貧乏伯爵家のご令嬢は兄の執事。ご令嬢として舞踏会に参加しろと王命が来てしまったのでどうしたらいいか考え中です。
普段は男装をして執事のサンドとして働く伯爵令嬢のカサンドラ。なんとかして貧乏伯爵家から普通の伯爵家になるために、家督を継いだ兄と奮闘中!
夜会やお茶会は参加しないで、とにかく伯爵家の財政を立て直すことが最優先。
なのに、王命で初めての舞踏会に出る事になってしまった…。
そんなカサンドラのお話です。
是非、読んでくださいね。
今日は領民から要望書を持った役人との面会の日。
ハルティバト伯爵は役人からの要望を聞いた後、
「要望書は執事のサンドに渡してほしい」
と言い、文官は執事に書類を渡すと帰って行った。
役人が部屋から出ていくと、伯爵はだらんと姿勢を崩した。
「あー。疲れた。威厳があるフリをするのは楽じゃない。たまにはサンドが代わって伯爵の仕事をしたらいい」
伯爵は執務用の机から、ソファーへと移動して背もたれに寄りかかるように座った。
「誰かに見られた困るから、せめてちゃんと座ってください。
ロレンス・ハルティバト伯爵はお行儀が悪くて財政難の愚領主だと言われますよ?」
と執事である私が言うと、
「執事は女で生意気だと言われるよりいいだろ?サンド。
しかも妹のカサンドラが男装して執事をしていると噂になったら、カサンドラの嫁の貰い手がいなくなるなぁ」
とロレンスはニヤッと笑って答えた。
「何言ってるんですか!私が結婚したら、誰が予算の計画を立てて帳簿の管理をするんですか?」
とサンドと呼ばれた妹は言いながら、お茶を出した。
「ねぇ、兄妹なんだからお茶くらい一緒にとってはどうだい?」
とロレンス。
「あの執事は主人と同じテーブルについていると悪評がたつと私は仕事を続けられませんよ?」
と私は少し笑いながら言う。
「それは困るな。誰かいい人はいないかな。領地の会計を任せられて、信頼ができる人。
…そんな能力が有ればどこかの商会に雇われているか、国の役人か…難しいもんだ」
とロレンスは言いながらお茶を飲んだ。
私の父は若い頃から領地の財政の管理を部下に任せて、母のわがままに付きあっていた。
結果、財政は火の車。原因は母の浪費。
母は着飾ってパーティーやお茶会に行くのが仕事だと思っていた。
惚れた弱みで何も言えない父が悪いが、今の台所事情を母に説明していればこんなことにならなかったのに…。
責任を取った父は家督を兄に引譲り、引退した。
母には贅沢をやめてもらって、父と一緒に領地の隅の森を管理してもらっている。
表向きは、狩猟が好きな父が悠々自適に夫婦で森に住んでいる事になっている。
しかし本当のところは、別荘地や王都の町屋敷に住んでもらったのでは、母は浪費を続ける可能性があったからだ。
兄は18歳で家督を継いだはいいが、今のハルティバト領に信頼して管理を任せられる人材はいなかった。
私と兄はハルティバト伯爵家を立て直す方法を考えた結果、兄であるロレンスは領主としての仕事をし、妹である私は執事として帳簿や資産の管理をすることにした。
しかし世間知らずの母に言っても理解してもらえないだろうから父にだけこの事を伝えた。
兄は22歳。妹の私は18歳。
私にも兄にもそろそろ縁談が必要な年齢だが、今はまだそれどころではない。
私達兄妹がちょうど王立学園に入学する頃、我が家の財政は一番厳しかった。
そのため兄は王立学園に行き、妹は病弱だから自宅で家庭教師をつけたという形をとった。
兄は、常日頃から、妹は病気療養中だと触れ回ってくれている。
もちろん、年頃になると誘われるお茶会や夜会も体が弱い事にして参加しなかった。
ドレスの新調がもったいなくてできなかったから…。
そんな私を不憫に思って、ちゃんとした家庭教師を探してきて私に勉強や淑女教育を受けさせてくれたのは我がハルティバト家の執事のトーマスだ。
トーマスが探してきた家庭教師は、カレンといいすこぶる優秀な女性だった。
私の教育が終わった後、トーマスと熟年結婚をして幸せに今も私の側にいる。
私の元家庭教師で今はトーマスの妻のカレンは
「カサンドラ様、日々楽しそうですね。」
と、毎朝、執事の格好をするためのサラシを巻く手伝いをしてくれる。
トーマス夫妻は領地経営の相談も受けてくれる。本当はこの二人に財産管理を任せたいが、高齢だからと断られてしまった。
今は執事として生活しているが、財務管理を任せられる人が見つかったらカサンドラとして生活しようと思っている。
とはいえ私は今の生活にすごく満足していた。
そんなある日、王都から陛下の使者がやってきた。
使者として来たのは中年の文官と私くらいの年齢の文官だった。
文官が持ってきた手紙には、先日より領民から要望に上がっていた道の整備の件だった。
「ハルティバト伯爵領から王道へと向かう道を整備するにあたり、国家予算を組む話が出ております。
それにあたり、この道沿いに領地を構える公爵家、伯爵家、辺境伯を交えての会合を開きたいと国王陛下からの王命を授かって参りました。」
この道は辺境伯の領地から始まり、我が領地を通って侯爵家の領地に入り、王都に続いていく。
「日時としては10日後の正午です。
国王陛下から、王都に妹様もいらっしゃるのでは準備が大変だろうと、伯爵様のお手伝いをするために私たちにこのまま王都までお供するよにと言われております。」
と文官は説明した後、
「ハルティバト伯爵様には体の弱い妹様がおられて、妹様が寂しくないように社交シーズンにも王都にいらっしゃらず領地にいらっしゃるわけですから。
会談は長引きそうなため、妹様もご一緒にくるようにとの陛下のお言葉です」
と文官は優しい笑顔を浮かべて言った。
社交シーズンに王都に行かないのは、単にお金がないから。
連日パーティーに参加するには衣装代にお金がかかりすぎる…。
行かない言い訳に、カサンドラが病弱だからと言う事にしてあった。
今日のところはとりあえず、文官2人を歓迎するためのディナーを急遽行おうとしたが、
「もう遅い時間ですし、お気持ちだけでじゅうぶんです。それでは伯爵様、私達は街の宿屋にいます。
毎日、お手伝いに参りますのでよろしくお願いします」
と二人は街の宿屋に行った。
文官が帰ると、兄と私は急いでトーマスの元に向かった。
トーマス夫妻にこのピンチを伝える。
「病気のお嬢様を王都の街屋敷に連れて来いと…。
それは困りました…。
お嬢様は寝たきりで王都に行ってもらわないと…。
しかし、そうなるとサンドは王都に同行できなくなる…。
ロレンス様の側にはサンドは必要です。」
「私の代わりにお兄様にトーマスがついていてもらうとか?」
と私が言うと
「それはいけません。ハルティバト伯爵家の代替わりは、ロレンス様とそのお側に若くてイケメンのサンドがいるからいいのです。
若くて出来の良い執事とそれをコントロールする伯爵様。それを王都でも見せつけないといけません。」
結局いい案が浮かばずに、その夜、トーマスは父に相談に行った後、リンドン伯爵に嫁いだ叔母様の所に行った。
リンドン伯爵夫人である叔母様は父の2番目の妹で、私が執事をしている事を話している唯一の親戚だ。
リンドン子爵は父の学生時代の親友で、我が家の内情を知っている。
次の日の早朝、まだ暗いうちに叔母様夫婦は来てくれた。
「私、いい筋書きを思いついたの。
それはね、森屋敷には昨日からリンドン子爵夫妻が滞在しているの。
王都からの使者のことは隠居した元ハルティバト伯爵…つまりお兄様にはまだ伝わってない。
だからリンドン子爵夫妻は国王の使者に挨拶に行けない状態なの。
ついた翌日、運悪くリンドン子爵の具合が悪くなるの。森屋敷からそんな知らせがロレンスの元に届くの」
と楽しそうに話す叔母様。
「叔母様、体調が悪くなることと今の懸念材料がどうつながるのですか?」
と私は聞く。
「ロレンスは、大切な叔父であるリンドン子爵を心配して、自分の執事であるサンドを数日貸してくれるの。
なんせ、リンドン子爵家の執事は高齢で、具合の悪い子爵の体を持ち上げたりできないですからね。」
そう言うと、叔母様はウインクをした。
「サンドはリンドン子爵家にいるから、王都に行く際のハルティバト伯爵家一行には参加できないの。
王都に向かう列には、普段姿を見せないカサンドラお嬢様がちゃんと寝たきりで馬車に揺られているわ。
そして、リンドン子爵家にいた、執事のサンドは、リンドン子爵夫妻と共に遅れて王都にやってくるの。」
と言うと
「さあさあ、まずは私達がお兄様の所に行かなくちゃ!着いたらすぐに使者を出すわね」
と叔母様達は急いで父の元に向かった。
外はまだ暗く、リンドン子爵夫妻が来たことも森に向かったことも誰にも気づかれなかった。
私のお転婆な所は叔母様似なのかしら?と二人の乗る馬車を見送った後思い、もしも結婚するなら、リンドン子爵のように良き理解がいいなぁと思った。
…結婚する予定も気持ちもないけど…
明るくなり、朝食が終わった頃、ちょうど昨日の文官二人がやってきた。
そこへ森屋敷から手紙を持った侍従が来た。
予定通り、リンドン子爵の体調不良の件だ。
「それは大変だ!すぐに森屋敷に行くこう」
予定通りロレンスは指示を出し、森屋敷に向かおうとすると文官が二人ともついてきた。
兄と私は冷や汗が出た。
森屋敷にいる母は私が執事をしている事を知らない。
でも文官の同行を断るだけの言い訳が思い浮かばず、森屋敷には文官がついてくることを防げなかった。
屋敷に着くと、母は少しウキウキしていた。
それを若い文官は気が動転していると思ったらしい。
「突然すいません私は王都から来た国王陛下の使者です。リンドン子爵様の体調が良くないと聞いて…」
文官は両親とリンドン子爵夫妻に簡単な挨拶をするとリンドン子爵の体調を見ようとしたが父がそれを遮り、
「リンドン子爵は昨日ついたばかりなんだが、あいにく常備薬を忘れたために動悸が治らないようだ。
すぐに領地に帰って主治医の診察を受けるように手配してくれ」
と言った。
それを聞いた兄は
「わかりました。
すぐに馬車を用意します。
リンドン子爵にご不自由をかけないように領地に戻るまでの身の回りの世話が必要でしょうからサンドが同行いたします」
と筋書き通りの演技をした。
意外と演技だとはわからない。
後は私が演技をすればなんとかなる。
母と叔母は別れの挨拶をした。
そして母は「しっかりね!」と言った。
リンドン子爵を病人用の馬車に乗せて、私と叔母様はその横に乗った。
皆に見送られながら叔母様は言った。
「あなたのお母様にはね、今、領地の視察に王都で噂の素行のよくない文官が来ているらしいと伝えてあるの。
あなたとの婚姻を希望しているから執事の格好をしてリンドン子爵領に逃げると伝えたの。
そのための芝居だと言う事にしてあるから」
そう叔母様が言うと、叔父様はフフフと笑った。
「あいつはもう少し父親らしいところを見せないとな。
息子のロレンスと娘のカサンドラ…今はサンドだね…が優秀すぎて、歴代のダメ領主の名簿に載るよ。」
と笑いながら話した後、
「さあ、一旦ここでお別れだ。
そこにトーマス夫婦の乗った馬車があるから人に見られないようにね。
今度は普通に遊びにおいで。
私たちが街屋敷に着いたら連絡するから、その後『リンドン子爵領にいたサンドがハルティバト伯爵家の街屋敷に戻った』事にしておくれ」
と言って送り出してくれた。
私は言われた通り、トーマスとカレンが乗る馬車に誰にも見られないように乗った。
馬車の中て待っていたカレンは私に貴族のお嬢様の病人服を着せ、顔にちょっと体調が悪そうなメイクをした。そして、長髪のウィッグを被せられた。
ウイッグは何かあった時のために地毛で作ったものである。
ロレンスとカサンドラは絹のような蜂蜜色の髪と、翠色の瞳をしている。
金髪と緑の目はよくある組み合わせだが、執事であるサンドも同じ髪と目の色なのはおかしい。
カサンドラは、髪を短くし、茶色に染めている。
その時に切った髪で、金髪のウイッグを作ってあった。
「カサンドラお嬢様は今日は体調の悪い中、しばらく領地を離れるため、可愛がってくれたお婆様のお墓参りに行ったんです。
あいにく、体調がすぐれずに馬車から降りてはいません。」
とトーマスとカレンから念を押された。
案の定、屋敷の前にはあの文官二人が待っていた。
私はトーマスとカレンに付き添われながら体調が悪いふりをして馬車を降り、担架に乗せられ移動する。
そうしないと、体つきで健康であることがバレるとトーマスは言った。
文官達は、病人の女性に近づいたりしない。
それは紳士としてマナー違反だからだ。
二人は遠巻きに私を見ていた。
部屋に着いた後、あらかじめ用意しておいた車椅子に乗って文官達に挨拶に向かった。
カレンは私の体に大袈裟に毛布をかけて、手の色がわからないように綿の手袋をした。
寒さに弱いため、室内でも手袋をしていると伝えるとなんとか納得してもらえた。
この日から数日かけて街屋敷に着いた後の計画を練った。
一人二役は楽じゃない。
それから3日後、私達は街屋敷に向けて出発した。
我がハルティバト伯爵領から王都までは2日かかるが、道が悪い上に病気のカサンドラが一緒だ。
なので4日の日程での移動だ。
病人の移動の馬車の小窓にはカーテンがあるので景色は見えない。しかも寝たきりでの移動は苦痛だった。
たまに景色のいいところで休暇を取る時に馬車から降りれるが、メイドやカレンに付き添われてほとんど動いてはいけない。
人生の中でこんな苦痛はない。
帰りもこの苦痛を味わうのかと思うと気が遠くなりそうだった。
「ねぇカレン、いっその事、私は死んだ事にしない?」
と言ってはみたが、
「空っぽの棺で葬儀をするのですか?神様に怒られますよ」
と笑われた。
数日かけて街屋敷に着いた。
私達が町屋敷に着いたのを見届けて二人の文官は帰って行った。
それから兄だけ、国王陛下の謁見に向かった。
次の日、叔母様からリンドン子爵夫妻が町屋敷に着いたと連絡があった。
それを受けて、私はやっとカサンドラからサンドに戻った。
私はカレンと相談してカサンドラ役として、カレンの姪のミリエラを呼んだ。
町屋敷のメイドはカサンドラが寝たきりで部屋にいると思っている。
人がいないと流石にバレてしまう。
そのため、私の代わりにベッドで寝たきりの生活をしてもらう事をお願いして来てもらった。
ミリエラは、23歳。最近まで貴族のお子様の乳母をしていたらしく
「寝て過ごしてご飯が出るならこんな素晴らしい事はない」
と二つ返事でやってきてくれた。
その日から、サンドとしての生活が戻ってきた。
『公爵家と伯爵家と辺境伯の話し合い』
は、ハルティバト伯爵領に来ていた文官二人と国王陛下の代理の王弟殿下が混ざって話し合いが進んだ。
話し合いは穏やかなもので、こちらとしては収入が増える計画だった。
「なんだ、心配することなかったね。執事のサンドがいなくても大丈夫だったね」
と私が言うと、
「ああ。こんなの私達が渋る内容ではなく、むしろ全てを国庫で賄ってくれるなら誰も反対しないのになんで話し合いを持ったか不思議だよ」
と兄は言っていたが、
その原因は話し合いを終えた日にわかった。
その日、兄は渋い顔をして帰ってきた。
「どうしたの?」
兄に聞くと、
「話し合いを終えて、書類に署名した後に、国王陛下の謁見があったんだよ。
国王陛下じきじきに『カサンドラの社交界デビュー』を持ちかけられた」
私は叫び出したい気持ちを我慢して、無言で散歩に出かけた。
こんな時は何も考えずに散歩するに限る。
気持ちを切り替える時はいつも散歩をする。
でも執事の服は目立つので、下働きの侍従の服を着た。
街屋敷に来てからは毎日、散歩がてら八百屋や肉屋を覗く。
向かった先は、八百屋。
行ったら女将さんが店じまいの準備をしていた。
「あら、あんた今日は遅いね。お屋敷に急な来客でもあるのかい?
この時間に新鮮な野菜を買うのはそういう事だろ?」
と女将さんに言われて
「新鮮な葡萄を買ってくるように言われたんだ」
と答えた。
「そうかい。あんたも大変だね。
ところで、もうすぐお城で大きな舞踏会があるんだろう?
あんたの主人もそれに参加するんだろうね。
なんでもまだ社交界デビューしていない伯爵家のお嬢さんが来るらしいね。」
そういうと、女将さんは葡萄を包んでくれた。
「へぇ、そうなんだ」
私は返事すると、奥から八百屋の下働きの青年が出てきた。
たまに店番をしており、年齢は同じくらいの青年は女将さんと私の話に混ざってきた。
「なんでも体の弱い伯爵様のお嬢様らしいよ。
伯爵様はそれはそれは妹思いでほとんど社交界に出た事はないけど、美しい顔をしていると評判で、頭も良かったとか。
王立学園ではあまりの賢さに学費がいらなくて寮費だけかかったそうだよ。」
と、青年は言った。
兄がなるべく出費を抑えようと努力していたことは知っていたが、一番になるのは並大抵の努力ではなかっただろう。
…カンニングじゃないよね?
「私も聞いたよ。その伯爵様の事。
ここにくるメイド達の噂では、婚約者のいないご令嬢達が皆、狙っていて争奪戦らしいよ?
そりゃそうだよね。
妹を大切にして、社交界にほとんど出てこないなんて。こんな素敵な人が旦那様だったら女は幸せだよ」
と女将さん。
「俺が聞いたのは、今回社交界デビューする妹は、物静かでおしとやかで、すごく可愛いいらしいよ。
ただ、やはり病気のせいなのかあまり姿を見たものはいないそうだ」
と青年。
「へぇ、そうなんだ!そんな可愛い子がいるなら見てみたいな」
と返事をして私は急いで帰った。
家に帰ると真っ先に兄のところに行った。
「今、八百屋に行ったら私の社交界デビューの話と、ロレンスの社交界参加の噂話を聞いたよ。
私達の婚約者になろうと、貴族達がこぞって狙っているらしいよ…」
「参加したくないけど、王命なら出ないわけにはいかない…とりあえず今、王都にいる叔母様に相談しよう」
と兄は言ってリンドン伯爵夫人である叔母様に手紙を書いてくれた。
母に相談したのでは、また浪費が再燃してしまう。
しかも社交界デビューとなると、ビックリするくらいお金を使いそうだ…。
次の日、叔母様は来てくれた。
「一難去ってまた一難ね。」
叔母様は笑いながら私達の話を聞いてくれた。
叔母様と私の代わりに寝たきりで過ごしてくれているミリエラとカレンは、私たちにいくつか助言をくれた。
まず、病気の療養で髪を切ってしまいまだ短いので人前に出られない、普段はウイッグだと、国王陛下に伝えて、舞踏会の辞退を申し出ること。
でも、多分、ウイッグならダンスは免れるが、参加はしないといけないだろうと。
ミリエラは私と兄の舞踏会用の衣装を作ってくれるデザイナーを紹介してくれた。
なんでもミリエラが以前勤めていた公爵家に出入りしていたお針子が独立したそうだ。
オーダーなのに安い。
理由は無名のデザイナーの姉と、お針子の妹で立ち上げたお店だからだと言われた。
全くの無名だから安いらしい。
ドレスと舞踏会用の男性向け貴族服はある程度できているものがあるからそちらを手直ししてくれると。
着てくれるご令嬢とご子息がいないのにある程度作ってある…。
その行動にびっくりして少し笑ってしまったが、誰かが予約してくれると思って作ってあったらしい。
「ミリエラってすごい!お伽話の魔法使いみたい!そのうちカボチャを馬車にするの?」
私はミリエラに聞くと
「カレン叔母様の大事なハルティバト伯爵家のお二人のためですよ」
と笑って言ってくれた。
「いつも努力しているお二人だから力になりたいんです」
カレンも叔母様もいつも手を貸してくれる。
人に恵まれるって素晴らしいことだから、舞踏会は失敗できないと思った…ただし、最初で最後にしたいけど。
国王陛下主催の舞踏会は3日後。
叔母様は兄に、どこか1箇所でいいから夜会に参加するように助言をくれた。
1箇所しか参加しないのは、妹が心配だから出歩けない兄を演出しつつ、妹は病気だからと夜会に参加できない事を、触れ回ってもらうためだった。
兄は王立学園の友人達が多く参加するであろう夜会を選んだ。
兄のロレンスが夜会に参加するので、侍従として執事のサンドの格好で同行した。
夜会ではいろいろな噂が飛び交っており、侍従同士も、噂話をすることがわかった。
今の噂話はカサンドラの事と、第一王子が立太子するという噂だった。
第二王子は人嫌いであまり姿を見せないから、仕方ないんじゃないのか?
と口々に噂している。
噂は様々なものがあったが、国政にかかわる噂話もあり、確かに今後はロレンスだけでも社交界に出た方がいいと思った。
そしていよいよ、カサンドラとして舞踏会のデビューの日になった。
初めの打ち合わせ通り、兄は国王陛下にカサンドラは病気でウイッグだと伝えてもらっていたため、特別に世話係との参加を許された。
今回、世話係としてカレンの姪であるミリエラと一緒に参加することにした。
ミリエラは貴族の乳母や小さい子供専門の家庭教師をしているため、貴族には顔が利く。
ミリエラのドレスはカサンドラを引き立てるように少し大人しめのデザインで、翠色。
カサンドラのドレスは社交界デビューを考えて、白から緑のグラデーションの清楚なドレスだった。
やはり健康的である事を隠すために露出はほぼゼロのドレスにしてもらい、手袋をした。
髪はウイッグのため、結ぶ事は難しいが髪飾りで誤魔化した。
馬車をおり、大きな舞踏会の会場に来た。
自分と似た歳の貴族に会うのは親戚以外では初めてだし、淑女としての教育はカレンがしてくれたが人前で披露するのは初めてで固まってしまった。
「数日前のパーティーも人が多いと思ったけど、今回はすごい人数だね」
とロレンスは言い、緊張している私を見て優しく微笑んでくれた。
兄のロレンスに付き添われて国王陛下に挨拶を済ませた。
その際、国王陛下の横にいる噂の第一王子を見た。
この人が将来の国王かぁ。
第一王子は優しい笑みで私を見た。
挨拶を済ませると兄は他の貴族への顔つなぎへと行ってしまった。
今回、体の弱いカサンドラのためにホールの隅にソファーが用意してあり、私はそちらへ座った。
いろいろな方が挨拶に来てくれた。
ミリエラは、貴族の顔や地位がわかるので、近づけたくない貴族には
「お嬢様は今、お疲れなので次の機会にしてください」
と遮ってくれた。
さすが、あのカレンの姪。
1時間ほどソファーで人間観察をしていると、年の近いお嬢様方がやってきた。
「はじめましてカサンドラ様!」
ミリエラが近づく事を認めてくれたお嬢様方はどの方も聡明で、ロレンスの結婚相手に、と思えるお嬢様もいた。
私は、仲良くなった数人のお嬢様方と手紙のやりとりの約束をした。
ミリエラは嬉しそうに私を見てくれた。
あと1年頑張ったら領地の資金繰りが落ち着くので、それまでにロレンスのお嫁さん探しをしなくては!
素敵なお嬢様を逃さないようにしようとカサンドラは意気込んだ。
王城で行われた舞踏会は何事もなく終わった。
その後、ロレンスとカサンドラの元には沢山の夜会の案内が届いた。
叔母様とミリエラは、ここだけは顔繋ぎをした方がいいところをピックアップしてくれた。
幸い、ミリエラが紹介してくれたデザイナーから格安でいくつかドレスを買ってある。
兄妹で参加する夜会は2つ。
あとは兄のみ参加してもらう事にした。
兄のみの参加の夜会はサンドとして噂話の情報収集に、兄妹で出る夜会はミリエラに世話役としてついて来てもらい、カサンドラとしての役割を果たした。
毎日の散歩では八百屋でお嬢様方の噂話や、ご令息の噂話を店番の青年や女将さんからよく聞いた。
街屋敷でこの八百屋に来るのは楽しみになっていった。
八百屋での噂話は夜会の侍従として参加してみると、同じ噂話を聞くこともが多くてびっくりした。
つい昨日聞いたのは、兄は優しくて見目麗しいので、沢山の未婚のお嬢様が狙っている。
なんでも、第四王女様も兄狙いだとか…。
兄がいなくなると領地経営が成り立たないから勘弁していただきたい。
あとは、カサンドラに関しては、ミリエラが守っておりなかなか近づけないご令息が多いと噂されていた。
カサンドラの儚さはご令息達の庇護心をかりたてて、誰が一番初めに近づくかの話になっているらしい。
カサンドラは今、サンドとして侍従の控室にいるのに誰も気づかないものなのね。
そもそもまだ女だと気付かれたことがないからカレンの化粧の腕の凄さを実感する。
兄は、夜会に参加しては顔つなぎをして、精力的に領地の特産品などを売り込んだ。
そして帰る頃には商談を成立させて来た。
兄はやっぱり領主として優秀だ。
初めて舞踏会に参加してから二週間が経った。
そろそろ領地に帰らないと…そう思っていたら、急遽、兄妹で参加しないといけない夜会ができた。
あの第一王子主催の夜会だ。
第一王子はカサンドラとして参加した2回の夜会のどちらとも見かけた。
はじめての舞踏会から数えて3回見かけたが、どこに行っても優しく微笑んでおり、人だかりが出来ていた。
噂話の通りなら今、婚約者を探しているとか…。
この夜会が終われば、明日にでも領地へ戻る予定だったので、散歩がてらいつもの八百屋さんにお別れに行った。
女将さんは悲しんでいたが、
「また次の社交界シーズンには顔を出してね」
と言われた。
ただ、あの店番の青年の反応は違った。
「お前んとこの領主様は今日の夜会に行くのか?」
と聞かれたので、
「多分ね。今日の夜会が終わったら明日帰るらしいから…」
と答えると、青年は
「今日の夜会は、いつも参加しない人が来るらしいから…。
ご令嬢の知り合いがいるなら夜会の最中は1人にならない方がいいと伝えてくれ。
領主様にも気をつけるように言ったほうがいい」
と言われた。
「心配をありがとう!大丈夫。心配いらないよ。」
と笑顔で言うと
「お嬢様の知り合いが居ないのならいいんだ。また来いよ!」
と言われて、背中を叩かれて別れた。
屋敷に帰ると、いつものように八百屋での噂話を兄に伝える。
「素行の良くない貴族が来るんだろうか…。ま、カサンドラにはミリエラがついているから心配ないね」
と笑われた。
夜会の準備はカレンとミリエラがドレスを着せてくれて、メイクをし、ウイッグを綺麗につけてくれる。
カサンドラの部屋に他のメイドを入れると、カサンドラではなくミリエラが居たことがバレてしまいそうで、夜会の準備はこの2人が手伝ってくれている。
ミリエラの準備を終えて、兄にエスコートされて王城で開催される夜会へと向かった。
会場に入る時、夜会で良く会う公爵家のモリーナ様にお会いしたので簡単にご挨拶をして、会場でまた会う約束をした。
会場では第一王子に挨拶をしたい貴族で入り口は混み合っていた。
第一王子に挨拶を済ませると中に入った。
いつものように壁際のソファーにミリエラと共にいると、第一王子に話しかけられた。
ご令嬢の会話の正解がわからないので、私は黙って微笑むだけ。
どうしていいかわからない時はミリエラをチラッと見ると、助け舟を出してくれた。
その様子に第一王子は満足した様子で
「お淑やかで聡明なご令嬢だね」
と言って違うご令嬢の所に行ってしまった。
…褒めてくれたのかな?…
ミリエラは、
「概ね好意的に受け止めてくれたみたいですね」
と2人で胸を撫で下ろした。
「緊張したら喉が渇いたわ」
と言うと、ミリエラが飲み物を取りに行ってくれた。
1人になって周りを見回してみた。
入り口で会ったモリーナ様が見当たらない。
あのストロベリーブロンドは目立つのですぐに見つけられるが…。
どれだけ見渡しても見つけられなかった。
私は嫌な予感がして、飲み物を持って戻ってきたミリエラに、お兄様を呼んできてもらった。
お兄様と、ミリエラにモリーナ様を探して欲しいとお願いしたところ、2人とも快く引き受けてくれた。
女性の単独行動は危険だからという八百屋の青年の話を思い出し、2人で探してもらった。
2人が私から離れてすぐに、見たことのある中年の男性が話しかけて来た。
「カサンドラ嬢、お久しぶりです。先日、領地に伺った、文官のガストンです。」
話しかけて来たのは、領地に陛下の使者として来た中年の文官だった。
彼は、伯爵家の次男だと名乗った。
私は話をしている最中もモリーナ様の事が気になっていた。
「カサンドラ嬢、先程からどうしました?」
と聞かれたので、モリーナ様を探していると伝えた。
「ストロベリーブロンドの可愛らしい方です」
と伝えると、
「その方なら、先程、体調を悪くされて、王族の控室に運ばれましたよ。
第一王子とお話の最中に気分が悪くなられたようです」
と言われた。
周りのご令嬢もそれを見ていたようで、
「ええ、モリーナ様なら第一王子様が抱き止められて控室にお連れしていたわ。
やはり王族!
気分が悪くなったご令嬢への気遣いはさすがだわ!」
と皆、うっとりしている。
「控室に様子をみにいきますか?」
と聞かれたので、
「ええ。モリーナ様は心細いでしょうから…」
と答えると、ガストン様が王族の控室に連れて行ってくれた。
控室は、王族専用ルームを入り、さらにいくつかの扉を超えた王城内部のような場所だった。
控室では、モリーナ様が寝かされていた。
横には様子を伺う第一王子の執事らしき人がいた。
「モリーナ様!」
私は駆け寄ったが、モリーナ様は返事をしない…
不安になって覗き込むと、なんだか変な匂いがした。
モリーナ様は薬を飲まされた?
誰に…。
そう思って振り返ると、第一王子、王子の執事、ガストン様がこちらを見ていた。
「予想以上の収穫ですね?王子。どちらのご令嬢を正室にしますか?選ばれなかった方は側室ですね!」
「やはり正室は従順なカサンドラだろ。でもモリーナは俺に惚れていて捨てがたい…」
と第一王子。
こいつらおかしい!
すぐにモリーナ様を連れて逃げないと!
どうしたらいいのか考えているとモリーナ様が目を覚ました。
私達は抱き合って泣く…フリをした。
モリーナ様は本当に泣いていた。
第一王子はその間も私達を見て、どちらに手を出そうか考えている。
しばらく考えた後、モリーナ様に決めたようで、モリーナ様の手を取ろうとした。
その時、私は勢いよく立ち上がると、第一王子に蹴りを入れた。
そして、動きにくいハイヒールを力一杯ガストンと執事に投げつけると、モリーナ様の手を引いて走った。
迷路のような内部で私は必死に走る。
普段、スカートなんかはかないから足に纏わり付く上に、コルセットが辛い!
モリーナ様はあまり走る事がないのかスピードが上がらない。
長い廊下に出た。
廊下にはいっぱい部屋がある。
どこの部屋も開かないが、リネン室の扉が開いた!
私はモリーナ様の手を引いて駆け込む。
リネン室は沢山の棚にわかれており、書庫のような造りだった。
私は、部屋の一番奥に進むと、下段のリネンをどかし、そこにモリーナ様に入ってもらった。
そして小さな声で
「何があっても私が来るまではこのシーツを被っていて声を出さないで」
と言うと、モリーナ様の返事を聞く前にシーツを被せ、どかしたシーツをモリーナ様の上にのせた。
そしてリネン棚の間の通路に出た。
「いたぞ!」
と声がして執事が私を見つけた。
「モリーナと別々に逃げたのかな?モリーナもすぐに見つかるだろう…
しかし病弱なご令嬢の割には逃げ足が早いな。」
私は、棚のシーツを投げつけたが、執事とガストンに挟み撃ちにされた。
そんな私を押さえつけようと第一王子は足首を掴もうとしてくる。
私は大声を出して暴れた。
と、扉が開く音がして数人の足音がした。
「何をしている!」
声の方を見ると、王族の服を来た男性が立っていた。
その後ろには見覚えのある男性と、騎士服を着たガッチリした男性、そして兄がいた。
私は兄を見たら安心したのかポロポロ涙が溢れた。
ガッチリした騎士が3人を縛り上げる。
「プルイット…なぜお前がここに…」
第一王子はうめく様に言った。
「お前の行動が怪しかったから見張っていたんだ!これでお前の王位継承権は無くなったな…」
第一王子は睨むように私を見だが、後からやってきた騎士達に引きずられていった。
私は兄に声をかけられたが返事をする気力がなく、体を引きずるようにしてリネン室の奥に向かった。
そして、
「モリーナ様、もう大丈夫ですよ」
と声をかけ、ゆっくりシーツをどかした。
シーツの中では声を殺して泣いているモリーナ様がこちらを見た。
そして私の顔を見ると安心したのか抱きついて声を出して泣いた。
しばらく動けずにいたら、あの体の大きな騎士様に案内されてリネン室にミリエラが来てくれた。
ミリエラは私達を抱きしめてくれて、背中を撫でてくれた。
そして、騎士様を見て、
「2人のお嬢様を見つけてくれてありがとう!やっぱり貴方は頼りになるわ」
と話しかけていた。
リネン室から怖がるモリーナ様を説得してなんとか馬車までお姫様抱っこしたのは、なんと兄のロレンスだった!
私も立ち上がろうとしたがうまく足に力が入らない。
すると
「忠告は役にたった?」
と王族の服装の男性が話しかけてきて、私を抱き上げてくれた。私は、なんのことかわからずに黙っていると
「毎日、葡萄を買う八百屋で忠告を聞いたでしょ?」
というので、よく見ると、あの八百屋の青年だった。
青年の後ろを歩く男性は、ガストンと共に手紙を持ってきた使者だった。
「後ろの人、見たことあるでしょ?ガストンを見張らせるために私が送り込んだ私の執事だ。」
そう王族の服を来た男性はちょっと笑うと
「八百屋では名乗らなかったけど、私はプルイット。この国の第二王子だ。」
と言われた。
八百屋の青年は王子様だった…
「しかし、あれだけ暴れたのによくウイッグ落ちなかったね。実はあの短い茶髪がウイッグなの?」
と笑いながら聞かれ、私は赤くなった。
次の日、何事もなかったかのように私達は街屋敷を離れた。
昨日の一件は表沙汰になると、モリーナ様とカサンドラの名誉が傷つくため、内密に処理された。
第一王子はもう表舞台には出られないだろう…。
1ヶ月もすると、悪い夢でも見たような気がしているが、モリーナ様から毎週のように手紙が届くので現実だったようだ…。
あの一件から私たちは大親友になった。そして嬉しい事に、モリーナ様は兄と婚約した!
公爵家に我が家の資金繰りを説明して辞退しようとしたが、モリーナのお父様は、それくらい気にしないと言って、信頼できる会計士を派遣してくれた。
もう一つ、嬉しい事は、ミリエラは、あの悪夢の夜に私達を助けてくれた騎士様と、婚約したそうだ。
2人は以前からの知り合いだったようだが、2人の恋物語はまた別のお話…。
私はと言うと、第二王子から毎日のように葡萄が届く。今日は第二王子が自ら葡萄を持ってきた。
ただし、八百屋の格好で…。
「いつになったら、この八百屋と執事ごっこをやめて、王子とご令嬢として接してくれるの?」
とお姫様抱っこをされて、今私の執務室にいる…