12 教えてソニア先生!(有料)
魔法使いと聞いてトラウマがフラッシュバックし、一瞬俺を狙っている連続殺人鬼についに見つかったのかと恐怖に駆られた。
しかしすぐにそんなワケがないと思い直す。
ソニアは一年前の約束通りに秘密を明かすと言った。16歳の少女にしては覚悟がキマりすぎてはいるが、彼女の明け透けな正直さは騙し隠し陥れる悪意とは無縁だ。
それに俺を殺すつもりならとっくに殺っている。
「へえ、魔法使いなのか。どんな魔法を使えるんだ?」
声の震えを隠し、それとなく探りを入れる。
魔法使いの魔法は一人一つ。八方塞がりな中に転がり込んできた望外の情報源だ。少しでも情報を引き出したい。
俺の問いにソニアは片眉を上げた。
「……やっぱり変ね」
と、ソニアは一歩、二歩、俺に近づいてくる。
宝石のような蒼い瞳で俺を上目遣いに見上げ、スラスラと言った。
「魔法って聞いてもバカにしない。怖がってるのは見れば分かるわ。何も知らない一般人が魔法と聞いただけで怖がるのはおかしい。魔法を知ってるのね? 雰囲気が変わったのはそれが理由? メシアのグリモアにあなたの写真が載ってたからまさかとは思っていたけど。ただ助けられただけじゃなくて、魔法について説明してもらったのね」
ソニアの推測は当たらずしも遠からずで、彼女は俺を取り巻く現状を知らないのだという確証が強くなる。
おそらく、ソニアは田間多摩病院や連続殺人鬼とは別口の魔法使いなのだ。メシアの知り合いか?
「そんなところだ。確かに俺は魔法を知ってる。なあ、本当にお前が魔法使いなら教えてくれ。波野家連続殺人の犯人を知ってるか?」
「知らないわ。っていうかアレ魔法使いがやったの? そういう噂は確かにあるけど」
「噂……いや今はいい。じゃあ翼を溺死させたのは誰だ?」
「二つ聞くじゃない。翼って誰?」
「俺と一緒にメシアに助けられた友達だ。メシアは知ってるんだろ? 写真見たなら分かるはずだ、俺の隣に写ってた男」
「ああ。いたわね」
ソニアは俺に見せないよう胸元を隠しながらボタンを留めている。俺にとって喉から手が出るほど欲しい情報も、ソニアにとっては物のついでに話すなんでもない話にすぎないらしい。
「溺死、ね。その人は魔法を覚えていたの?」
「覚えてたな。覚えたばかりだった」
「じゃ、魔女狩り魔法ね」
「魔女狩り魔法?」
知らない単語が出てきた。
オウム返しに繰り返し先を促すが、シワのついた服を整え穢れ無き妖精そのものといった浮世離れした雰囲気を取り戻したソニアは超然と微笑んだ。
「ここから先は有料よ。知りたいんでしょう? 魔法のこと」
「金取るのかよ! いや、そうだな。分かった、言い値でいい。教えてくれ」
「日本円じゃないわ。魔力を頂戴。月々あなたの魔力の半分でいいわ」
「は? ……あー、なんかそんな話が」
何を言っているのかと思ったが、そういえば矢倍が魔力は取引できるみたいな話をしていた気がする。
再誕魔法を覚えて以来、確かにこの身を廻る魔力を感じている。その魔力を半分渡す? それは情報の対価としてどうなんだ。
「魔力の相場が分からん。月々半分? ってのは多いのか? 少ないのか?」
「支払いを約束してくれれば相場も教えてあげるわ」
「払う前に教えてくれないと意味ないだろ」
「ダメ。払うなら教えてあげる」
「こいつ……!」
足元見やがって! 絶対ふんだくる気満々だろ!
「四分の一」
「半分」
「三分の一!」
「半分。私は別に教えなくても困らないから。半分払うのが嫌なら他を当たって? でも警告しておくけど、下手に魔法について探ろうとすると死ぬわ。その溺死した友達もきっとそうやって死んだでしょう?」
「ぐ……」
図星だった。
俺は翼が溺死したとは言ったが、魔法や殺人鬼について調べていて死んだとは一言も言っていない。それなのに知っている。本当にソニアは俺が知らない重要な何かを知っているのだ。
「くそ、分かった。払おう」
「契約成立ね。魔法使い用の契約書出すから少し待って。たぶんフォーマット転がってるはず……ああそうだ、その前にあなたには何か魔法を作って貰わないと。魔法を覚えないと魔力を出せないから。えっとね、魔法を作るにはまず魔法を受けて、」
「いや、もう魔法は覚えてる」
「あらそうなの? ふ、どうせ人を弄ぶ性格悪い魔法なんでしょう」
またもや図星だ。
確かに奴の肉体交換魔法は悪質だった。流石婚約者、九条獅狼をよく知っている。
俺はそんなんじゃないんだけどな。言い返せないのが悔しい。
ソニアはポーチからスマホと接続器、携帯プリンターを取り出し、ジコジコ印刷した紙にちょこちょこ書き込んだモノを俺に渡してきた。
ざっと読みこむが怪しい文面はない。シンプルで分かりやすい、約束絶対守りますという宣誓だ。
魔法使いの契約か……破ったらどうなるんだろう。呪い殺されるのか? 破らないからいいが。
「契約書なんてなくても約束は守るんだけどな」
「約束破って三回も私に手を出そうとしたクセによく言うわ。16になるまでダメって何度言っても分からない。きっと顔に脳みそ吸われてるのね。はいサインして」
とんだ風評被害だ。奴は死してなお株を下げていく。
俺が一瞬波野司と書きそうになりながら九条獅狼と書いた書類を受け取ったソニアは何度か書類と俺の顔を見比べたが、肩をすくめ書類をポーチにしまい、座るよう促してきた。
「獅狼さんがどれだけ知ってるかにもよるけど、けっこう長い話になるわ。何を知ってるの? 魔女狩り魔法を知らないって事は事故に近い形で魔法を覚えたんだと思うけど」
「当たってる。ざっと説明すると、まず俺は田間多摩医院の治験に応募して――――」
治験の守秘義務も今や関係ない。俺は九条と体が入れ替わったところだけボカし、あらいざらいをソニアに話した。
じっと話を聞いていたソニアは溜息を吐いて言った。
「ほとんど何も知らないのね。あなたがまだ魔女狩り魔法に殺されてないのは奇跡よ」
「その魔女狩り魔法ってのは結局何なんだ?」
「魔法使いを殺す魔法よ。全ての魔法使いは魔女狩り魔法を恐れ、警戒する。ねえ、不思議に思わなかった? こんなに便利な魔法というモノが世界に広まってないのはどうしてなのか。どうして学校で習わないの? どうして医者は治療魔法を使わないの? どうして戦争で魔法を使わないの? もっと魔法が広まって誰でも魔法を使える世界になってないと変じゃない?」
「それはたぶん、政府とかが秘密にしてて……」
「違うわ」
俺の想像をソニアはバッサリ切り捨てた。
はい。まあ話の流れ的にそうだろうな。言ってみただけです。
「魔女狩り魔法は七百年前、時の教皇が魔女狩りになぞらえて作り上げた大魔法。それがずっと世界を支配してるの。魔女狩りは分かる? 昔十字教が異端を処刑したアレよ」
「あー。セイレム魔女裁判とかだろ。映画で見た。ラノベとかでも出てくる。西洋で中世ぐらいに魔女狩りブームが起きた時期があって、魔女と決めつけられた人は処刑された。火あぶりとか――――溺死刑で」
「そう、詳しいわね。気付いた? その教皇は「魔法使いを見つけ出す魔法」、彼は魔法ではなく神の奇跡だって主張したけど、とにかくそれを使って生涯で六百六十六人の魔女を捉え、その全てを溺死刑で処刑した。中には魔法で逃げ出した人もいたけど、そこは教皇だから。追っ手を差し向け地の果てまで追い詰めて、捕え、溺死させた。誰一人助からなかったそうよ。
晩年の教皇は自分の死後に異端が、魔法使いがのさばるのを恐れた。それで『魔女狩り魔法』を作ったそうよ。彼は二つ魔法を覚えられる、歴史上四人だけの例外だったから。
魔女狩り魔法に見つかった魔法使いは必ず溺死する。逃げられない。身代わりも通用しない。蘇生もできない。絶対に死ぬわ。苦しみながらね」
ソニアの声に恐怖が混じり、身震いした。
ぞっとする。七百年も昔の頭おかしい野郎の呪いがまだ続いてるのか。
「それでこの魔女狩り魔法はね、十字教徒に見つかるのがトリガーになってるの。十字教がいうところの神、あるいは救世主。これを信じる者にある程度の確証を持って『魔法使いでは?』と疑われると魔法に引っかかる。精査されて、魔法を覚えていた場合、溺死する。
魔法を使っているところを見られたらもちろんダメ。手品ですって誤魔化しても『魔法かも』と思われたらやっぱりダメ。ネットに魔法使いについての書き込みをしたり、検索エンジンの記録に怪しいキーワードを残したりすれば一発ね。十字教徒はどこにでもいる。ネットを監視してる奴だっているの」
「あ……」
翼は魔法を覚え、魔法を使い、魔法使いについて調べた。
魔女狩り魔法を知らず、無防備に。
そのせいで死んだのだ。
呆然とする俺を横目にソニアはテーブルの上のお茶を勝手に飲んで唇を湿らせ、話を続けた。
「魔女狩り魔法についてはこんなところね。次は、そうね。これもちょっと魔女狩り魔法に関わるのだけど、魔法使いの四大企業、GAMPについて話しましょうか」




