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第一話「チート能力(仮)覚醒」

 異世界転移! それは誰もが憧れる楽園への誘い。手に入れたチート能力で悪党どもをばったばったとなぎ倒し、周囲の人からは感謝感激の雨あられ、ついでに女の子からもモテモテで気付けばハーレムが……

 そんな風に考えていた時期が俺にもあった。具体的にはつい昨日くらいまではあった。



 味覚操作なるよくわからない加護をもらった俺、味岡 良太は二日前に異世界に転生してきた。転生先は鬱蒼とした森の中。近くに川があるのは幸いだった。

 飲み水を確保しながら、川面に映る自身の外見を確認する。生前と変わらぬ黒髪黒目で平均的な日本人の風貌だ。服だけは麻の上下になっているが、恐らくこの世界でのよくある衣装なのだろう。折角なのだからイケメンになりたかった、とは思うがそれは仕方ない。

 あと、何故かポケットの中にたわしが一個だけ詰め込まれていた。あの神様、たわしにこだわり持ちすぎだろ。


 それよりも、だ。

 憧れの異世界に来たのだからと色々試さねば! そこからの数時間、俺はそれはもう張り切った。例えば、ステータス。例えば、鑑定。他にも魔法やらスキルやらアイテムボックスやら、思いつくものは一通り試した。恥も外聞もかなぐり捨てて、スキル名を叫んで見たり、詠唱してみたり、体内を巡る力の流れを感知すべく瞑想にふけったり。


 結果、何もできなかった。加護でもらった味覚操作とやらも試して見たが、こちらも叫ぼうが念じようが発動する気配もない。

 きっと何か特別な呪文やら訓練が必要なのだと自分に言い聞かせて何とか落ち着く。頬を伝う冷たいものは今は気にしてはならない。


 さて、自分にできることを確認したら次は出会いを探すのだ! きっと心躍るイベントが俺を待っている!モンスターの襲撃、馬車を襲う盗賊、迷子になっている女の子。何が来てもいいように心の準備を万全にし、森の中を川沿いに歩いた。

 歩いた。

 歩いた。

 そして今に至る。


「神様、生意気な口きいてすみませんでした! ちょっとハードすぎるんでお慈悲をくださいませんかねぇ!?」


 つまり、俺は転生してからこの二日、何の発見もイベントもないまま、ひたすら森の中を歩いていたのであった。ただの遭難者じゃねぇか!

 道もわからず、食べ物もない。たまに目に入るのは毒々しいキノコばかりだ。アレを食べる勇気は持ち合わせていない。水だけはあるのは神様のせめてもの慈悲だろうか。


「あーもう疲れた! 腹減った! 誰かーモンスターでもいいから出てきてくれー!」


 投げやりになって叫んだ言葉は森の中へ消えていった。もちろん返事はない。


「はぁ。暗くなってきたし、今日はここで休むか」


 大きく開けた木の洞を見つけて、先客がいないことを確認してからごそごそと潜り込む。

 洞の中に腰を落ち着けて、体に異常がないかを確認していると、道中で枝にでもひっかけたのか、指から血が出ているのを見つけた。仕方なく消毒になるかと思って、指を咥えた。僅かにいたむ傷口を舐めながら、ぼんやりと月を眺める。


「空気が澄んでるからか、こっちのが月は綺麗だな」


 そんなことを呟き、木に背中をもたれさせ、体を弛緩させる。疲れからか思考はぼんやりとしている。月、月、あぁ、そういえばそろそろ月見だったな。月見団子食べたい。ウチで作ったやつは甘さ控えめだけどもっちりしていて、いくらでも食べれたなぁ。

 その時、ふと違和感を覚えた。

 なんか、甘い?

 そう意識しはじめると徐々に甘みが強くなる。最初は餅のようなほんのりとした甘さだったのが、やがてチョコレートみたいな甘さになり、最終的には砂糖の袋を直接舌の上にぶちまけたかのような激烈なものへと変化していった。


「あまっ! 何これ!?」


 咥えていた指を引き抜いて、思わずそう叫んだ。すると、口の中にあった甘みは薄らいでいった。


「幻覚か何か? 人間、死に掛けると変な体験するってきくけど……」


 そういって、ふと思いつく。まさかこれが、味覚操作なのか? 発動条件は指で舌に触れること、とかだろうか。試しに再度指を舌に押し当てるも、特に何も起こらない。


「まさかのMP切れか? 燃費が滅茶苦茶悪いとか、それともまだ条件が足りてないのか」


 条件、条件なぁ。さっきは何やったら甘くなったんだっけ。月見団子のこと考えてたら……って、また甘くなってきた! じゃあ今度は塩っぽいもの、ポテトチップスの味を、って想像したらポテチの味がしてきたな。懐かしい、二日しか経ってないのにすごい久しぶりの味だ。

 どうやら、指で舌に触れて、味を想像すれば味覚操作は発動できるらしい。


 ……滅茶苦茶使い勝手悪いな! 自分に使う場合は百歩譲っていいとして、他人に使う場合は、他人の口に指突っ込むのか? 通報されるわ!

 仕方ない、この辺りは加護の熟練度みたいなのが上がって、使い勝手が良くなるのを祈るしかないな。


「そうと決まれば、早速この能力を使いまくろう。そう、熟練度を上げるためだ。甘くて美味しいからしゃぶるとか、そういう不純な動機ではないんだ。この世界で生き抜くために必須の訓練なんだ」


 自分に言い聞かせるようにそう宣言すると、俺は指をチューチュー吸い始めた。甘い。お行儀が悪いが、やむをえないのだ。甘くて美味しい、あー幸せ。次は塩っけ欲しいな、あー良い感じ良い感じ。


 結局、その日眠る直前まで加護の習熟訓練に明け暮れ、幸せな気持ちで眠りに落ちていった。指はとんでもなくふやけた。

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