第93話 雪が降る屋根の上で
「生まれつき……だと……」
ダブズは倒れた。
敵が動かないのを確認した速剣竜オーダは家の2階へと上がる。
「酷い事をする……」
オーダは2階にあった死体を近くの布で包んだ。
「オーダ殿!」
「む? オウナか?」
慌てた様子でオーダの後ろに現れたのは黒い髪の毛を一本結びに垂らした大人の女性だった。桜色の羽織りを着た白い雪がかかった様な顔立ちが特徴的な女性である。
「何があったのですか?」
「オウナ、人が喰われた……」
オウナは惨状を見た後息を詰まらせ口を押さえた。
「酷い……一体誰がこんな事をなさったのですか?」
「封刃一族の龍だ……下に居たであろう……拙者が斬った……奴だ。奴が喰い散らかしたのだ」
オウナはキョトンとして言葉を返す。
「オーダ殿?下には誰も居ませぬ……荒れてはいましたが……」
ーー何だと!?
オーダは先程の戦闘で空いた穴を見た。
確かに 収卓龍ダブズの姿が見えなくなっていた……
オーダは窓際から外を見た、正面は向かい合う木造りの家が左右に並んでいる。
その間には少し大きめの通り道がある……今は真夜中で人通りが全くない。
オーダは右側の道、左側の道と見たがダブズは居なかった。
ーー逃げられたのか……
む? あれは、もしや?
よく見ると左側の道に降り積もる雪に足跡がいくつかある。
その足跡は一直線に行き道の突き当たりの角を右に曲がっている……
「どうかされました? オーダ殿?」
オーダは頭を掻いた……それから一呼吸置くとオウナの方を見て言った。
「オウナ……すまぬが、拙者の代わりにその子を弔ってくれぬか?……どうやら拙者は斬りそこねたらしい……これ以上被害をだす訳には行かぬ」
「分かりました……御武運を」
「オウナ、くれぐれも気をつけるんだぞ……」
「お気になさらずに……私目にお任せを」
そういうとオウナは腰に携えた刀を撫で下ろす。
「かたじけない」
オーダはオウナに事を任せダブズを追跡するため2階から飛び降り寒々とした白の路面へと足を踏み入れる。
その素早い足取りで先程の足跡が続く角を曲がる。
ーー確かにあの時拙者は斬った……心臓を……だが奴は死ななかった……奴の竜力なのか……それとも竜能か……
オーダは足跡を追っていくうちにやがて上の方を走る気配がある事に気付いた。
「そこか!」
ーーなるほど! 2人か……ならば先程の状況……もう1人の輩が何らかの竜技を使いダブズを蘇生させたのやもしれぬ……それだけだといいのだが……
オーダの眼に雪が積もる足場の悪そうな家の屋根を走って逃げる収卓龍ダブズともう1人の背中まで伸ばした紫色の三つ編みの女性の後ろ姿が映る。
オーダは足に力を込め地面を跳ねる様に蹴って2階建程ある家の屋根まで高く跳び上がり登った……
「おっと……」
オーダは屋上の傾斜で危うく体勢を崩し掛けたが直ぐに持ち直した。
その目の先には3軒程先の屋上を走る2人が写る。
ーーこの距離ならば!
オーダは駆けた。
屋根と屋根の間を軽々と飛び越えあっという間に2人の距離間が1つの家の屋根の端と反対の端という距離まで詰める。
ーーさて……一騎打ちを仕掛けるか……
オーダは不安定な傾斜の足場で走りを急停止し、腰を下ろして居合の構えを取り足を滑らせる。
屋根に積もる雪はV字に埃を立てる様にオーダの頑強な竜の足が白い煙を波立たせていく。
「真刃」
構えが整った瞬間オーダは雪が降る 剣の国に溶け込む様に一閃の青い光の様に見える速さで標的へと斬り進む。
その高速の一閃の刃の接近に気付いたのかダブズが三つ編みの女性の背中を押した。
ーー2人一気には取れぬか……
押された女性は屋根の上でうつ伏せに転んだ。
オーダはダブズの黄色い鱗が生えた背中に一閃刻み込んだ後2人の前方に滑る様に通り過ぎた。
あまりにも助走つけすぎたためオーダは屋根の下に落ちそうになったが何とか落ちる前に手で屋根を掴む事が出来た。
すぐさまオーダは屋根上に飛び出て相手の様子を窺う。
うつ伏せに倒れた三つ編みの女性が顔を挙げた、顔中に雪が纏わりついている。
「あはは、あたし今どんな顔してんだろ……撮れ高マックスてか?想像してるだけで、笑けてきたわ……あ……ダブズ死にかけ」
ーーそうか、此奴も封刃一族か……
女性は隣に斬られたダブズの方を見ると親指を垂直に人差し指を水平にそれ以外の指は曲げ陰と陽の様に左右対称に手を構えダブズを枠に捉える。
「写像再生」
パシャっと音だけがなったかと思えばダブズの刀傷はあっという間に無くなっていた。
「なるほど、拙者が斬ったのを某が治したのか」
三つ編みの女性は得意げに言う。
「えへへ、そうだよ……すごいでしょ?」
そして彼女は手の平に紙の様な物をいくつか取り出し広げて見せる。
「ほら見て、これがダブズだよ……ダブズの"元像"」
「ほう」
紙の様な者にはダブズが映っていた。
……相変わらず喰ってはいけない物を喰っている様子だった。
「あたしはさっきダブズが受けた傷を治すためにこの"元像"に撮った頃のダブズに戻したってわけ……当然身体の状態もその頃に戻るんだよーん」
「なかなか趣味の悪い絵ではないか……」
「えー、そうかな、私はこういうのとか好きなんだけどなぁ……ほらほら見てみてー」
そういうと別の物が映った紙をその女性は取り出しオーダの足元に投げ見せた。
八つ裂きに斬られた死体。
血だらけの屍。
生首が吊るされた天井。
骨で作られた様な家。
よく分からない肉塊の様な集まり。
その1つ1つを見せられオーダは心から込めあげる衝動が脳天まで響いた。
「よせ」
「他にもこんなのがあったり」
女性はさらに別の凄惨をオーダに投げ込む。
「もう良い」
「はーい、これで最後だよー、感想は?」
オーダは最後に投げられた紙に目もくれず2人を睨みつけた。
人や龍を喰うもの。
人や龍の死体をさも芸術かの様に鑑賞し楽しむもの……
オーダは投げ込まれた紙を全て切り刻んだ……
「この愚か者めが!必ず斬る」
「勿体なーい、せっかくのコピーなのにぃ……でもいいよ、大体分かってくれない事が多いしねぇ……」
「リチェル……悪いがオイラは逃げるぞぉ、あいつ怒ってるし……それに早えよ」
「まじ?早いの? 良いのが映りそうだねぇ、撮れ高マックスってか?」




