亡くなった眉毛
一日目
どちゃり。
「うぶへ」
裸の骨格からして、おそらく“彼“、は無様に泥の中にうつ伏せになっていた。反応からしてそこに落とされたように思えた。
「……どこだ」
彼は寝ぼけている様に目を薄めてつぶやいた。口には泥が入っていたのか吐き出しながらも膝立ちになって呆けている。
中学生か、高校生か、はたまた童顔の大学生か。ともかく社会を経験したことのない事がうぶな顔面から伺えた。彼の右の眉毛は失敗したのか、いじめにでもあったのか、眉間から随分と離れている。観察してみるに、特に特徴ある顔立ちではなく、幾つかにきびを潰した痕がある程度で、平凡である。泥パックされていない横顔を見るに、彼はそのような顔立ちで合った。
「あれえ、さっきまでお風呂に」
彼は右手に持っているモノを眺めてつぶやく。どうやら入浴中だったようだ。よく見れば彼の右手には泥だらけのカミソリが握られていた。おそらく剃っている間にでも泥の中に突っ込んだのだろう。そういった経緯を知れば随分間抜けな顔に思えて不思議だ。左手を上げてくれなくては確認できないが、その手に石鹸が握られているのでは、と推測する。どうせ、泥だらけだろう。彼は辺りを見渡し、きょとんとしている。その顔も相まってシュールな笑いに誘われる。いや、彼は人を笑わせる能力などないだろう。いや、彼にはなくとも、彼が嘲笑と言う形で笑いを生じさせることは可能かもしれない。
……いつまで呆けているのか。彼がおそらく持っていたスマホがあれば、そり落とした眉毛の復活方法、とでも検索するのだろうか。ああ、彼は自分の顔を確認はしていなかった。実に滑稽である。
べちゃ、べちゃ。ようやく彼は立ち上がった。
「森? ……空が、紫?」
ああ、書き忘れてしまった。そうなのだ。夢でない限り、どうやら彼は魔界に来てしまったらしい。