13 イカれた四大企業を紹介するぜ!
「あなたの知能でも分かるように書いて説明するわね」
ソニアはそう言って雑紙の裏に何やら書き始めた。一切皮肉めいた調子がこもっておらず、親切心すら帯びているのが逆に傷つく。九条はどんだけこの娘にナメられてんだ。翼にも上手い事言いくるめられて情報抜かれてたし、馬鹿だったんだろうな。
「――――よし書けた。見て。GAMPは魔法社会の四大企業の通称で、こういう会社なの」
Grimoire(グリモアSNS)
Abezon(安倍晴明物流)
Merlin Network(アンチ魔女狩り魔法セキュリティネットワーク)
Paracelsus(魔法防御服製造販売)
「四社の頭文字をとってGAMP。この四社が魔法界のインフラを握ると同時に経済的に支配しているわ。ガンプを利用せず生きていく魔法使いはいない。グリモアは」
ソニアは自分のスマホの画面を俺に見せた。見慣れたような見慣れないような、どこかの会社のパクリっぽいSNSが表示されている。
「こういうやつね。今見たことあるなって思ったでしょ? 当たり前よね、表でSNS運営してる会社が裏でやってるアプリなんだから。グリモアが運営してるグリモアSNSは、SNSって名前だけどニュースサイトも兼任してて、魔法世界のニュースは全部ここで分かるわ。ここで分からなかったらまず分からないわね」
そう言って画面をスワイプしていく。
足がぐちゃぐちゃになった重傷者を魔法で治す動画を上げている医者の宣伝アカウントとか、陰謀論をぶち上げている呟きとか、しょーもない下ネタでバズってるやつとか、魔法関係の話題が多い以外は普通のSNSとあまり変わらない。
なるほど、こういう情報を普通のネットに流せば魔女狩り魔法で即死する。専用サイトがあるのも納得だ。
俺は流れていくコメントの中に見覚えのある顔を見つけ、驚いてソニアの手を止めた。
「待てこれメシアじゃないか」
「触らないで。そうね、メシア・ウィザースプーンもグリモアやってるわ。グリモアの社員だし投稿頻度も多い。魔法使い全人口500万人のうち150万人にフォローされてる大スターよ」
ソニアがメシアのアカウントの履歴を辿っていくと、俺達が大火災から救助された時の写真も乗せられていて大量のグッドボタンや賞賛のコメントがついていた。
そうか、このアカウントに載せていたのか。どーりで普通に検索しても見つからないわけだ。
メシアの筋肉質な逞しい上半身見せびらかし画像とか、遭難者を颯爽と助ける動画とか、ファッション誌の依頼料を全額慈善事業に寄付する宣言とかを見ていると、かなりの目立ちたがりだが良いヤツだというのが伝わってくる。
俺達を助けてくれたのも普段の人命救助ヒーロー活動の延長線らしい。おかげで助かった。俺もフォローしておこう。
「このグリモアは俺にも使えるのか?」
「使えるわ。後でURLと認証コード送るわね。ただ登録前にグリモアの身辺調査入るから何日か待たされるのと、三日か五日? の試用期間が過ぎたら魔力払いの月額利用料取られるから気を付けて」
「おお」
認証コードとか利用料金とか聞くとなんだか不安になる。ソニアが言ってる事は普通なのに餌にされてるような気がしてきた。
ソニアに月々魔力を半分取られてグリモアの月額料も取られるのかよ。いざ再誕魔法を使わなければならなくなった時に魔力残るのか? 魔法について知るなら利用しない手はないが……
「次。GAMPのA、Abezonは平安時代から続く安倍晴明物流がアメリカの物流会社と提携して始めた魔法配達サービスね。表の方の宅配はあなたも使った事あると思うけど、MagiPremium会員になればAbezonを使えるわ。高速移動魔法を使った高速配達で精鋭配達員が砂漠に深海に戦場の真ん中までどこでも注文から3分以内にお届け。魔法関連の品物も取り扱ってるし、荷物の紛失なし破損なし。便利よ」
「そりゃいいな」
即日配達どころか3分以内! シンプルに魅力的だ。誤配送とか再配送とかなさそう。
「ただ、魔力払いの月額料金にプラスして配達料も魔力払いだから忘れないで」
「おいおいまた月額か! 魔力取られてばっかだな」
「ガンプは全部そうよ?」
「全部!? ……なるほど、裏が見えてきた」
魔法使いは魔力が無いと魔法を使えない。逆に魔力があればあるだけ魔法を使えるわけで。月額利用料だの配達料だので魔力を巻き上げている四大企業ガンプが権勢を誇るのも当然だ。
毎月の支払いで魔力不足の魔法使いがたんまり魔力を溜め込んだガンプに逆らえるはずもない。
「次。GAMPのM、マーリンネットワーク。アンチ魔女狩り魔法セキュリティシステムはこの会社が一手に担ってるわ。間違えて表で魔法関連の書き込みや動画投稿をしてしまうのを防いでくれるファイアウォールアプリとか、誰かと話してて間違えて言ったら不味い話を口走った時に大音量の音楽とか着信音を流して誤魔化してくれるインターセプト機能とか。日常生活での魔女狩り魔法回避講習も開いたりしてるわね。アップデートは早くて短くてバグもなし。ただし、」
「魔力払いの月額利用料がかかるんだろ」
ソニアはにっこり笑った。やっぱりな。
マーリンネットワークのセキュリティは身の安全のために是非利用したい。でも魔力をむしり取られる。ぐぬぬ……
「最後、GAMPのP。パラケルススは防具とファッションのミックスみたいな事業をやってるわ。魔法抵抗力のある服とかアクセを作れるのはこの会社だけなの。どうやって作ってるかは門外不出の企業秘密。でも効果は折り紙付きで、高級な最新モデルなら着てるだけで弱い魔法を完全に無効にできるわ。私のこれもそう。パラケルスス今年の夏のフランス限定モデル。高かったんだから」
ソニアは得意げにワンピースの端をちょっと持ち上げた。俺は慌てて顔を逸らす。
こら! 下着見えちゃうでしょ! 嫁入り前の女の子がはしたな……そういえば嫁入りしてたな。さっき。俺に。
一通り話を聞いたらそのあたりの問題も片付けよう。
「ガンプの説明はおしまい。後で全部あなたも使えるようにしてあげる。私も紹介割引もらえるしね……あとはそうね、魔力払いについて。魔力と現金の交換はガンプならどこでも受け付けてるんだけど、交換レートは日によって変わるから相場を見て交換しに行くのをおススメするわ。魔力を精製して通貨に変える方法と相場については……あら」
そこでソニアの言葉にインターホンの音が重なった。
俺は立ち上がってインターホンのカメラ画面を見に行く。誰だろう? 大火災についてしつこく嗅ぎまわっていたマスコミも最近は来ていない。宅配は頼んでいないし、心当たりはないのだが。
「あ」
インターホンを見るとそわそわした臾衣の顔が映っていた。
背後の婚約者、ほんの十数分前に婚姻届にサインしてしまったソニアの気配が急に濃く感じる。
血の気が引いた。
何もやましい事はしていないはずなのに、俺の頭には修羅場という言葉がよぎる。
やばい。




