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第二十二話「再会」

「知らない……あれ!? 知ってる天井だ!」


 目を覚ますと、そこは天井も床も一面真っ白な空間だった。ひどい既視感がある。


「ここって、神とかいう奴がいた……」

「はーい! お久しぶり!」


 突然背後から陽気な声が響いた。慌てて振り返ると、誰もいなかったはずの場所にいつぞや見たハート型サングラスをかけた少年がいた。こちらを楽しげにのぞきこんでいる。


「どうも、神tuberの僕ちゃんだよ! 元気してた?」


 余りの衝撃に言葉が出ない。なんで? なんでこいつがここに?


「どう? 異世界生活楽しんでた? エンジョイしちゃってました?」


 あぁ、そういえばこんな感じのノリのやつだったな。神とは思えない軽さに頭痛を感じた。


「えーっと、まぁおかげさまで楽しくやってますよ」

「うんうん、そうかそうか。あの世界に送り出した者として、楽しんでくれたようで何よりだよ」


 満足げにうんうんと頷く自称神。


「それで、何で俺はまたここに来たんでしょうか? 何か、神のお告げみたいなやつですか?」


 きょとんと不思議そうな顔をされた。


「もしかして、また覚えてないの?」

「また、ってのは?」


 何か忘れてるのか? ゴーレムとの死闘を潜り抜けた。味覚操作の加護についてデータを取った。街に無事に帰れたことを祝って少し豪勢な食事をした。その後、普通に宿に帰ったはずなんだけど……


「もしや、寝てる間に何かあったとか?」


 俺の発言に神はケタケタと笑い出す。


「いやぁ、本当に覚えてないみたいだね」

「え? 本当にわからない」

「君、宿に戻る途中で死んだんだよ」

「嘘だ!」

「しかもまたバナナの皮で転んで後頭部を打って」

「またかよ!?」

「いやぁ、職人芸を感じたね。今期のハプニング大賞はもらったも同然だよ」


 ひとしきり笑い終えた後、神は次の言葉を紡いだ。


「ま、そんなわけで、君はまた死んじゃいました。でも死に様が面白かったので、もう一度加護を与えて次の異世界に送ろうと思いまーす」


 言葉が出ない。手足が震える。もう、あそこには戻れないのか? ラムにも、キュウにも、マギさんにも会えないのか? 折角あの世界で生きていこうという決意が固まったのに。こんなところで終わりなのか?


「……だ」

「ん? どうしたの?」

「嫌だ! 俺は、あの世界に戻りたい! お願いです神様! 俺をあの世界に帰してください!」


 俺は神に向かって土下座して頼み込んだ。地面に頭をこすり付ける。なりふり構ってなどいられない。


「何でもやります! だから、お願いです!」

「そう言われてもなぁ。決まりだから君をあの世界で生き返らせることはできないよ」

「そこを何とか! お願いします!」


 神がため息をついた。


「どうしたんだい。君、随分あの世界を気に入ったようじゃないか。最初に死んだときはあっさりと受け入れたのに」

「それは……」

「可愛い子達に囲まれる生活がよほど楽しかったのかい? それなら次はもっと可愛い子に出会えるよう、ちょっとだけ取り計らってあげるよ」

「そんなんじゃない!」


 思わず声を荒げて顔を上げる。神の表情は読みにくいが、どことなく嬉しそうに口元を綻ばせているように見える。


「今思うと、日本はいい場所だった。両親もいたし友達ともうまくやってた。穏やかな毎日を過ごせていた。だけど……退屈で、息苦しかった」

「憧れのファンタジー世界にいられて、退屈が紛れたってことかい?」

「それも多少はあると思う。でも、退屈で息苦しく感じてたのは、俺が原因だって、ようやく分かったんだ」


 異世界に行くことに抵抗が少なかったのは、あの退屈な日常から抜け出したかったからだ。胸躍る日々を過ごして俺も特別な何かになれるかもしれない、そう思った。

 でも、異世界に行っても結局は退屈だった。クラリスの館での厨房仕事なんかがそうだ。日本にいた頃の俺なら安定してるから、なんて理由であの場所に留まっていたかもしれない。そして、こんなはずじゃなかったって後悔していただろう。

 でも俺は、それを拒んだ。安定を捨てて、自由になった。そして、ラムと出会って、生まれて初めて心の底からの欲求を聞いた。ラムの故郷に行きたい。他人からすれば大したことのない要望かもしれないが、紛れもなく本心からのやりたいことだ。そこから先の旅は、すごく楽しく感じた。当てもなく彷徨う旅が、自分のやりたいことを探す旅になったんだ。

 キュウに会って、もっと美味いものを飲ませてやりたいと思うようになった。逆に、下僕には絶対になりたくないとも思った。マギに会って、味覚操作の持つ可能性を聞いて、もっとたくさんの人を喜ばせることができるかもしれない、とワクワクした。ラムがピンチになって、絶対に助けたい、と思った。


「最近、ようやくやりたいことが少しずつできてきたんだ。俺は何が好きで、何が嫌いで、何がしたいのか。あの世界で、あいつらと一緒に過ごしていて、もう少しで分かりそうな気がするんだよ」


 自分でも、何を言っているのか分からない。でも、今掴みかけたヒントを逃してしまったら、俺はまた日本にいた頃の臆病な自分に戻ってしまう気がした。


「だから、お願いです! 俺をあの世界に、あいつらの所に帰してください!」


 必死に懇願する。俺にできるのはこれしかない。


「そういわれても、ダメなものはダメなんだよ。すまないね」


 神は優しげに答えるが、その一言は俺を絶望に突き落とすには十分だった。


「ま、気を取り直して。今回うまくいったんだから、次も大丈夫だよ! さ、もう一回加護をあげるから、気合入れていこう!」


 そういって神はダーツ盤をどこからともなく取り出した。以前より中央にある「タワシ」の領域が広がっている気がする。


「一応前回よりも強力な加護を入れてあげたから、頑張って当てようね!」


 神が楽しげに言って、一本のダーツを俺に差し出してくる。俺はしばしそれを眺めてから答えた。


「もう加護はいりません」


 神がきょとんとした表情でこちらを見ている。


「加護を拒否しても、元の世界には戻せないよ?」

「いいんです」


 半ば自棄になっている自覚もあるが、他者を傷つけるような加護をもらっても、俺にはきっと使いこなせないだろう。味覚操作くらいが丁度いいんだ。


「まぁ、そこまで言うなら仕方ないね。じゃあ早速」


 神の手元にはいつの間にか天から垂れてきている紐が握られていた。あれが引かれれば、また新たな異世界に飛ばされることになるのだ。目を閉じて、沈んだ気持ちでその瞬間を待つ。

 だが、いつまでも足元が抜け落ちる感覚がない。恐る恐る目を開くと、神が呆れたような、喜ぶような表情で俺の後を見ていた。


「ちぇっ。タイミングが良いやら悪いやら」


 神が拗ねたように口を尖らせる。後ろを振り返ると、青い光の球体みたいなものが宙に浮かんでいた。


「えっと、これは一体?」

「君のお迎えだよ。やれやれ、現世のものは禁忌を何だと思っているのやら」


 ぶつくさ言っている神は、握っていた紐を消滅させた。


「何が起きてるんです?」

「もう! いいから行けってば!」


 腹立たしそうに神は俺を突き飛ばした。体勢を崩した俺が青い光に触れると、体がその中に吸い込まれていく感覚がする。


「じゃあね。しばらくはこっちに来ないよう頑張るんだよ」


 そんな神の声が聞こえた。どこか慈しむような響きがそこにはあった。

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