表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/24

第四話「ワクワク町探索」

 翌朝。落ち着いた状態で食べると、朝食はかなりお粗末な味であることを実感した。とはいえ、今の俺には味覚操作があるのだ。しかも、自分に対しては指をしゃぶらなくても、手で体に触れなくても念じれば発動できるようになっているのだ! 毎晩訓練のために指をチュパチュパ吸い続けた甲斐があったな。

 おかげで人の目も気にせず、薄味スープを濃厚ポタージュ味に、パンも甘みを強調した自分好みのものに変えられる。ただ臭いや食感は変えられないのが難点で、チーズは生臭さが勝って食べるのに苦労する。


「リョータさん、ご飯はどうだった?」


 食事を終えて人心地ついていた俺に、看板娘のアンナが顔を覗き込むようにやってきた。


「あぁ、美味しかったよ。ごちそうさま」

「でしょーウチはこの辺でも料理美味しいって評判なんだよ」


 こ、これが異世界でも美味い部類の料理なのか。舌の肥えた日本人には辛い環境だろうな。物語に出てくる異世界転生者達がこぞって料理事情の改善に励むのもうなずける。


「それじゃ、今日は約束通り町を案内するよ。アンナ案内得意だから、任せて!」

「それは頼もしいな。じゃあ今日はよろしくな、アンナちゃん」


 アンナは偉そうに胸を張る。癖なのだろうか。かわいらしい仕草なので何も問題はないが。重ねて言うが、俺はロリコンではない。

 さて、待ちに待った観光アンド世界の常識習得タイムだ。案内上手のアンナちゃんに、手取り足取り教えてもらって、今後の方針決定の材料としたい。


 宿を出ると快晴だった。アンナに手を引かれて大通りを歩く。


「アンナちゃんの宿は家族でやってるの?」

「そうだよーお父さんとお母さんと、あとお婆ちゃん」

「店員を雇ったりはしないの?」

「忙しい時には近所の人に手伝ってもらうんだよ」


 なるほど、そういうシステムか。あわよくば職場の候補になるかと思ったが、甘くはないようだ。


「そっか。誰でもすぐ働けるような場所ってないかな? 冒険者ギルドとか」

「ぼうけんしゃって何?」

「え? ほら、依頼を受けてモンスターを倒したり、薬草を取ってきたりするのことだよ」

「えー? モンスターを倒すのは兵士さんのお仕事だし、薬草を取るのは薬屋さんなんだよー?」

「アッ、ハイ」


 まさか、ないのか!? 異世界標準装備の一つ、冒険者ギルドが! アンナの言うことは全く持って正しい。正論である。疑う余地のない完璧な理論だ。だが、これで俺は、子どもが来るところではないと揶揄されたり、無駄に複雑なギルドランクの説明を受けたり、初日でとんでもない成果を挙げてギルドマスターに呼ばれる、なんて言う憧れのイベントの数々を失ってしまったのだ。衝撃を受けるのもやむをえないのである。これは涙ではない。心の汗なのだ。

 だからアンナちゃん、そんな軽蔑するような目を向けるのはやめてくれる? 昨日に引き続き突然泣き出したのは、自分でもかなり異様だと言うのはわかってるから。


 そうこうしているうちに、アンナが一番最初に紹介してくれたのは教会だった。他の店や家などの建物に比べて大きく堅牢に作られていて、シンボルらしきものが屋根の上で陽の光を浴びて輝いている。


「教会はねー皆で良くお祈りに行くんだよ。年に一回町の人全員でやるお祈りもあって、その時は美味しいスープが飲めるんだー」

「なるほど。何ていう宗教?」

「しゅうきょう? んーよくわかんない。教会は教会だよ」


 ん? 宗教が一つしかないから名前をつけるまでもない、ってことなのだろうか。異世界だし、神も実在するの見ちゃってるから、ないとも言えないな。


「そういえば、教会って、病気や怪我を治してくれたりとかは?」

「病気の薬は出してくれるよ! あとはたまに来る偉い神官様が、魔法でえいって傷を治したのは見たことあるかなぁ」

「魔法!」


 思わぬワードが飛び出て反応してしまった。異世界だし、実在して欲しいとは思ってたけど、本当にあるんだな! さすがにテンションが上がる。


「アンナも使える?」

「使えないよぉ。使えるのはほとんど貴族様で、平民でもたまに使える人がいるくらいなんだって。お祭りで魔法を使った大道芸見るのがアンナ好きなの」


 にへっと笑うアンナに俺もつられて笑う。魔法は平民が使っても珍しいくらいで問題なし、ってのは大きいな。実際魔法を使えるようになるかはともかく、味覚操作を使っても魔法と言い張れるわけだし。

 思いがけぬ収穫にニヤニヤしてる俺を連れて、アンナが次に見せてくれたのは大豪邸だった。噴水付きの庭の奥に三階建てほどの家が建てられており、敷地全体は鉄柵やレンガの壁で囲われている。庭では執事やメイドや庭師らしき人達が駆け回っていた。


「ここは領主様のお屋敷だよ」


 まぁ、そうだろうな。他の家は勿論、教会よりも大きな面積を持ち、立派に建てられているのだから、それに相応しい立場の人間の邸宅であろう。しかし、領主の館か。お貴族様の近くにいると厄介ごとに巻き込まれるってのが定番だから、できればここが別荘だったりするとありがたいんだけど。


「さすがに領主様のお屋敷はすごいな。ところで、この町ってどういう町なんだ?」

「ん? ここはアンナの町だよ?」


 支配者かな?


「えーっと、何という国で、誰が治める領地の、何ていう町か、ってことを知りたかったんだけど」

「んー。よくわかんない」


 アンナは満面の笑みを浮かべた。そうだった。アンナは恐らく十歳にも満たない、遊び盛りの女の子である。宗教だの、領主がどうこうだのなんてのはアウトオブ眼中に違いあるまい。宿で見たアンナはしっかり者という感じだったが、察するに母親か誰かの真似をしていただけだったんだろう。ここまでもしっかりと案内してきたように見えたが、教会と領主の家についても場所くらいしか情報はもらえていない。そもそもこんな小さな子どもに教えてもらうのでなく、宿屋の親父なり奥さんなりに話を聞いておけばよかった。後悔に思わず膝をつきそうになるが、アンナはそんな俺の手をとって、優しく微笑んだ。天使はここにいた。


「じゃあ、次こっちね!」


 役目は終えた! とばかりにアンナは楽しげに俺の手を引いて駆け出した。連れて行かれたのは、アンナが良く遊ぶ広場や水路。行く先々でアンナの友人達に絡まれては遊び相手を務め、道すがら猫を見つけては抱きかかえて可愛がるアンナを眺める。あぁ、これが久しく忘れていた癒しと言うものか。



 ……ってちがーう! こんなんやってる場合じゃないんだよ! もう昼じゃねーか! この数時間、アンナの友達の名前と流行ってる遊び、誰それちゃんが何々君に告白した、みたいなアンナちゃん知識しか増えてないんですけど! 宿屋の親父、案内させようとしたんじゃなくて遊び相手兼保護者役としてぶん投げやがったな! このまま振り回されていると、本当に一日アンナちゃんと遊ぶだけで終わってしまう。


「リョータさん、次はこっちのねー」

「ちょ、ちょっとアンナちゃん。お腹空いたし、市場か何かに案内してくれない?」

「そうだね! 市場はこっちだよ」


 何とか凄腕案内人アンナの誘導に成功した。市場で何とか巻き返しを図らなければ、本当に無職で明日を迎え、ホームレス生活からの餓死コンボを決めることになってしまう。それだけは避けねばならぬ!

 大丈夫だ、秘策はあるのだ。俺は燃える決意を胸に秘め、いざ決戦の地へと足を進めるのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ