第三話「宿屋の看板娘」
「近くで見ると意外とでかいな」
町のほど近く、入門待ちの行列に並びながら外壁を見上げる。高さ三mくらいの石造りの壁が町をぐるっと囲んでいるようだ。同じように列に並ぶ人々の様子を伺うと、特にこちらを気にしている様子もない。黒髪黒目が目立つ、なんてこともないようだ。実際列の中に似たようなのはもちらほらいるしな。
徐々に列は進んでいき、門番とのやり取りが聞こえる距離まで来た。内容はなんとなくわかるので、異世界言語を学びなおす必要はないようで一安心だ。
「身分証と通行税、銅貨五枚だ」
農民と思しき男は何かしらカードのようなものを提示し、それから銅貨を払うと町中へ消えていく。
なるほど、そりゃそうだよな。必要だよね、身分証にお金。どっちも持ってないけどな! これってかなり不味い事態なのではなかろうか? でも何もできることはないわけだし、ここまで来ては当たって砕けるほかない。土下座でもなんでもしてとにかく中に入らねば。もう野宿はしたくないのだ!
ついに俺の番が回ってきた。いかつい門番が壊れたスピーカーのように同じセリフを繰り返す。
「次。身分証と通行税、銅貨五枚だ」
「すみません。道中モンスターに襲われまして、身分証もお金も置いて逃げてきてしまったんですが」
「あぁ?」
俺は精一杯の愛想笑いを浮かべながら返答する。門番は面倒そうに俺を睥睨すると、森歩きでボロボロになった俺の服装を見て多少は納得したのか、あごをしゃくって別の門番を指した。どうやら厄介ごとは別の人に押し付ける算段らしい。こちらの門番は、先ほどの横柄な方より若く、多少は親切そうな印象だ。
「すみません。身分証とお金をなくしてしまったのですが、町には入れないのでしょうか」
「どちらの村から来られましたか?」
「東の方の、森を越えた所からです。村の名前はちょっとわかりません」
「あーそうですか。この町に来られた目的は?」
「働き口を探しに」
「なるほど。それではこちらに手をかざしてもらえます?」
門番からの質問は想定の範囲内なので適当に答える。優しげな門番は水晶玉のようなものを取り出し、俺に差し出した。もしやこれは。
「これは何でしょう?」
「犯罪者か否かを判別する魔道具ですね」
来た! ついに異世界っぽいの来たよ、魔道具! 犯罪者だったら赤く光ったりするのであろう。こういうの見ると違う世界なんだなぁって実感湧くよな。にやけそうになる頬を必死で押さえて水晶玉に手をかざす。ぼんやりと白い光が水晶玉に宿る。
「問題ありませんね。お金ですが、手持ちの物で売れそうなものがあれば買い取っても通行税に充てることができますよ」
「持ち物ですか」
そう言っても、持ってるのはゴブリンからかっぱらって来た棍棒と、何故か初期アイテムとして持っているたわしだけだ。
「お、たわしですか」
「え?」
「最近貴族や豪商の間でたわしがやけに高値で取引されてるんですよ。どうも王都でたわしの素晴らしさを説いて周った変人がいたらしく、それに感銘を受けたお偉いさんが珍しいのもそうでないのも買い集めているそうで。多分これも高値で売れると思いますので、私が銀貨五枚で買い取らせてもらいますよ」
なんてこった! まさかこんな時のために神様が持たせてくれたのだろうか。たわしで命拾いすることになるとは、世の中分からないなぁ。って言うか、王都に出た変人って絶対神様に連れて来られたやつだろ!
「ええ、それでは買取をお願いします」
「はい。じゃあ通行税を引いて銀貨四枚と銅貨五枚ですね。次はなくさないようお気をつけて」
「ありがとうございます」
新切なる門番さんが笑顔で送り出してくれる。とにもかくにも、ようやく異世界の町デビューだ!
門を潜ると、大通りに面していくつもの家が立て並んでいる。家は木造が多いが、漆喰の壁もちらほら見られる。それよりも、町を行く人々の素晴らしさよ! 耳が長くて美形のエルフに髭もじゃのドワーフ、猫耳つけた獣人など、これぞまさに異世界!
「お兄さん、この町は初めて?」
感涙しながら辺りを見渡していたところ、小学生低学年くらいと思しき栗毛の女の子に話しかけられた。動くたびに後ろで一つ結びにした髪の毛が犬の尻尾のように揺れる。元気っ子ぽくて非常によろしい。
「あぁ、村から出てきたばかりだよ」
「そうなんだ! 今日の宿は決まってるの?」
「いや、まだだよ。銀貨数枚しかないんだけど、おすすめあるかな?」
「それならウチが良いよ! 朝晩食事付で一泊銀貨二枚だよ」
なるほど、客引きか。小さいのにたくましいな。相場が分からないけど、食事がついてるってのはありがたい。今から調べまわるのもなんだし、この子を信じることにしよう。
「分かった。じゃあお世話になるよ」
「はーい! 一名様ご案内ーところでお兄さん、名前は?」
「俺はリョータだ」
「そっか、私はアンナ! 宿屋の看板娘だよ」
そう言ってえっへんと胸を張る少女、アンナ。胸はないが、動きはかわいらしい。俺はロリコンではないので可愛いと思うだけだ。本当だ。
アンナに案内されたのは年季が入っているが綺麗に掃除された二階建ての宿だった。背中を押されて中に入っていくと、そこにいたのは見上げるような大男だった。スキンヘッドで眉もなく、右頬には長い刀傷が刻まれている。
「らっしゃい」
「お父さん、お客さんだよー食事つきで一泊だって」
ギロリ、と睨む音がしたような気がした。間違いなく何人か殺してる風貌と威圧感なんですけど!? 俺は引きつった笑いを浮かべつつ曖昧な挨拶をした。
「一泊銀貨二枚、先払いだ」
「ハ、ハイ」
緊張しながら震える指でポケットから銀貨を二枚カウンターの上に並べる。その様子を見て更に眼光鋭くなる宿屋の親父。お、俺また何かやっちゃいました……?
「アンナ、お客人を部屋にお通ししろ。ついでに明日の朝にでも町も案内してやんな」
「!?」
「はーい。リョータさん、部屋こっちだよ」
思わぬ店主の気遣いに驚愕している暇もなく、アンナに手をひかれて二階へ上る階段へと進んだ。こ、こんな小さな子の手を握ってドキッとした、なんてことないんだからね!
「お父さん、外見がいかついの気にしてるの。お客さんが良く怯えちゃうから申し訳ないんだって。意外と優しいんだよ」
「そ、そうなんだ」
見かけによらないにもほどがある。
「はい、ここがリョータさんの部屋だよー」
案内されたのは窓際にベッドが置かれただけのこじんまりとした部屋だ。何をするわけでもないんだから、部屋が狭くても問題はない。
「ご飯はどうする? 一応すぐ出せるけど」
「是非お願いします」
「じゃあ荷物置いたら下に降りてきてね。直ぐ準備するから」
アンナは笑顔を浮かべると、パタパタと足音を立てながら部屋を出て行った。ロリコンだったらあの笑顔にやられていたかもしれない。異世界童女は恐ろしいぜ。
棍棒を壁に立てかけて、窓から体を乗り出して外を覗くと、夕焼けが目に染みた。
「明日が勝負だな」
何せ残金が銀貨二枚と銅貨五枚。この宿でもう一泊したらほぼすっからかん。つまり、明日中に働き口を見つけるなり、金策手段を見つけるなりしなければ、明後日には野宿確定なのだ。気合を入れて飯のタネを探さねば!
宿屋の親父のご好意で、明日は看板娘のご案内を受けられることだし、彼女には色々と教えてもらおう。こちらはこの世界の知識が赤子レベルなのだ。
しばらく町並みをぼんやりと眺めてから一階に向かうと、アンナが丁度配膳を終えたところだった。メニューは豆スープとチーズと黒パン。空腹は最高のスパイス、というのは本当だと実感した。三日ぶりの食事に涙を流しながら食べていると、アンナが突然泣き始めた俺に若干引いていた。




