越しに他人事のように眺めているのとは全然違う。

 ああ、これは本当に滅びるんだろうな、という漠然とした確信が脳に染み込む。


 来年の春、世界は滅びる。

 もういい加減にして欲しい。

 波野司を狙う謎の連続殺人鬼だけでも十分ヤバいのに、世界滅亡までねじ込まないで欲しい。余裕でキャパオーバーだ。


 だが現実は現実として受け入れなければならない。

 三年前はなんかよく分からんけどなんとかなったらしい。次もなんとかなるかもしれないし、ならないのかも知れない。大丈夫だろとタカをくくって世界の終わりに備えずみんな死ぬより、ガッチガチに備えて杞憂に終わる方がいい。

 しかし終末の獣の再覚醒、終末の日、ザ・デイを前にして俺に何ができるだろう?


 タクシーを呼んで臾衣を家まで送った後、俺はソニアに電話した。奴は俺より魔法社会歴が長い。ソニアはザ・デイをどう受け止め、何をしているのだろう。


『私はグリモアに入ってるわ』


 相談料を寄こせ、とがめつく搾り取りに来たソニアに三万円を約束すると、ペラペラ話し出した。これぐらいビジネスライクに来られると逆に信用できる。


『GAMPは共同で終末の獣を封印しているけど、四社のどこが主導でザ・デイに対処するかでモメてるの。よく小競り合いしてるし、中小企業を取り込んだり叩き潰したりもしてるわね。で、その中でも一番勢いがあるのがグリモア。勝ち馬に乗るのが安心安全ってわけ』

『なるほど』


 俺や臾衣、翼がどうしようもできなかった田間多摩医院は、GAMPの襲撃で容易く壊滅した。GAMPの戦力は本物だ。そのGAMPがザ・デイに備えているというのならそれに全力乗っかるのが安牌だろう。言われてみれば納得だ。


『グリモア以外はそんなにマズいのか』

『うーん。マズいというか、他と比べたらグリモアかなってところね。グリモアはグリモアSNSの利用者を取り込みやすいし、余程の問題が無い限り誰でも採用するからとにかく入りやすくて人数が多いの。何よりもメシア・ウィザースプーンがいる。メシアがいればだいたいなんとかなるでしょう。救世主(メシア)なんてキラキラネームに名前負けしないぐらいの実績あるし。一昨日も急に中東の紛争が終わったでしょう』

『ああ、それはグリモアで見た。メシアがやったんだろ』


 知れば知るほどメシアはとんでもない。表で語られる数々の明るいニュースの裏側をグリモアで知るたびに「またメシア」かと感心する。めちゃくちゃ自己顕示欲が強い以外は完璧超人だ。


『Abezonは配達しかしないし、マーリンネットは採用条件が厳しいし、パラケルススに入ると軍隊式の訓練させられて矢面に立たされるみたいだし。私はグリモアに入ってるし、獅狼さんも入るならグリモアをすすめるわ』

『なるほど。ありがとう、参考になった』

『待って。グリモアに入るなら私が推薦した事にしてちょうだい』

『なぜ?』

『有能な新人を紹介すれば私の立場が上がるでしょ』

「あー。分かった分かった。じゃあな」


 相変わらずソニアはとことん打算的だ。

 ソニアはグリモアを勧めていたし、俺の心もそっちに傾いたのだが、とりあえず四社の採用担当に連絡をとってみる事にした。グリモア派閥のソニアの言葉を鵜呑みにしてグリモアを選ぶのは流石に迂闊だろう。四社とも採用はいつでも受け付けている。

 ちなみにGAMP以外の会社への所属は論外だ。ベンチャー企業田間多摩医院が何をしでかしたのかは忘れられない。


 手始めにグリモアの日本支部ビルを訪ね、履歴書を提出して魔力計測を受けると、担当者が目を丸くして驚きコロッと態度を変えてすり寄ってきた。


「こ、この魔力量は……!? す、素晴らしい。九条様。九条様は弊社に興味ございませんか? なんですって? 姫宮ソニアの紹介で? 姫宮ソニア、姫宮……? 失礼、しばしお待ちを…………………ああ、確かに姫宮ソニアは弊社の社員ですね。はい、もちろん採用です! 待遇は、え? 少し待って欲しい? では推薦状を作るのでお待ちください、いつでも歓迎しますので」


 ぺこぺこ頭を下げるグリモアの担当者に押し付けられた推薦状とお土産のお菓子を持って次はAbezonの方に顔を出す。想像の三倍ぐらいの勢いで勧誘されてくらくらする。すごい攻勢だった。


「すみません。ウチは移動系の魔法使いしか仕事を任せないので、魔力供給係兼事務員としての採用になります。しかし給料と安全は他の会社よりも好条件を約束しますよ。他の会社の条件を教えて下されば考慮しますし。是非ご一考を」


 Abezonはグリモアほどぐいぐい来なかったが、代わりに冷静に最高の高待遇を約束してきた。むむむ、魔力タンクになるだけで安全にザ・デイを越えられるならそれが一番いいんだよな。

 心惹かれながらAbezonの推薦状と100000円分のAbezon買い物カードをポケットに入れ、次はマーリンネットに行く。


「な、何ィー!? なんて魔力量だァ! 顔よし魔力よし金よしィ! そんでもって若くて謙虚ォ! 最高か君はァ! 九条、君がウチに来れば大出世間違いなしだァ! マーリンネットに来ないかァ!?」


 暑苦しい採用担当に詰め寄られて辟易したが、彼の背後で社員がココアやコーラを飲みながらフィギュアやキャラものステッカーだらけの机で仕事をしていたのが見えたのが好印象だった。全部知ってるキャラだ。最近の覇権アニメも昔の渋いマイナー漫画も押さえたチョイス……職場の雰囲気は最高に馴染みやすそうだ。

 マーリンネットが出資しているというアニメの限定クリアファイルと推薦状を貰い、次はパラケルススに向かう。


「ほう! 再誕魔法! いい魔法ですねぇ! 魔力量も文句なしですねぇ! 是非我が社で一緒に働いて貰いたいですねぇ! どうですかねぇ!?」


 パラケルススの採用担当官は魔法を教えると嘘発見魔法で確認を取り、熱心に勧誘をかけてきた。立ち入り禁止エリア以外に限って社内見学もさせてくれ、魔法装備に身を包んだ社員たちの魔法飛び交う模擬戦闘は圧巻だった。

 実際、ザ・デイが来た時に一番頼りになるのはここなのではないだろうか? 高練度の戦力と高品質の魔法装備がそろっているのは正直めちゃくちゃ心強い。


 結局俺は四社から推薦状を貰い、フラフラと自宅に戻った。

 推薦状とお土産をテーブルに並べ、悩む。

 どの会社にもそれぞれ違った魅力がある。

 どこに入ろう?


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― 新着の感想 ―
[良い点] ファンタジーから現実に一気に叩き落されたよママン…… [気になる点] 魔力って物理的に保存出来るのか?いやそもそも魔貨ってどうやって作ってるんや?それも魔法で? [一言] 随分と贅沢な悩み…
[気になる点] 魔力・魔法は体じゃなく魂に付属してる感じなのか
[一言] パラケルススの担当官、喋り方が似てますねぇ!クックック
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