1 俺の相棒(仮)
全土にモンスターやダンジョンが溢れ、人びとは築かれた城砦の中で生活をしている世界。
故に、国家の領土拡大は人類にとっての最優先事項であり、それを可能にする冒険者たちは国民の希望であり誇りだった。
――が、しかし。
そうは言っても、冒険者ならば皆が皆、称賛され、誉れとされるわけでもない。
当然、冒険者自体にもランクというものが存在する。
冒険者の仕事の性質上、ランクは主にその者の戦闘力で決まる。
そしてその戦闘力はおよそ以下の二つのクオリティで決定する。
ひとつ目が当人の資質。
そして二つ目が、ペアとなる上位者の能力だ。
上位者とはつまり、人間以外の優れた他種族のことだ。
ペアとなった者同士は固い絆で結ばれ、冒険の心強い相棒となる。
さらに多くの上位者は、人間にはない特殊なスキルを持っている為、それらを伝授してもらえることすらある。
マッチング相手は成人の日に執り行われるマッチングの儀において、冒険者協会が有する魔術計算知能が様々な条件を吟味の上で公正に決定している。
原則として本人の特性にあわせたマッチングになりやすく、必然的に強い者は強い上位者を充てられる。
そしてその逆――
つまり弱者が強力な上位者とマッチングするということは極めて稀である。
――そういうことだから、
戦闘ステータスが協会史上最低である”オールE-”の俺には、当り前のように弱い上位者がマッチングするのだと、自然とそう考えていた。
自他ともに。
今朝、幼馴染みにも、
「せめてスライムくらいは倒せるペアだと良いねっ」
ってすんごい笑顔で言われた。
それで
「マジそれな」
って俺も普通に同意した。
ちなみに俺はスライム相手にも瀕死になれる男だ。
スライムはこの世界の最弱モンスターであるので、このままそれすら倒せない状態が続くとなると、本気で冒険者稼業は廃業とせざるを得ない。
だから――そう、マッチング相手について俺は願った。
スライムを倒せる逸材であるように――と。
我ながら低すぎる志であるが、残念ながら至極妥当なラインだったのだ。
なのに――
成人の日。
マッチング部屋で、カーテンの開いた先にいたその相手は――
「まあ、素敵な殿方……! はじめまして。私、名をフレイアといいます。種は北方の業火の化身です。あなたが私の相手ですね? どうぞ、よろしくお願い致します」
「サ、サラマンダー……――!?」
「はい、そうです。……あら、そんな顔をされて、どうしました? もしかして私なぞが相手でがっかりしてしまいましたか?」
「まさか!」
そんなわけない。
むしろその逆だ。
サラマンダーといえば、北方の大地では四大神のひとりとして数えられるほどの名高い上位種であり、その種族評価は最上位帯の”S+”だ。
人間の中で最低位評価の俺とはまさしく天と地ほどの格差がある。
(なにかの間違いじゃないのか――!?)
俺はマッチング部屋の中央にある魔術表示板を確認する。
しかしそこには間違いなく明記してある。
ヴァン・ダインとサラマンダーのフレイアがマッチングされたのだと。
つまりこれは協会のコンピューターがたたき出した結論であり、確定事項であり、夢じゃなく現実であるということだ。
「奇跡だ……」
奇跡が起こった。
まさか俺がサラマンダーとペアになれるなんて。
間違いないと分かって、ふつふつと、喜びが遅れてやってくる。
「よかった」
泣きそうになった。
これで、冒険者を続けていける。
サラマンダーが一緒にいてくれるのならば、少なからず、廃業はあり得ない。
だって、もう――
「スライムだって倒せるんだああー!!!!!!!」
「……え? スライム?」
燃えさかる炎の如き紅蓮の髪と輝く明星の如き黄金の瞳をもつフレイアは、突然叫んだ俺に首を傾げていた。
可愛い。
人間世界の基準で評するならば超絶純真正統派美少女だ。
清純で優しいに違いない内面が、容姿にまでにじみ出ている感じだ。
そんな彼女が、絵画芸術から飛び出してきたかの如き微笑をたたえながら、朗らかに問う。
「うふふ、ヴァンさんって、とっても愉快な方なのですね。そんなにはしゃいで、見ていると私も楽しい気持ちになってきます。それで、”スライムだって倒せるんだあー”って、いったいどういう意味なんですか?」
「あはは、いや、俺のことは是非ヴァンとだけ。照れますね。スライムのは、言葉の通りの意味です。いやあ、お恥ずかしながら俺、これまで生きてきてスライム倒せたことがなくって」
「うふふ、またまたご冗談を。ほんと楽しいお方」
「あはは、いやいや、ホントなんですけどね? でもこれからはフレイアさんが相方だから念願のスライムも楽々倒せちゃうなーって思わずガッツポーズしちゃって。いやーでもはしゃぎすぎたかな? 今思い返すと恥ずかしいですね!」
「うふふうふふふ、またまたまたまた。スライム倒せない人類なんてこの世に存在しませんよぉ、もぉーいやですわぁ、うふふふ」
「あはは、そうですよねーそう言いますよねー? でも倒せないんですよすみませんー。これから頼りにさせてもらいますうーあははは」
「うふふふふふ」
「ああはははは」
そこでピタリと、フレイアは止まった。
「……え、マジなの?」
彼女はパチクリとした。
「うそでしょ? スライムって、あのスライムよ? あのスライムのことよね? あの、青くてぷにぷにの。あ、もしかして違った? 私の知らないすッッッごいスライムがいたりした?」
「いえいえ、そのスライムですよ。青くてぷにぷにの」
あ、真顔だ。
フレイアさんが真顔になった。
「はあああああああああああああああああああああああああ!?!!!!?」
「え、どうしました?」
な、なんかフレイアさんの雰囲気が急に豹変した。
「スライム倒せないって、どゆことなの!? それあり得るの!? アンタそれもはや人間失格なんじゃないの!? だってアイツアレよ? ろくな攻撃力もないし体力もないしたぶん世界最弱よ? てことはアンタ世界最弱以下ってことになっちゃうわよ? スライムの攻撃なんて蚊に刺されるより微弱なんだからひたすら殴ってれば終わりじゃない!」
「いや、スライムの攻撃力を舐めてかかると痛い目にあいますよ。俺なんていつもボッコボコにされてますから!」
「いや、ぼこぼこって……どうやればスライム相手に可能なの……?」
「どうやってというと……?」
彼女は目眩がしたようにクラクラとして、つと訊ねる。
「あんた、ランクはいくつなの?」
「ブロンズです」
「ブッ――! ロンズ!?」
”ブ”のところで盛大に吹き出され、俺はそれによる唾を顔の全面に受けた。
「えと、協会による各ステータスの評価は?」
「オールEです!」
「え? Eってなに? 聞いたことないんだけど。あっもしかしてSpecialの上に実はExcellent的な何かがあったってこと?」
「いえ、普通にDの下にあるのがEです」
「え、ごめん。Dも聞いたことない。最低ランクってCでしょ? ならDはやっぱりSの上? Diamond的な? でExcellentはその下なのね?」
「いえ、Cの下が普通にDで、Dの更に下がEです。最低ランクはCではなくEです」
あ、フレイアさんがまた真顔になった。
あと、今度はこめかみがピクピクとしだした。
「てか、なんでアンタさっきからそんなにも誇らしげにしてられるわけ? 恥ずかしくないの? あんた最底辺ってことなんでしょ? 普通とっても言いにくいことだから申し訳ない感じにならない?」
「いえ、フレイアさんはこれから俺の相棒になる人ですから。今さら恥じても仕方ないと思いまして! 全てをさらけ出してしまおうかと! 全てを!」
「……目眩がしてきたわ」
「先ほど道ばたの草を煎じて作った頭痛薬がここにありますが、飲みますか?」
「……アンタ、もしかして頭痛持ちなの? 常備してるの?」
「そうです」
「てかなんで道ばたの草で作っちゃうの? 普通に薬師屋さんとかで買えばいいじゃな…………いえ、ちょっと待って、嫌な予感がする。もしかしてアンタ、特権階級ですらなかったりする? 家柄は? ご両親の身分は? なにされてる方なの?」
「父は漁師で母はウェイトレスです!!」
元気に述べる俺に、彼女は頭を抱えた。
「クッッッッッッソッ!!!!! コイツくっっっっっっっっっそモブいんですけどおおおオオオッッッ!!!!!!!!!!?!!」
本日あと2話更新します。