第97話 ハートハーブ=オペラvs 凍扇竜 シャーレア
雪が積もる 剣の国の木造の屋根の上で 凍扇竜シャーレアと 後蜘蛛竜アラクはハートハーブ=オペラと名乗る 女竜と対峙していた。
「あぁ、でもあれってどうなのじゃ?」
シャーレアは突然思い出したかのように問いただす。
「あれって何よ?」
オペラはまだ聞きたいことがあるのかと言いたげな表情をしていた。
シャーレアは少し息を吐いた……冷たい空気が外の寒さに負けずさらに温度を下げていく。
シャーレアの隣にいるアラクは直立不動で黙してオペラを警戒するかのように凝視している。
「ほら、そなたらって 妾達によく言うじゃないか? 封刃一族を滅ぼせだの、 三日月の遺構を制圧せよだの……あれって何よ?」
「あぁ、それね……正直私にとってはどうでもいい事だわ……他の 意死竜の誰かが発信してた様な気がするけど……誰だったかな……忘れちゃった」
凍扇竜シャーレアは笑う。
「そうか……それは良かった……実は妾封刃一族にあまり興味が無くてな……それに従わなかったら別に死ぬ訳じゃないのじゃな?」
「まぁ、そうね……無視してもいいと思うよー」
「良かった……良かった……それでさっきここの民が暴れていたんだがそれはそなたの仕業か?」
「えぇ、そうよ……私たまには、見たいのよ。暴れ狂う様を……みんなの心に"疑念"と"怒り"と"苛立ち"と"破壊の衝動"を持たせてみたんだよ……でもねぇ、個人差があって必死にその"気持ち"を抑えようとしている者もいた……これだけの"心"を持たせておきながら全く別の"感情"で動いたりするの……私は、そんな複雑な"心意気"が見えて感動したり、しなかったりね」
「成る程な……で……それを解いてほしいのだが?」
「何で?楽しいのに?」
オペラはシャーレアの淡々とした発言に首を傾げた。
「妾先程まで茶と菓子を楽しんでいたんだよ……妾にとって"くつろぎ"は至高の 一時それをそなたが邪魔しているんだよ……趣味で民に 竜技を軽々しく使いおって! 全く!やかましい!……妾の"くつろぎ"の 一時を奪う物は"氷にする"」
「じゃ、他の所でくつろげば?」
「おいおい、妾がそなたの指図を受けるはずなかろう……アラク! 行くぞ! 妾は彼奴を"敵"にする!」
「かしこまりました、シャーレア様」
アラクは左手の指をクイッと内側に曲げ糸を練った。
「巣牢」
「……これはさっきの!?」
アラクはオペラの足元に張り巡らせていた見えない糸を束ねやがて目視出来る血管程の大きさの白い糸に生成し、オペラの足元から上へ持ち上げた。
「危ないわね」
オペラはその糸の上昇を右側へ避ける、丁度避けた先は屋根の斜面でオペラは斜面を下る。
その間にシャーレアは息を吐いた。
周囲の空気が凍りつく。
「武冷九」
その手に氷の弓を発現させる。
「逃しません」
アラクは手に力を入れると、更に糸が練られていく。そして練った糸をオペラの方向に放った。
「……!?」
オペラが斜面を下ろうと、宙に躍り出る直前だった、横一直線の網目状に展開されたアラクの糸がオペラの行手を阻む。
「波解派部"鋼の精神"よ我が心にあれ」
ラメアは"心体強化"を行い糸を突破する。
……!?
「切れない!」
しかし、オペラの体は糸に絡め取られた、身体の自由を奪われ、オペラはそのまま下に落ちて行く。
「先ほどよりも糸は厚くしておきました」
(本来ならこの強度で微塵切りになる所ですが……)
「でかしたぞ、アラク」
シャーレアは氷の矢を放つ。
オペラはその矢が放たれるのを確認した。
「波解派部"情熱"よ身体を纏え」
「何!?」
宙で揺らめくのは紅色の飴細工。
それは"炎"だった。
その炎はアラクの糸を焼き切り、シャーレアの氷の矢をすぐさま蒸発させた。
そしてオペラは雪が積もる地面へと着地し逃げる。
「彼奴は炎も操れるのか! これは近づかなければ氷には出来ないな……追いかけるぞ!アラク!」
「かしこまりました、シャーレア様」
シャーレアは屋根を飛び降り地面に着くと手に持つ弓を握りしめ砕き形状を変化させた。
◇凍扇竜シャーレア
竜技 武冷九
自身の息で発現させた氷を壊すことで武器の形状を変化させる竜技。
形状種類は基本的に9つありそれぞれ氷の弓、鞭、靴、レイピア、笛、盾、手袋、つらら、手拭いと分かれている。
「さて」
シャーレアは"弓"を"靴"に変形し雪が積もる地面の上を滑る様に高速で進んでいく。
アラクは屋根と屋根を糸で繋ぎ自身を引っ張りオペラを追いかける。
シャーレアの眼前に走って逃げるオペラが映る。
シャーレアは片足を上げオペラに蹴りかかった。
オペラはその蹴りに反応し腰を曲げ避けた。
シャーレアはそのままオペラの先を通り越し急ブレーキしながら反転する。
一直線の道の左右に並列に連なる家々にシャーレアが勢いよく足を擦った事で雪が礫の様に家に飛び散り乾いた砂の様な音を立てた。
オペラは立ち止まり自分の胸に手を当てた。
「波解派部"闘争心"よ我が心にあれ」
オペラは先程よりも卓越した身のこなしでシャーレアの懐に足から滑り込みそのままの体勢でシャーレアの顎目掛けて蹴り上げる。
シャーレアは首を上に逸らし避ける。その後勢いよく片足踏みをする。
空振りしたオペラは自身の身体を捻るように右回転させその勢いを乗せた左足の回し蹴りをシャーレアの胴に狙いを定め繰り出す。
パリンと砕ける音が聞こえた。
ー!?
オペラが砕いたのは氷だった。
先程まで氷の靴を履いていたシャーレアの片方が粗く砕かれている。
オペラはシャーレアが発現した円状の"氷の盾"を再び蹴った。
「"情熱"よ!我が身を纏え」
オペラの足に纏わせた炎の蹴りが曲線を描く。
シャーレアが発現させた氷の盾はいとも簡単に溶けた。
ーーこれは!?
オペラが溶かした氷から現れたのは青色の紋章。
そしてそこから霧状の冷気が放出された煙の様に広がった。
オペラは後ろに飛び退いた、気づけば自分の身体に氷が纏わりついていた。
オペラは寒さで震えながら竜技を発動する。
「"情熱"よ!我が身を纏え」
たちまちオペラの身体を炎が纏い氷を溶かした。
霧状の冷気が晴れてシャーレアが氷の "鞭"を手に持ち歩いて来る。
「成る程、どうやら妾の氷染化を持ってすれば……"炎"すらも"氷"になるようだな……天敵だと思っていたのだがな」
シャーレアは氷の鞭を振り回した。
地面が不規則に抉り取られ、螺旋の氷刃がオペラへ迫る。