エピローグ
「ご主人様!」
「うおっ!」
目覚めたのは宿屋のベッドだった。ラムが涙を目に溜めて俺を見つめていた。こ、こんな近くで見られると恥ずかしいんだけど……
「大丈夫ですか? 体に違和感はありませんか?」
「いや、特に何ともないけど……何かあったの?」
ラムがぎょっとした表情になる。その後ろで腕組みをしていたキュウも苦笑いを浮かべる。
「ほれ見よラム。こやつ全く気付いておらんぞ」
「あーえーっと、ご主人様。その……」
言いよどむラムを制してキュウがずいっと顔を近づけてくる。こいつも可愛い顔してるから、至近距離に寄ってこられると少し緊張する。
「リョータよ。お主さっきまで死んでおったんじゃぞ。覚えておらんか?」
「死んで? ご冗談を。こうしてピンピンしてるじゃないか」
あれーでもそういや変な夢見たな。例の神様が出てきて、俺は再び死んだのだとか何とか。……嫌な予感がするな。
「……もしかして、バナナの皮で転んで?」
キュウがこらえきれず吹き出した。ゲラゲラと大声を上げて腹を抱えて笑い転げている。ラムも何とか笑うのを我慢しているようで、顔を真っ赤にして震えている。
「覚えておるではないか! さすがのワシもあんな見事な転びっぷりは見たことがなくてのう。治療が遅れている内にぽっくりとな」
「私の手当てではどうにもならず……」
マジかよ! さっきの夢じゃなかったのか! 本当に一回死んだのか? そう言われてみれば後頭部に少し違和感がある気もするけど。いや、それよりも。
「俺、死んだんだよな? なんで生きてるんだ?」
「ワシが蘇生魔法をかけた」
そういえば、以前死に方が面白い奴を蘇生させてもう一回遊べるドン! したとか言ってたな。こんな風に助けられるとは思ってもいなかった。
「そうか、ありがとうな、キュウ」
「ふん。存分に感謝せよ」
「ご主人様が無事で良かったですぅ」
安心したのか、ラムはへろへろと力なく座り込んだ。心配かけてしまったな。ラムの頭に軽く手をやると、眩しそうに目を閉じた。可愛い。しばらく髪の感触を楽しんでいると、ふと不吉な予感が頭をよぎる。
「ところでキュウ。蘇生魔法に副作用とかないんだろうな?」
「な、何のことじゃ?」
途端にしどろもどろになるキュウ。怪しい。じっと怪訝な目を向けていると、キュウはワタワタと弁明を始めた。
「わ、ワシを信用できんのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど。しばらく安静にしてないといけない、とかないのか?」
「ん、ああ、そういう意味か。問題ないぞ。傷は完治しておるし、前より死ににくくなってるくらいじゃ。ちょっと聖属性には弱くなってるかもしれんが、お主にとっては誤差の範疇じゃろう」
おい、それって眷属みたいになってるんじゃねーの!? 泡を食ってキュウに掴みかかる。
「い、いいじゃろ別に! お主はその内ワシの下僕にする予定だったんじゃから、ちょっと早まっただけじゃろうが!」
「俺反対したよな!? あーもう、どうしてくれんだよ!」
「ご主人様、それよりお腹空きましたですぅ。ご飯行きましょうよぅ」
ラム、君の主人のことなんだから、もう少し関心持ってくれないかね!?
まぁキュウと取っ組み合いしていても仕方ないし、蘇生させてもらって文句を言える立場でもないか。大きくため息をついて気を取り直す。
「そうだな。心配かけた侘びに、ちょっと良いもの食べにいくか」
「はいですぅ! 私、昨日のお店がいいです」
「そうだな、あそこ美味かったし、そうするか」
「待て待て、ワシにも詫びをよこすが良いぞ。昨日掘り出し物の絵画があってな、あの値段は絶対にお買い得なのじゃ!」
「お前の金銭感覚おかしいからダメ」
「ケチくさいのう。まぁ既に昨日買ってるんじゃが」
「事後承諾じゃねーか!」
「キュウ様、美術品好きですもんねぇ」
わいわいと騒ぎながら宿を出る。空は透き通るような快晴だった。
俺達は今後も、こんな風に騒ぎながら旅を続けていくのだろう。
異世界に味覚操作なんてスキルだけを授かって、初めはどうなることかと思った。今後生き延びていけるかも分からない。女の子にもてるわけでも、金持ちになったわけでもない。それでも、今の生活はそれなりに楽しい。
だから今は、神様に少しだけ感謝している。




