8 師匠の過去
武器を装備できた。
生まれて初めての経験だった。
そしてその結果、いきなりダンジョン40,000層がヌルゲーになった。
というのも、このイコン・ヴェーダとかいう槍、槍の皮を被った魔法砲台とも言うべき代物で、敵の索敵範囲外からの一方的な魔法攻撃が可能なのだ。
なので俺はただいち早く敵の存在を察知して、遠くから攻撃スキルをブッパするだけでいい。
「【黄金世界】」
スキルを発動すると、俺の前方に魔術による半透明のスクリーンが出現する。
俺がスクリーンを通し遠方で点在している敵たちを捕捉していくと、スクリーン上の敵にロックオン表示が成されていく。
最後に槍の先に光が収束するので、それが無数の魔弾に変化したら、槍を突き出せば良い。
ドドドンドドドドドド――――!
すると魔弾がロックオンした複数の敵にいっせいに飛んでいく。
さすがに一撃で撃滅することは出来ないが、それでも体力の半分は削れているので、なんだなんだと混乱し右往左往しているそいつらに黙ってもう一度ブッパすればそれで仕舞いだ。
「驚くほどの成長ぶりだね、ヴァンくん」
後ろから見ていた師匠がそう呟いた。
「これもそれも、師匠のおかげですよ! ありがとうございます!」
俺はすっかり浮かれていた。
だって俺が、この俺が、超一方的に数多のモンスターを今葬ったんだぜ?
あのスライムすら倒せなかった、否、ボコられてすらいた、この俺がだ。
「嬉しそうだね」
「はい!」
元気よく頷く。
「…………あれ?」
かつての緊張感はもはや俺にはない。
なので今になってふと、一つのことに気がつく。
「そういえば師匠、その姿って……」
師匠は最初に俺と出会ったときのあの、歪な複合体のようなモンスターの姿になっていた。
思い返せば、このフロアでの戦闘時にはずっとその姿であったような気もする。
緊張するあまり、今まで気がつけていなかったけど。
「ふふふ、今さらだね。ヴァンくんもかなり緊張していたようだ。この姿は……今の僕の本来の姿なんだ。人型の方が、偽もの。かつての僕の姿をスキルで投影しているだけだ」
「師匠はそんなスキルも持っているんですか?」
「いや、正確には僕のスキルではなく、この身体のどれか、左腕か、脚か、肩か――どれだったかは忘れたが、それらのいずれかのモンスターのスキルだ。この身体は、このダンジョンの深層に住まうモンスターのからだをつなぎ合わせて作ったものなんだ」
「もしかしてそれが、さっき昇降床のところで言っていた、”代償”というやつですか?」
「勘が良いね、その通りだ」
師匠は嬉しそうに頷く。
「僕が、このダンジョンの深層を、今みたく問題なく進めるようになったのは、実は結構最近のことなんだよ。とりわけ最初は、かなり苦労した。一度死にかけてもいるしね。生き残れたのは、本当に運が良かったとしかいいようがない。そりゃあそうだ。キミと同じく、無能で、第七のステータスの存在も知らなかったのだから」
そう言って肩をすくめると、彼は手近の岩に腰掛け、その時のことを語り出す。
※※※
前にも言った通り、僕は事故でここに転送されてきた。
だから、目覚めたとき、今いるこの場所がどこなのかまったく分かっていなかった。
実際、後の42,211層ではじめて転送装置の操作盤の表示で階層数を知ったときはかなり驚愕したよ。
まあそういうわけだから、危険な場所だとはつゆ知らず、近所を散歩するかのように無防備に彷徨った。
その結果、僕はまたたく間にモンスターとエンカウントしてしまった。曲がり角で鉢合わせしたんだ。
忘れもしない――
それは巨大なミノタウロスだった。
牛の頭をした、巨大な化け物。
奴はこちらを見た瞬間、迷わず掴みかかってきた。
両肩を鷲掴みにして、持ち上げ、そのまま両腕を胴体から引きちぎった。
そのまま地面に放り投げ、今度は両脚を掴み、やはり引きちぎった。
またたく間に僕は、戦う力と、逃げる力、その両方を削ぎ落とされていた。
よだれを垂らしながらそれは僕を見下ろし、満足げに口を開いた。
頭から齧り付くつもりらしかった。
どうやら、生きたまま頭から齧るのが好きであるらしい。
それを安全に堪能する為に、両手両脚を先に削ぐのだ。
視界いっぱいに、けだものの大きく開いた口が広がった。悪臭がどんどん近づいてくる。
死んだと思った。
それも想像し得る中で最悪の死に方だった。
目に涙を溜めて、目をつぶりそうになったその時――
どういうわけか、いや、幸運としかいいようがないのだが、僕たちの横を、一匹のゴブリンが通りかかったのを見た。
ミノタウロスも動作を止め、それを目で追った。
ゴブリンはその殺気に気付き、かけだしていく。
刹那、ミノタウロスは考えたようだった。
そして次の瞬間、僕を放り投げて逃げたゴブリンを追いかけた。
――そう。
もう僕に余力はない。だから、ここはゴブリンを追うのが賢い選択だ。
ミノタウロスは恐ろしく怪力であるが、同時にとてつもない敏捷性も兼ね備えていた。
だからゴブリンはあっという間に追いつかれ、そしてやはり両手両脚を引きちぎられた。
ミノタウロスはそのままゴブリンを先に食べることにしたらしい。
大きく口を開けて、ゴブリンの頭蓋にかじりついた。
僕は少し離れたところから、その様を傍観していた。
自身にもすぐやってくる未来を、ボンヤリと眺めていた。
ゴブリンは泣き喚き、そして――
僕を見た。
すがるように、僕を見て、そして目があった。
その痛みと苦しみと憎しみと悲しみが――その感情が、全て手に取るように分かった。
僕は彼の最大の理解者で、彼は僕の最大の理解者でもあった。
だから、その瞬間の彼が一番なにを理解しているのかも分かる。
そう――
せめて、食われたくはない――と。
もっと、マシな死に方を――と。
僕は叫んだ。
彼を解放してあげたいと思った。
そしてそんな想いが通じたのか、その瞬間、僕の中に眠るスキルが発動した。
”液体の武器化”。
これは僕ら”大海の守護者”ならば誰もが使えるスキルであるが、僕は知っての通りの無能で、故に使えたことが一度もなかった。
というより、その時が最初で最後だった。
辺りに散らばっている緋色の液体――それが刃に変わり、ゴブリンに突き刺さる。
ゴブリンは息絶えた。
ミノタウロスは、首を垂らすゴブリンを見下ろし、興醒めだとばかりに立ち上がりこちらを見た。
それは殺意に満ちた目だった。
これでただでは死ねなくなったのだろうと恐怖したが、しかし僕は、ゴブリンの遺体に何かが輝いているのにその時気がついた。
それが――
※※※
「それがドロップアイテムだったんですね?」
俺は師匠の話に聞き入っていたが、そこでピンときて声を発した。
彼は頷いた。
「そう――それも九死に一生のレアアイテムだった。僕も先ほどのキミと同じで、そのゴブリンが初めの討伐だった。だから自身に隠された第七のステータスの効果も初めて目にしたわけだ。まあ、そうは言っても、キミほどずば抜けた内容のものではなかったけどね」
「どんなアイテムだったんですか?」
「”代償のくさび”という、消費アイテムだよ。とは言っても希少すぎるのか、地上では寡聞にして聞いたことがないけどね。使用すると、くさびが心臓に埋め込まれ、とあるスキルが使えるようになる」
「スキル……ですか」
「そう。自身のステータスを犠牲にして、対象の肉体を取り込みその力を己のものにできる、悍しいスキルだ。僕はそのスキルを発動し、ミノタウロスの全身を取り込んだ。元の身体を捨てて、牛の化け物になった。まあ、もともともう胴体と頭しか残っていなかったし、悔いはなかったけどね。しかもミノタウロスの身体はいたく強力だった。四万層でも敵を選んで慎重に立ち回れば、なんとか戦えた。攻略を続けながら、必要に応じて、各パーツの換装も続けた。生き残る為にね」
「そ、壮絶ですね……」
「ふふ、もはや良い思い出話だ。ちなみに今の僕のこの頭は、最初に僕を食い殺そうとしたそのミノタウロスのものだ。まだそれを使っている。というか、もうステータス値を全部使い切ってしまったから」
代償――
師匠も俺と同じでLUC以外はもともと全部Eだった。
そしてそれも生き残る為に、肉体の換装で使い切ってしまった。
今の複合モンスターとしての能力をステータスに換算できれば、それはもうとんでもない値に全部なるのだろうけれど、どうやら”くさび”は元の値しか参照できないらしい。
つまり師匠はもう、これ以上の肉体の換装は不可能なのだ。
永遠にその身体で生き続けることになる。
俺も、ここに来てすぐ、師匠に出会えていなかったら、いったいどうなっていたのだろう?
「最初に師匠が言っていた、師匠と出会えた俺は幸運であるっていうのは、そういうことだったんですね」
「そう――かつての自分のことがあるから、キミを僕と同じような目にはあわせたくなくてね。あわせずに済む幸運に、感謝の念が絶えないよ」
「それはこちらの台詞です。師匠に出会えて――いや、師匠が俺に手を差し伸べてくれたことに、俺は一生感謝するし、だから一生かけて恩返ししたいです」
「バカだねえ、必要ないよ。僕はキミがこれからもノビノビ生きてくれたなら、それで満足だ」
本当だろうか。
いや、本当ではあるのだろうが、望み自体はきっとある――そんな気がした。
「師匠は、もとの身体を取り戻したいとは……思いませんか?」
「思わないよ」
それは嘘だ。
師匠らしからぬ、嘘であると、その泳ぐ瞳を見て俺には分かった。
そもそも、師匠は、自分のようにしたくはないから、俺を助けたと、そう自分で言っていた。
(なにか、元に戻せる方法があったなら、その時は師匠に教えてあげよう)
俺は心の片隅に、そっとメモをした。
地上に戻ってからの目標がまたひとつ増えた。
読んでくださりありがとうございます。
次は明後日に更新します。
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