16 終末の獣
ある初秋の日の昼下がり、俺と臾衣は世界を滅ぼすといわれている終末の獣を観光しに霞が関を訪れていた。
日本の行政中心地には今日もスーツをバッチリ決めた頭良さそうな人達がせかせか歩いていて、少しでも残暑を避けようと立ち並ぶ高層ビルの影で信号待ちしている人も腕時計やスマホをチラチラ見ていて余裕がなさそうだ。
彼らのうちの一体何人が、この地下に世界を滅ぼす脅威が封印されていると知っているのだろう?
終末の獣というのは、世界を滅ぼす神の最初の使徒だ。7000年前に大洪水を起こし、善良な一握りの人々を残し地上を一掃したと言われている。
あまりに古いその存在はエルサレムの地下深くに封印され、唯一神を崇拝する最古の十字教徒でありながら、十字教に存在すら知られてはいない。十字教徒と敵対関係にある魔法使いが必死に隠してきたからだ。
まあザックリいえば「封印が解けたら世界が滅びるヤベーやつ」だ。7000年前から封印されっぱなしという事は随分お歳を召していらっしゃる。ミイラになってそう。
「でもなあ」
「?」
信号が青に変わり、歩き出す。
俺の呟きを拾い、臾衣は小首を傾げた。
「ノストラダムスの大予言、審判の日、マヤ歴の終末、キューバ危機、終末時計。全部なんともなかっただろ。終末の獣だって怪しいもんだ」
「そうですよね。怪しさの塊です」
指折り数えると、案の定脳死全肯定が返ってくる。本当にこの娘は相談相手に向かないな。
「世界の終わり」というセンセーショナルな話題は太古の昔から現代にいたるまで噂され続けてきた。
人類はやたらと世界を終わらせたがる。しかし本当に世界が終わった事は一度もない。神話上でなら終わる事もあるが。
世界の終わりというのは深刻な問題で混乱を引き起こし、その騒ぎに便乗してあれやこれやするための方便に過ぎない。核シェルターを売りつけたり、防災グッズを売りさばいたり、はたまた人類団結の理由付けにしたり。
終末の獣もそのテの方便なのかと思ったが、実物を見れるとなれば話は違う。
霞が関地下に封じられた終末の獣は現在GAMP四社共同の監視下にあり、魔貨払いの高額見学料を出せば誰でも見学できた。危機管理意識を危ぶむべきか、世界の終末すら稼ぎ口にしてしまう貪欲さを賞賛すべきか判断に迷う。
まさか終末の獣が波野家連続殺人の犯人だとは思わないが普通に気になる。野次馬根性だ。霞が関に核爆弾がポンと置いてあって見学できるならやっぱり興味本位で見に行っただろう。気にならないわけがない。
霞が関のビルに入り、受付のおねーさんにAbezonで注文した入場チケットを見せると、にこやかに地下に案内された。
渡された音声ガイド端末を手に螺旋階段を地下へ地下へと降りていく。順路を示す看板が立っているし、明かりもついていて、一本道だ。これなら案内人がいなくても迷わない。
『本日は終末の獣見学ツアーに参加頂きありがとうございます。本音声案内デバイスは置き忘れや破損にご注意頂き、ツアー終了時に必ずご返却をお願いいたします。ツアー中は魔法のご使用をお控え下さい。万全の封印体制を敷いておりますが、終末の獣を刺激する恐れがあります。これらの他にも重大な反社会行為が発覚した場合、処理班が出動し、然るべき処理を行う場合がございます。ご了承頂いた上でツアーをお楽しみください』
物騒な案内だ。だが入場チケットを取る時にこのあたりの注意文は読んだから気にならない。ふつーに見学すればふつーに終わる。美術館を見学する時、ナイフ持って暴れたら警察に取り押さえられて刑務所にブチ込まれますよ、という注意をされるのと同じだ。そんな注意された事ないけども。
螺旋階段はそんなにめちゃくちゃ長いわけでもなく、下の方に大空洞が見えてきた。
その大空洞に近づきながら、腰が引けている臾衣の震える手を握って導き、音声ガイドの続きを聞く。
『終末の獣はEndman、最初の預言者、終わりの使徒などの別名を持ち、人間であるとされています。本人によれば『神から賜った言葉と力を神に捧げるためにこの身はある』。確認されている限りでは不老不死、そして人類滅亡級の津波を起こす能力を持ちます。
7000年間エルサレムに封じられていた彼は、終末へのカウントダウンを行っていました。カウントダウンは一年に1進みます。これは三年前に0になり、何かが、おそらくは再び人類がリセットされる大災害が起こるとされていました。
しかしそうはならなかった。【ロスト・デイ】が起きたのです』
鉄骨で補強された大洞穴の中心に、終末の獣はポツリと立っていた。
終末の獣は確かに人間に見えた。ただし全身鎖でぐるぐる巻き。足にはクソデカ鉄球がつけられ、口に猿轡、目には目隠し。黒髪という以外何も分からない。
鎖の隙間からは見慣れない紋様が肌に刻まれているのが見え、足元の鈍い光を放つ魔法陣と四方に屹立する石柱から放たれる毒々しい緑の波動も含めて雁字搦めの封印状態にあるのが伺える。
大洞穴にかけられた見学ツアー順路の橋の鉄柵から身を乗り出してもっとよく見ようとすると、見えないナニカに押し返された。大洞穴の鉄骨の陰から人影がいくつかすぅっと出てきて俺を見上げ、両手を上げて降参ポーズを見せるとまた隠れる。
ヒヤッとする。見た目以上に厳重に管理されているらしい。
『ロストデイ。忘れられた一日として御存知の方も多いでしょう。三年前、人類はその一日の記憶を失いました。誰もがその日の記憶を忘れ記録も失い、思い出せない。それを疑問に思いもしない。魔法使いは言及されれば疑問を抱けますが、非魔法使いは詳しく説明されても反応が鈍く、すぐに忘れてしまう。ゆえに失われた日。
このロストデイと終末の獣には重要で謎めいた関係があります。終末の獣のカウントダウンが0になるまさにその日がロストデイだったのです。世界は滅びなかった。しかし、エルサレムに封じられていたはずの終末の獣は、ここ霞が関地下に移動しており、施された封印の種類も大きく変わっていました』
興味を惹かれる解説だったが、音声ガイドより注意を引くモノがあった。
「お、おい。大丈夫か? そんなに怖いのか?」
終末の獣を見た臾衣が酷く怯えていた。
俺の背中に隠れ、しがみつき、言葉も出ないほど苦しそうにしている。
目を見開き息は荒い。脂汗と体の震えが異常だ。
涙まで流し泣きじゃくりはじめた臾衣を、俺は抱きかかえて全力で出口に急いだ。
しっかりした鉄板でできた順路を駆ける中、ポケットに突っ込んだ音声ガイドが解説を続けた。
『ロストデイ直前、エルサレムの監視班は終末の獣が7000年の雌伏を終え封印を破り始めたのを確認しています。しかし気づけば終末の獣は海を越え遥か離れた地に移動し、破られたはずの封印がかけなおされている。
ロストデイに何が起きたのか、誰も知りません。ですが終末の獣は対話を試みたGAMPエージェントに煮えたぎる怒りを込め語りました。
【抵抗を後悔せよ。神の裁きを畏れるがいい】』
螺旋階段を駆け上がり、終末の獣の姿が見えなくなると腕の中で俺の胸に顔をうずめ子供のように泣く臾衣は少しずつ落ち着いてきた。何か言おうとする臾衣を、何も言わなくていい、大丈夫だから、と慰める。
この怯え方は普通じゃない。いくら世界を滅ぼす恐怖を前にしたといっても、相手は恐ろしい見た目をしている訳でなし。ガチガチに固められて何もできないというのに。
臾衣を誘った時に気付くべきだった。こんなに怖がるほどの何かがあると知っていたら連れてこなかった。
臾衣はいつでもニコニコして俺の言う事なす事全肯定してくれる。本当は嫌な事でも従ってくれる。その度の過ぎた献身に心配と僅かな苛立ちを覚えた。
どうしてここまで? 何が彼女をここまでさせるんだ?
『終末の獣は再びカウントダウンを行っています。カウントダウンが0になる【終末の日】は七カ月後。来年の春です。
GAMPはザ・デイに備え、魔力を備蓄し戦略的に対抗策を講じています。貴方の魔力支払いと寄付が世界を守る力になります。ぜひ魔力提供にご協力下さい。
以上で音声ガイドを終了します。本日はツアーに参加頂きありがとうございました。本音声案内デバイスは受付にご返却下さい』




