1 旅とは想定外のことがある
ボロボロになった元高層ビルや、昔はたくさんの車が走っていたと思われるひび割れたコンクリート、倒れた電柱や信号機。かつて栄えた都市の残骸だ。
「蓮夜様、ドロップしましたの」
うれしそうに声を弾ませながら、しかし完璧な無表情で、俺とともに武者修行をしている朱莉が、金属製の銀色のコップを持ちながらそう言った。今回ドロップしたのは、そのコップらしい。
「どこで倒したんだ?俺のところには、スライム一匹、餓鬼一匹、現れなかったぞ」
どっちがより売れる異能具をドロップできるかという勝負を行っていたのに、どこを探しても異獣が一匹も見つからない。これだと俺が、ぼろ負けするに決まっている。
「ここはもう、私たちのような武者修行を行っている方々か、旅商人たちが間引いたばかりなのかもしれませんの。まだ新しい野営の後や、ごみ屑がたくさん落ちていしたし」
怒りをにじませながら、しかしいつもの無表情で、ドロップしたコップを握りしめながら言った。ここは、ド田舎中のド田舎の武闘派集落で暮らしていた俺でさえ、知っているような超有名修行地だったのに……。一足遅かったらしい。
「仕方がないから、次の修行地に行くか。そういえば、そのコップは何の異獣でドロップしたんだ?」
仕方ない。結構異獣探しに自信がある俺でさえ、一匹も見付けられないような惨状になったなら、一年近くこの修業地はお休みだろう。割と楽しみにしていたのに、残念だ。
「そうですの、しばらくここは用済みだとおもいますの。このコップは、低位の化け猫を倒したら出ていましたの。どのような効果かは、移動中に確認しますの」
低位の化け猫から出た日常雑貨程度なら、キャンピングカーの中で確認しても暴発したり、何かが壊れたりということもないだろう。それに、さっさと移動して修業したい。
「そうだな、ここにいても無駄の極みだし、次の修行地に行こう。だけど、どこに行く?」
俺と朱莉は、里こそ違えど成人したと認められるには、全国の修業地巡りをしなければならないという、今時珍しい成人課題があり、旅商人のまねごとをしつつ成人への最終課題である全国の武者修業をしている。ここの修業地で、一年修業がお預けなら俺たちの成人は、一年遅れることになる。……どうしよ?
「一応課題の修業地はここですの、しかしこのような不測の事態の時は、同じ県内の修業地でいいらしいですの」
へー、初めて知った。だけど、朱雀の里はそれでいいとして、俺たち白虎の里はどうなんだ?
「じゃあ朱莉のために、同じ県内と思われる修業地を見繕うか」
旅に出るときに、ろくに説明もされずただ行って来いとしか言われなかった俺は、それでいいのかどうかはわからない。何の説明もせずに送り出す白虎の里と違い、朱雀の里はきちんと説明してくれるらしい。同じ太古から連なる里だというのに、この違いは何だろう?
「蓮夜様も、それでクリアだと思いますの。朱雀と白虎は似たような里ですので、条件もほぼ一緒なはずですの」
そういえばそうだったような、そうじゃなかったような……。勉強そっちのけで、武芸を身に着けることしか考えてなかったから、あんまりそこら辺を理解していない。同い年の朱莉でも知っているような、こんな状態になる前まで、日本の守護をしていた四代家の常識をほとんど知らない。というか勉強全般大の苦手で、俺の知識は、義務教育というものがあった時代の小学生レベルだ。一応成人前の十六歳なのに……。今度、壁の中に行ったときに、ドリルでも買おう。
「そうなのか」
よくわからないけど、とりあえずうなずいておく。だって、一緒に武者修行している間、散々偉そうにしていたくせに、常識かどうかはわからないけど、口振り的に四代家ならだれでも知っていそうな一般常識を勉強が嫌いだから知りません。というのは恥ずかしい。
「そうですの。適当に車を走らせて、適当な廃墟を探しますの」
と言った。思い立ったら吉日を信条とする朱莉は、行動すべてがほとんど即決だ。
「どっちが運転する?俺が運転してもいいけど」
普通は、一時間交代で次は朱莉の番なのだが、せっかくドロップした異能具の確認がしたいと思うから、俺が運転してもいい。借りは後で返してもらったらいいしな。
「お願いしますの。この異能具の確認がしたいのですから」
いつもの無表情だけど、声が弾んでいるし、心なしか口元が緩んでいる気がする。朱莉がうれしいのなら、この借りはなかったことにしておこう。
「じゃ、早く乗れ。おいていくぞ」
俺は、運転席に乗り込みながらそう言った。本当においていったりはしない。ちょっとした冗談のつもりだ。
「おいていったら、死ぬ気で追いかけますの」
しかし朱莉は、俺の発言が冗談だと受け取ってくれなかったらしい。目がガチだし、声音も真剣そのもの。じわじわと気温も上がってきているし、周囲の異能素がざわめいている。俺、そんなことしたことないよね?たぶん。
「冗談だ。行くぞ」
朱莉を怒らせたらまずいのは、この三か月で十分に理解しているからな。朱莉のペースに任せよう。そうじゃないと、恐ろしいことに俺のご飯がなくなる。そんなことにならないために、朱莉の機嫌はとらなくてはならないからな。
「わかりましたの」
朱莉は急いで助手席に乗り込む。きっちりとシートベルトを締めたのを確認すると、エンジンをかけてアクセルを踏む。
俺と朱莉は、次の修行地を探すため、滅び捨てられた街を去った。