5 ドラゴンのハムステーキとBLT
「ようこそ、僕のアジトへ」
師弟の契りを結んだ後、案内したいと言って師匠が連れてきてくれたのは、ダンジョンのど真ん中に築き上げられた居住空間だった。
椅子やベッド、それにお風呂に暖炉に囲炉裏なんてものまであって、しかもところどころから間接照明でお洒落にライティングされたりもしている。
なんと言うか、むしろ俺の実家より充実した生活空間だ。
「すご……」
「ふふふ、驚いたかい? この階はここらでもかなり便のいい階層だったから、しばらく腰を落ち着けようと思ってね、ちょっと前にこうして作って住み着いていたんだ。それが功を奏した。キミを床の上で寝かせずにすむからね」
得意げに、そして心底ホッとして、「これも僕たちの幸運のおかげかな?」と言いながらヴィシスは囲炉裏に火をいれた。
「でもそこから落ちないようにね。風が気持ちよくて、おまけに開放感と眺めも良いのでここにしたんだが。今思うと安全性はイマイチかもしれないな」
このアジトは、通路の突き当たりで側面が奈落となっている部分をテラスのように加工した、さながら突き出しの展望台の如き様相の場所に設けてあった。
なので彼の言うとおり、下の奈落からは終始風が吹き上げてきているし、四方は壁に閉ざされていない故にダンジョン内とは思えない開放感と展望がある。
正直下の奈落を覗き込むと吐き気がするくらい不気味で怖いけど、それを帳消しにするほどの最高に気持ちの良いロケーションであることは間違いない。
「ここらのモンスターは駆除し尽くしてしまっているから、明日からのヴァンの特訓には、別の階層を利用することになるな」
特訓――ワクワクする言葉だ。
師匠はそんな俺を見つめ、そっと天使的に微笑む。
か、かわ――!
いや、気をしっかり持て。ゴリマッチョボイスを思い出すんだ! ソレは開けてはならない扉だ! 堪えろ! ゴリマッチョを思い出せ!
俺は戒めの言葉で気を引き締めた。
「うん、どうやら大丈夫そうだね」
師匠は俺の変化を見て、感心して頷く。
「もしや僕がいるから安全だと高をくくり、弛みきっているようなら、ここは危険な場所なのだとお灸を据えて思い出させる必要があるかも――と、そう思っていたんだけど、その面持ちを視る限り平気そうだね。まるで今もなにか抜き差しならない危機に瀕している真っ最中であるかのような、そんな顔をしているよ。緊張をまったく途切れさせていない。さすがだね、ヴァンくん」
「う、うっす、恐縮っす」
なにかとんでもない誤解でいたく感心されてしまったが、良い機会なので本当に今一度、緊張感を思い出そう。
しばらくすると、あたりがうっすらと幻想的に、青白く輝きだした。
「飯にしよう」
それを見て、師匠はそう言った。
なんでも、このダンジョン内の大気中には微生物が多数含まれているとのことで、彼らは夜になると青白い光を発するのだという。
つまり今は夜になったのだ。飯時なのだ。
「腹減ったろう? 今日はとびきりのコレを振る舞おう」
師匠は、なにやら鱗の皮を持った巨大な肉の輪切りを壁から取り外し、それから右手に短剣を持つと、肉を分厚くスライスし始める。
「46,899層にいた、炎獄熾翼石竜のモモ肉――それの塩漬け燻製だ。かなり前から寝かしてあった自慢の一品さ。かなり美味いはずだ」
得意げにする師匠。
実際彼の切るその肉は見るからに美味そうだった。
ぶっちゃけ実家で食うメシより豪華と言える。
我が家では、夕食で肉が振る舞われることは一度も無かったからな……。
魚はあるけど。
うちの父親が漁師だから。
肉は高価な食材なのだ。
「だからこれが俺にとって人生初となる肉料理ですね」
「ええっえー!? そ、そうか、……なんか責任重大で緊張してきたよ。ならより一層美味しく仕上げなくてはいけないね」
師匠は衝撃の事実にゴクリと唾を飲み込み、いたく真剣に料理をはじめた。
囲炉裏に鉄板を敷き、分厚く切った肉をのせてシンプルに、しかし丹念に焼き上げる。
その合間に床板の一枚を外し、中からパンとハーブレタスと土イチゴを取り出すと、それで肉を挟んで皿の上にのせた。
既にむっちゃ美味そうでよだれが止まらない。
「ていうか、このダンジョン、ドラゴンなんてものまでいるんですか?」
ドラゴンはもし地上で一体でも現われようものなら、世界危機級と認定されて一致団結して討伐にあたることになる、超強力モンスターだ。
「まあね、小さめの奴ならわりとどこにでも、たくさんいる。炎獄熾翼石竜みたいな超弩級は9の倍数層だけだね。だから昔は、しっかりと準備して挑めるように今の階層をキチンと数えていたりもした」
今は成長してそれほど身構える相手でもなくなったので、五万を最後に数えるのをやめたとのことだ。
そういえば壁に記してあった数字は、”50???層”だった。
「できた! さあ、いただこう! キミの口に合うと良いのだが」
巨大なステーキと、ベーコンハーブのサンドイッチが目の前に並んでいる。
「ああでも、その前に」
師匠はそう言うと、胸の前で手を結び、真摯に瞳を閉じ、そして何ごとかを口の中で唱えだした。
「ありがとう、我が友よ。無念なる我が同胞よ。きみの悲しみは今日も僕が背負う。だから安心して、せめて美味しく食われるが良いよ」
「え、……このお肉って、師匠の友だちなんですか?」
ドラゴンの友だち?
「いいや、違うよ。ただの行きずりのドラゴンだ。純粋なる敵。……まあでも、どうもね、相手の気持ちになると、やりきれない気持ちになるというか……せめて祈って真摯に食べてやらないとと思ってしまってね」
「ふうん?」
もしかすると師匠はとても信心深いのかもしれない。
せっかくなので、敬愛する師匠にならって僕も同様に祈っておいた。
「いただきます!」
サンドイッチを一口頬張る。
ハーブの香りがスパイスとなって、肉の臭みを消し、うまみを引き立てている。
次にステーキを切って口に入れる。
噛めば噛むほど肉汁が溢れ、口の中でとろけていく。
「どうだい?」
温かい、しかし心配そうでもある視線で師匠が訊いてくる。
俺は顔を上げて、
「めちゃくちゃ、……めっちゃくちゃ、美味いです!」
と素直な感想を述べた。
「それはよかった」
「これが肉の味なんですね! こんなに美味いものだったとは」
「そうだね、これは超弩級ドラゴンの肉だから、尚更かもね」
師匠は微笑ましそうに頷いた。
「ただ……」
「ただ? ……ただ、なんだい? もしかして臭みが抜けていなかった? 味付けがよくなかったかい? なにか気に入らないところでも――」
「ああいえ、そうではなくて、とっても美味いです! 文句のつけようもなく。だから……それだけに、地上の家族や友だちにも、食べさせてあげたかったなーって」
ちょっと思ってしまった。
家でのみんなの笑い声や笑顔を、思い出してしまった。
「う、うう……キミはいい奴だねえ……。うう……」
なぜか師匠はじーんときてしまったようで、少し泣き出した。
「それなら、地上に戻るとき持ってあげるといいよ。僕のこの燻製と……あと、そうだね、仕留めたての鮮度百パーセントの超弩級ドラゴンの肉もたーんと持って帰れば良いさ」
「それって……」
彼は頷く。
「そう、キミが仕留めるんだ。やれるはずだよ。それが出来たら合格だ。特訓は終わり。それを土産に、地上に戻って、冒険者になれば良い」
「ここから、すぐに地上に戻れるんですか?」
「ああ。言ったろ? この階は”便が良い”って。転送装置がある。それは解放してあるから、一方通行ではあるがすぐに地上階に戻ることは出来る。|全てがすんだら《強くなって土産が出来たら》、そこから帰ればいい。それまで、ここで一緒に頑張ろう、ヴァンくん」
「はい! 師匠」
強くなる。
あと、家族と友にとびきりの食肉をこの手で持ち帰る。
目標が出来た。
書いていてお腹のすく回でした。
読んでくれてありがとうございます。
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