6 はじめてのスライム討伐
翌朝から、俺の特訓は開始された。
アジトから少し歩いたところにある転送装置を使って、いくつか上の階層へと移動する。
この地下ダンジョン”天の楼閣”にある転送装置は、”送信用”と”受信用”の二つがある。
送信用転送装置からは解放済みであれば全ての受信用装置へと転送が可能であり、基本的に受信用は全ての階層に一つずつ設置されていたとのことなので、これまで通過して解放してきた四万層から現階層までであれば、行き放題なのだという。
ただし、一方通行。
送信用はアジト階を除けば、42,211層にしか無かったとのこと。
「だから特訓は42,212層で行おう。終われば42,211に戻って、すぐここに帰ってこられるからね」
ちなみに42,211層のモンスターはもう根絶やしにしてしまった、とのこと。
送信用転送装置は、メタリックな円形の鉱石で、そこに立って横にある協会の魔術表示板のようなものを操作し転送先を選ぶ。
魔術が発動し、視界が光に包まれると、次の瞬間には選択した階層に着いている。
(すごい技術だ……)
地上では、なにかを瞬時に遠く離れた地点に移動させる行為(つまり”空間転移”と定義される魔術)はほぼ都市伝説レベルの奇跡に似たなにかであり、そうそうお目にかかれるものではない。
あるとすれば、こうしたダンジョン内のギミックである。
ダンジョンは誰がいつどうやって造り上げたものなのか未だに不明で、謎の多い危険な場所であるが、あらゆる国家がこぞって冒険者たちをその場所に赴かせることにはそういう理由があるのだ。
人智を越えた財宝の山――それがダンジョンなのである。
転送部屋から出て、しばらく進むと、突き当たりに転送装置に似た丸い床のある部屋に着く。
「ヴァンくん、ここから今日の特訓会場である、地下42,212層に行ける訳なんだけど、その前にしっかりと準備をしておこう」
「はい、昨晩頂いたアクセサリをを装備すればいいんですよね?」
「そうだ。まずはどれから……そうだね、会心の指輪でいってみようか」
この世界のアイテムには時として”特性”という特殊スキルが付くことがあり、それらは装備者に多大なる恩恵をもたらす。
原則、貴重で高ランクな装備にはそれだけレアで効果の高い特性が付きやすい為、高ランク装備は低ランク装備より秀でていることが多くなる。
俺は昨日のうちに、師匠からいくらかアクセサリを受け取っていた。
その中のひとつである剣のモチーフの指輪――”会心の指輪”をはめて、それから次に右腕のブレスレットに触れる。
すると目の前に魔術表示が表れる。
このブレスレットは冒険者協会より支給されるもので、装備することでその者の状態を分かりやすく解析してくれる。
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◎ステータス
STR《腕力》 :E
TEC《技術》 :E
INT《知力》 :E
CON《信仰》 :E
VIT《体力》 :E
AGI《俊敏》 :E
◎発動特性
【会心の心得】
◎所持スキル
なし
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協会ブレスレットのアナウンスでは相変わらずステータスに第七の項目は存在していない。
「安心していいよ、見込みどおりだ。キミは間違いなく、高いLUCを持っている」
しかし師匠は俺のステータスを眺めてそう告げた。
「なぜ言い切れますか?」
「ちゃんと特性欄に【会心の心得】と出ているだろ? その指輪の付与特製である【会心の心得】は、評価A以上の者にしか発動しない」
特性欄をタッチすると、特性の説明が表示される。
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【会心の心得】
***のA以上の者にクリティカル発生率を20%上昇、クリティカル時のダメージを30%増幅する効果を与える。
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「協会のシステムでは対応できず文字化けしているが、その***というのがつまりはLUCのことだよ。つまりキミのLUC値は少なからずA評価以上ということになる」
「俺が……オールEだと思われていた――思っていた、俺が……?」
「うん、Aだ。自信をもって良いよ」
「お、おお……おおおおお……!」
感動で視界が歪む。
「さて、それでは確証を得たところで、昨日あげたアクセサリを全部つけてみて貰えるかな」
俺は頷き、残りの二つも装備する。
詳細は以下の通り。
甲冑のような指輪――”カタビラリング”。
発動スキルは
【確率ダメージ無効】:***A以上の者の受けるダメージを20%の確率で無効化する。
【魔法弾発射】:被弾時、確率で反射魔法弾を発射する。
鉤爪のような指輪――”イブリースの囁き”
発動スキルは
【ID率上昇】:***A以上の者に、討伐時のアイテムドロップ率上昇の効果を与える。
【DIQ上昇】:***A以上の者に、討伐時のドロップアイテムの品質上昇の効果を与える。
これによる最終的な俺のステータス画面は次のようになる。
====================
◎ステータス
STR《腕力》 :E
TEC《技術》 :E
INT《知力》 :E
CON《信仰》 :E
VIT《体力》 :E
AGI《俊敏》 :E
◎発動特性
【会心の心得】【確率ダメージ無効】【魔法弾発射】【ID率上昇】【DIQ上昇】
◎所持スキル
なし
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「うん、ちゃんと全部発動しているね」
師匠が満足げに頷いた。
準備完了とばかりに、エレベータ床に移動すると、俺が乗ってくるのを待って、床にあるスイッチのような凸を脚で踏んだ。
すると床が、勢いよく下降をはじめる。
「その三つのアクセサリは僕がここで手に入れたもので、愛用していたものなんだが……、全部キミにあげよう」
「いいんですか?」
「いいよ。遠慮することはない。それに、今はもう使えない身の上となってしまってね」
「使えない?」
「そう、使えない。もはや僕ではそれらを使いこなせない」
「なぜです?」
問うと、彼はやや切なげな自嘲を浮かべた。
「今では代わりに別のを装備しているからだね。……その、まあ、なんだ、代償みたいなものだ」
そう言って、俺の背中にそっと触れる。
「つまり、やっぱりキミは幸運だということだよ」
「…………?」
「まあすぐに分かる。いや、思い出すと言うべきか」
俺たちを乗せて下がっていた床が、下層の天井を抜け、地面へと着地する。
さながら高原のようなフィールドが広がっていた。
天井は際限なく広がる青空のようであり、大地は生い茂る草原だ。
そして数多のモンスターが闊歩している。
「あいつにしよう」
師匠が近場のモンスターから一匹を選ぶ。
黒色のスライムだった。
昨晩、師匠から提案された特訓内容は、
①師匠がモンスターを瀕死に追いやる。
②俺がそれに止めを刺す。
というものだった。
こうすることで、LUCの恩恵を身を以て知る算段であるらしい。
何を隠そう、俺は未だかつて、モンスターを一度も、この手で倒せた経験がない。
なんたってオールEで、スライムにすらボコられるおそらくは世界最弱の男なのだから。
――「それではダメだ。まずは倒そう。そうすれば自分の力が分かるはずだ」
師匠はそう言っていた。
(信じよう――師匠を、自分を)
俺は気を奮い立たせる。
「ヴァンくん!」
いよいよ出番だ。
師匠の元に走って行く。
先ほどのスライムがへばっていた。
俺は落ちていたヒノキの棒を拾い装備して、そのスライムに近づいていく。
装備にはステータス制限が存在し、見合ったステータス値がないと装備しても性能を発揮できない。
なのでオールEの俺にはヒノキの棒などくらいしか使える武器がないからしかたがないのだ。
このような深層モンスターにヒノキの棒で如何ほどのダメージがはいるのかは不明だ。
(でもクリティカルさえひければ――)
ワンチャンある。らしい。
師匠曰く、クリティカルによるダメージ補正は+50%であり、単純加算である他バフ効果とは一線を画す増加量であるとのこと。
更に加えて、【会心の心得】の追加ダメージは、そんな一線を画すクリティカルに独立した計算式で+30%するという玄人冒険者なら分かる破格の効果であるとのこと。
よくわかんない。
でもまあとにかく、クソみたいなダメージしか出せない俺でも、クリティカルで攻めれば可能性はある。そう覚えることにした。
俺は思いきり棍棒をスライムに振り下ろす。
まだ死なない。
代わりに反撃をもらう。それを横にいてくれた師匠がなんとか防いでくれる。
ひやりとする。
当たれば即死であるらしいから。
師匠は強い。
けれど防御は得意ではないらしい。
加えて強すぎて、細かいダメージ調整も苦手としている。
だから、体力ミリ残しも限界があるのだ。
(怯えるな……やれ!)
俺は殴る。
避けられる反撃は頑張って避けようと思うがやはり無理で師匠に頼る。
殴る。
殴る。
殴る。
死なない。
まだ死なない。
「――――っ!?」
そこでスライムの反撃がとうとう俺に直撃した。
その体質がなせる柔軟すぎる攻撃に、とうとう師匠が対応しきれない時が来た。
(――――――――!)
覚悟を決める。
決めそうになる――!
でも諦めない。
諦めてなかった。
それが功を奏したのか、
――【確率ダメージ無効】
特性が発動した。
即死だったはずの反撃ダメージをゼロにする。
「神特性かよ……!」
思わず呟く。
そこで間髪入れずもうひとつ発動する。
――【魔法弾発射】
俺を死に追いやりかけたその本来のダメージを持った魔弾がスライムに放たれる。
「ぷにゃー」
魔弾はスライムへの止めとなった。
断末魔と共に、スライムは滅される。
「え…………」
俺は呆然としたが、遅れて喜びがやって来た。
「やった! やりました師匠! 俺! はじめて、スライムを倒せました!」
「うんうん、よくやったね、よくやったよ」
抱き合い、狂喜乱舞する。
「よし、じゃあそれを拾うと良い。キミのものだよ」
やがて師匠の言葉で俺はスライムのいた地面を見やる。
そこにはドロップアイテムが落ちていた。
「一度で落ちるか。さすがはヴァンくん、幸運だ」