4 冒険者になれる?
突然俺の目の前に現われた合成獣は、その黒い獣のような右手をこちらに向けると、
「ロケットパアーンチッ!」
と叫んだ。
合成音声のようないびつな声だ。
すると次の瞬間に、右拳が発射され、本当にロケットみたいに飛んでくる。
「うわっ――えっ?」
思わず身を屈めるが、それは俺の横を通り過ぎ、まっすぐスライムに直撃した。
ドオオオオオ――
と、予想に反しもの凄い地響きがして、スライムは消滅する。
「す、すげえ……」
あの化け物みたいなスライムが一撃である。
「無事かい?」
合成獣がこちらに近づいてきながらそう問う。
どうやらとりあえず敵ではないらしい。
――が、見た目が見た目なだけに、それが人語を操り接近してくる様は相当な恐怖を伴った。
「危ないところだったね。こう言ってはなんだが、ここはキミのようなか弱い者がいて良い場所ではないよ。そもそもどうやってここまで来れ――……うん? ああ、そうか、そうだね怖いよね。いや、誰かと話すのは久しぶりだからすっかり勝手を忘れていたよ」
俺の様子で何かに気がついたらしい合成獣は、「ちょっと待って」とこちらに手をかざすと、次の瞬間にはあっという間に人間の姿に変わる。
そちらが本来の姿であるらしい。
打って変わって、まるで水晶で出来ているかのような、麗しい容姿の女性である。
まさか女性だったとは。
先ほどまでの異様で歪すぎる見た目からのギャップがすごい。
「はじめまして、僕の名前は”ヴィシス”、種族は”大海の守護者”だ――……うん? どうしたんだい? そんなポカンとした顔をして」
「ああいえ……、ただ、もしかしてヴィシスさんって男性の方なんですか?」
人型の姿になり、先ほどまでの合成音声から解き放たれた”彼”の声は、たいそう低くて渋い、いぶし銀でクールな男らしいものだった。
たとえるなら、筋肉マッチョでスキンヘッドの鍛冶職人してるオッサンみたいな。
見た目、どこかの壮大な物語に出てくるヒロインでもおかしくない美麗なエルフ的ななにかなのに……。
「もちろんそうさ」
「ですよね、知ってました」
まあしかし、俺は鍛冶屋のスキンヘッドの筋肉オヤジも、美しいエルフヒロインもどっちも好きなので、何の問題も無い。
あとアルビノンと言えば、かなり高ランクの上位者だ。
「俺はヴァン・ダインといいます。助けてくれてありがとうございました」
「いや、いいよ。ヴァンくん、でもどうしてキミはここに?」
俺はわけを話した。
「…………なるほど」
全てを聞き終えると彼は、しみじみと頷き、こちらに顔を寄せてウルウルとした瞳でジッと見つめてくる。
見た目は正統派ヒロインなので危うくドキリとしかけたが、すぐにその口から漏れ出すガチムチボイスで目が覚める。
「どうやら君のことを、一発で好きになってしまったようだ」
間違えるな、ガチムチボイスだからな。
「近いです」
「ああいや、……うん、なんだろう、親近感がわくというか、他人のような気がしないというか。そういう意味だよ」
ヴィシスはハッとして身を退くと、弁明のように告げて手を振った。
「というのも――僕も二年前に、同じような目にあったばかりだったから」
その台詞を聞いて、俺は、自分の中の記憶が一本の線に繋がったのを感じた。
フレイアが言っていたことを思いだしたのである。
――”あたし達の中にも、昔アンタみたいなのがいたのよ。無能が。案の定、そいつは、すぐに死んだ”
もしかしてそれは、この人のことなのではないか?
その旨を訊ねてみると、彼はあっさりと首肯した。
「そうか、噂になっているんだね。たぶんそのサラマンダーが言っていたのは僕のことで間違いない。上位者で”無能”なんて呼ばれるのは、後にも先にも僕だけだろうから。そうか、やっぱり死んだことにされているんだね」
「無能と呼ばれていたんですか」
種族評価の高いアルビノンの中にも、いくらか個体差は存在するのか。
「うん、そう。ステータス評価はオールEだ」
「まったく同じですね」
言うと、彼は「ふふ」と親しみ深く笑った。
「だから僕も、マッチング相手にキミと同じで暗殺されかかってね。それで偶然生き延びて偶然このダンジョンの転送装置で深層送りにされたってわけだ。まあでも、僕が転送されたのは四万層階だったけれど」
同じ境遇を味わった彼が不憫すぎて、シンパシーで苦しくなる。アンタもつらかったんやな……。
うん? ……でも、四万? ここより一万も下だ。
「どうやって生き延びてきたんです? しかもどうやって一万も……?」
「自力で生き延びて、自分の脚で進んだんだよ、二年かけて一万層ぶん更に潜り、今はここってわけだ」
「でも……?」
俺と同じでオールEの者が、さっきのスライムみたいな化け物がウジャウジャいるこの深層をどうやって生き抜いたというのだろう?
彼はこちらの意図を察して笑う。
「”運”が良かったんだ」
謙遜の言葉かとも思ったが、どうやら違うようだった。
「つまり、僕はずば抜けて”LUC”のステータスが高かったようなんだ。それによりここまで生き残って来れた」
「……ステータスに”LUC”なんて項目は無かったはずですが」
協会によって定められる冒険者及びその候補生に対する評価項目は、
STR
TEC
INT
CON
VIT
AGI
の六つ。
そして俺はそのいずれもが最低評価の”E”である。
「協会が評価対象としていない七つ目のステータスが実は存在する。マスクデータってやつだね。このクラスのダンジョン階層を一万階進んだぼくが言うのだから間違いがない。LUCはたしかに存在しており、本来なら評価に値するステータス項目だよ」
「具体的に、LUCが高いとどういうメリットがあるんですか?」
訊ねると、彼は黙ってもう一度俺に顔を寄せた。
そうしてフッと笑む。
とても綺麗すぎる笑顔だ。
か、可愛いすぎるぜ……。
「あの、黙って顔を近付けてくるの金輪際やめて貰えますか?」
「えっ……、なぜだい?」
よく分からない扉が開けてしまいそうだからだ。
第七のステータスに話は戻る。
「LUCについて口で説明しても良いが、もしかするとキミなら、その身を以て知ることも可能かもしれない」
「どういう意味です?」
「キミも僕と同じく、高LUCのステータス持ちなのでは? という意味だ」
「その根拠は?」
「この階層に飛ばされてきたことが何よりの証拠だよ」
せっかく生き延びたというのに、そこが五万という人智を越えた難易度の階層だったというのは、お世辞にも幸運であるとは言えない気もするが。
「違うね、間違った認識だよ。キミは五万層に来たんじゃない。僕のいる場所にやって来たんだ。あの転送装置は全階層からランダムで一つを選び転送する仕組みになっている。しかも1~10階層までが極めて出やすく、11からは確率が天文学的劇的さでどんどん下がっていくので、それ以上の階はまず出ないと考えていい。だからその中で五万を引くなんて奇跡だ。神でも引けない奇跡の数字だ。逆に言えばそんな五万階にいる僕は自らここを出ない限り、他の誰にも出会うはずがない人間であるとも言える。そしてキミはそんな僕への切符を一発で引き当てたわけだ」
なげえ、説明長え。
でもたしかに、そう長々と説かれると、自分がもの凄い運の持ち主であるような気がしてくる。
それが幸運なのか、悪運なのかは、微妙なところだけど。
「幸運だ。間違い無くね。ことキミに限って言えばそれは間違いない。キミにとって、僕に出会うということは、そう断じてしまえるだけの価値のあることだよ。この世界で高LUCの仕様を熟知している者はそういない。まあ、LUC特化者も同じくらいいないから仕方のないことだがね」
つまり――とヴィシスは結論を述べる。
「キミは冒険者になりたいのだろう? ならば僕の知識は役に立つ。是非、僕の元で学んでいきたまえよ。僕ならキミを強くしてあげられる。少なからずここで生き抜くくらいの力はね」
「ホントですか!?」
俺でも、強くなれる?
「ああ、間違いない。なぜなら僕が言うのだから。かつてキミのように全てのステータスで最低評価だった、この僕が。その上で、二年間ここで生きぬいてきたこの僕が」
「でも、いいんですか? 足手まといになるんじゃ……」
ヴィシスは力強く頷いた。
「むしろ大歓迎だ! 言ったろ? 僕は既にキミのことを好きになってしまっている。他人の気がしないのだと。まるで過去の自分を見ているかのようだ。だから、そんなキミと一緒にいられるなんて、力になってあげられるなんて、この上ない幸せだ! むしろこう言ってしまってもいいかい? 是非キミの力にならせてくれ――と」
「はい……はい、是非、是非ともお願いします……!」
三度目。
思えばこれは、冒険者への三度目の希望だった。
一度目はフレイアとマッチングしたとき。
そして二度目はその夜、フレイアに握手を求めたとき。
そのいずれも簡単に打ち砕かれてしまっていたが、
「ヨロシクね、ヴァンくん!」
「はい、こちらこそよろしくお願いします! ヴィシス――師匠っ!」
三度目の正直。
天使の顔したガチムチ声の師匠の手を堅く握りながら、俺は今度こそ冒険者になれるのかもしれないと――そんな明るい予感を感じることが出来ていた。
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