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差し入れ

差し入れ


「う、うう、おめでとう、おめでとう」

 ア太郎の出立を見届けた者がもう一人いた。ア太郎は声も出さずに飛び跳ねた。つもりだったのだろう。バッと頭だけを上げて木の上にいる鳴き声の主を目にした。一言で言えばトカゲ人間。全身はテラテラとした鱗に覆われ、鼻はなく、黄色い目を赤く腫らし、尻尾を体に巻き付けて泣いていた。

「よぉおく頑張ったなああ、痛かったろう、辛かったろう、よくよく生き残ったなあ」

 ひぎっひぎっ、と特徴的な声を出してア太郎に声を掛けていた。来ているのはダボッとしたぼろ布をまとっており、体表がつるつるするせいか、何度も肩に服をかけなおしていた。

「あ、ああ」

 ア太郎は何を言おうとしていたのか、分からない。白すぎる顔にはなぜか悲壮感が。ああ、あのトカゲ人間が右手にぶら下げてる刃物を見たせいだろうか。

「うんうん、分かるぞお、俺だってあいつに取られたんだああ、自慢の鼻をよお、分かるぞお、痛いよなあ」

 何度も頷きながら彼はつらつらと言葉を並べる。

「あいつは許せねえよなあ、あの野郎はよお」

 声のトーンは下がり、気づけばもう涙は流していなかった。ぎろりとア太郎に目を移し、まるでトカゲの様にスルスルと降りてくる。地面から手を放し、立ち上がる。手にある鉈の様な、武骨で刃も碌にない刃物がてらりとア太郎の無くなった眉を写す。

「ああ、やめて、もう」

「ああ、やめて、もう~、ぎゃは、ぎゃはあ」

 トカゲ男はア太郎の周りを踊りだした。

「ぎゃはぎゃは、食べちゃおっかなああ」

 頭を守る様にうずくまるア太郎の顔の高さまで覗き込み舌なめずり。彼の黄色い目玉を見たア太郎はひっ、と情けない声を出してもっともっと小さくなる。

「た、助け……」

「ん~? ン~? なぁにぃ?」

 トカゲ男はツルッとした頭をぐりぐりとア太郎の頭に擦り付けて大きな口をにんまりとさせた。

「た、助けて」

「くださいはぁ?」

「助けてくだあさい!」

 脳にトカゲ男のぎゃりぎゃりした声が響くのが怖かったのか、ア太郎は大きく叫んだ。

「ぎゃはぎゃはぎゃは!」

 ア太郎の髪に顔面を押し付けて笑うトカゲ男。彼の大きな口で飲み込みそうだ。一通り笑い終わるとトカゲ男はア太郎の髪の毛を乱暴につかみ上げて目を無理やり合わせる。

「……いいぞ」

 ほれ、とキノコを差し出した。血が足りないのか、恐怖からか、ア太郎は震えながらも左手で受け取る。そのキノコは手のひらに収まる程度の大きさで、傘の部分には穴がいくつもあった。それ以外は色も茶色で普通のキノコに見える。

「食え」

「え」

「食え」不満そうな顔をするトカゲ男。

「で、でも」

「死ぬぞ? いっぱあい血流したし、おらあ恩人だぞお? たすけてえ~ひぃいって言ったもんなあ」

 つまらんなああ、とア太郎の頭を揺らす。髪の毛がぶちぶちと抜けていく。

「ハい! はい、たべまあす!」

「……つまらんなあ」

 頭を揺らしてた手を止めてまたも不満そうな顔をするトカゲ男。ア太郎の髪を握っていた手をパッと放して両手をぶらんとさせる。ア太郎の目の前でじっと待っている。

「はっ、はっ」

 ア太郎は考えていたのだろう。この意味の分からないトカゲ男について。いや、お望みの原人イベントだ。しかし、突如として渡されたキノコを口にしてもいいものか、と必死になって考えるア太郎。血の足りない頭は朦朧として、正常な判断が出来なくなってくる。それでも、ア太郎はゆっくりとキノコを口に運び、パクリと口にした。

「お、おお、おおお」

 咀嚼するア太郎の顎に合わせて首を振るトカゲ男。

 ごっくん。

「おお」

 喉ぼとけとともに大きく頷くトカゲ男。

「あ、あの食べた、んですけど、どうなる、ですか」

 ア太郎はふらふらとした顎を動かして言葉をなんとか出していく。

「まあ、まあ、まあ、知らずに食べちゃあったの君? ぎゃはぎゃはぎゃは」

 トカゲ男は楽しそうに転がりだす。

「ああ、ああ」

 絶望するア太郎。

「うんうんうん、ああ、ああ、ああ~、ぎゃはぎゃゲホゲッホ」

 笑いすぎて咳き込むトカゲ男。呆然とそれを眺め、もう終わった、とア太郎の顔。突如ア太郎は自分の身体の底から熱が沸き起こるのが分かった。

「あ」

「あ?」

 首を傾げるトカゲ男。

「あひ、あひるううん、るんるん」

 ア太郎は自分ではどうしようもできない何か、何かの衝動に駆られている事は分かっていた。が、もう止められない、言葉が、身体が勝手に動き出す。操り人形の様にふらりふらりと立ち上がり、身体を揺らし始めた。

「らああん、らああん、おっぱいおっぱい! あああ、さとしいいいはねえおぎゃおぎゃ、さむいあつい? さむのこりいいああんああん、あきちゃんあきちゃん巨乳うのあきちゃんさとし、そうそう、となせんせりとなりだったうんさとしぶんかうん、おあなにーいっぱいだいすきい、うんうんおかしゅたあああさああんはああ? おにいちゃんがでんでんつうがくういるのいい、そうそう、うんうんるーとにいだよ、らじゃないんさいじゃないだただよお」

 びくびくと体を何かに動かされるようにして訳の分からない言葉を並べ始める。

「うん、うん、うん! わかるわかるぞお! そうかそうか! 可哀そうにナあ!」

 トカゲ男はうんうんと頷き踊り狂うア太郎に再び涙を流し始め、一歩も動かず踊るア太郎と一緒に踊り始めた。

 踊りは続く。


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