第109話 後退
雪が舞降り落ちる道をザッと足音が駆ける。
左右は壁がある一本道、突き当たりはもう少し先に見える。
その場所を紫色の三つ編みの髪を靡かせ走る女性がふと上を見上げれば思いもよらぬ光景を目の当たりにする。
目線の先にある建物の上階は争ったように壊れて中があらわになっていた……茶色の屋根や板はすっかり木を晒し、その周囲にはなぜか色とりどりの花が散っていて季節外れの異変を感づかせるのは容易い。
封刃主天リチェルは遠目にみた見覚えのある龍に気付く。
あれ、レズァードじゃん、ラッキー。……って、まさか死にかけ?レズァードより強いやついんの? やば。
リチェルは両腕を上げ構える、親指を垂直に人差し指を水平に。
その構える指の枠越しにまずは元像を取る。
瞬時に三角型の瓦屋根が特徴の建物がリチェルの脳内に保存された。
「写像再生」
そしてその後彼女は一本道の雪道から姿を消した。
これは 写像再生の治癒能力とは別の空間移動能力。
鋼拳龍レズァード、火龍ラヴァ、花斬竜アテネがいる空間に。
封刃主天リチェル、突如として現る。
「写像再生」
ヒューと音が鳴る風と共に建物内に侵入したリチェルがまず最初に行ったのはレズァードを治す事だった。
レズァードを倒す程の敵との接触は避ける、一瞬たりとも戦力を、逃げるチャンスを逃す訳には行かない。
その思考がリチェルの優先事項だった。
腰を下ろし低姿勢で腕を上げ枠の構えを取るとレズァードの治癒が始まり。
そして終わった。
「ふぅー、間に合った……」
「リチェルか! っ……!」
ラヴァはその時倒れるレズァードに背を向けていた、しかしレズァードの名前を呼ぶ声、そしてリチェルの気配に感付き倒したはずの相手を再び見る。
レズァードは一度灰になり失った腕を取り戻しラヴァに貫かれた腹の傷も完璧に癒えた。そしてリチェルへの言葉を続けようと思った矢先に銀色の炎の刃は戸惑いすらもなく再び振るい掛かる。
「時立視具」
リチェルはレズァードがラヴァの火銀による剣閃を避けたタイミングで放った。
遠距離から来る防御不可の斬撃を。
しかしラヴァは焼き払う銀色の炎を瞬時に紅い炎に変え竜技から身を守る。そして一度後ろに引き距離を取った。
そして再び銀の炎へと燃やし替える。
その後に感じたのは目に力を集中している自分……
「えっ?」
リチェルは驚いた……意識もしていないのに竜力枠の目が勝手に発動していた。
私の攻撃が効かない!
「撮れるわけない!無理でしょ! レズァード! 逃げよっ!」
リチェルは建物の崖下にある道の元像を保存するとレズァードのいる場所へと急ぎ手を伸ばす。
「くっ、やむを得ないか!」
レズァードは、悔やんだ……一度負けた相手に背を向ける事を。
歯軋りが止まらない。多分これは負け犬の感情なのだろう。
しかし封刃一族と闘う使命がある訳ではない。
封刃主天の最大の敵は三重の美芸であるのだから。
リチェル、レズァードはお互いの居る場所へと走る、ラヴァは追撃の構えをとり迫る。
レズァード、リチェルは姿を消す。
銀色の炎は空を切る。
「逃げられたか」
静かに呟くとラヴァは後ろに倒れる花斬竜アテネを振り返る。
そのアテネの手には花の剣が握られておりその肉体を癒し始めていた。




