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東の帝国②

 

「ゴルド将軍、敵軍に潜り込ませた間者より報告が届きました!」


 ローブをまとった男は、周囲にいくつか張り巡らされている天幕の中でもひときわ大きなものの中に入るや否やそう目の前の男に告げた。男はその言葉を聞くとたっぷりと蓄えた口髭をゆがませながら言葉を返す。



「どうだった、俺の言った通りだろう?」


「はっ、将軍の予想通り我々中央軍が攻め入るオニキスには、〈魔王〉ランド、〈剣姫〉イーサの二人はおりません。」


「グハハ、やはりな。やつらが帝国の戦線に出せるのはせいぜい俺たちの半数。三都市を攻められれば普通は戦力の分散を嫌い、シュタインかフェルスは諦めて残りに力を注ぐだろうよ。だが強いとはいってもまだまだ若造、都市を見捨てるという判断はなかなかできまい。」


 ゴルドは、ランドとイーサがすべての都市を救おうとするだろうと考えていた。エレンガルドの王が民に優しいこともその判断をより強固なものにしていた。しかし、中央のオニキスが最重要であることに変わりはない。だからこそゴルドは、逆に二人がこの都市にいないと予想した。中央にはあちらもできるだけ数を残しておきたいはずだ。そうなると左右のシュタインとフェルスに置ける兵は少ない。兵力差を補うにはあの二人がそれぞれつくしかない。そこまで読み切っていた。



「ええ、シュタインにはランド、フェルスにはイーサがいると思われます。」


「よし、ここまでは理想的だ。俺たちが欲しいのは国境近くの最大都市このオニキスだけだ。ここさえ押さえてしまえばエレンガルドに侵攻していくのはどうとでもなる。シュタインとフェルスは言わば時間稼ぎよ。あいつらを寄せ付けず、こちらがオニキスを墜とすまでのな。この俺なら戦力差さえあれば三日でいける。して、敵軍の分布は?」



「はっ、それが……」


 そこまでローブの男が言いかけたところで、ゴルドは口を出す。



「いや、やはり待て、それもどうせなら当ててやろう。左右に五千ずつ、いや、オニキスの防壁が一番強固だからな。左右に一万ずつ、中央が二万。どうだ近いだろう?」


 ここまで自身の予想が当たり、上機嫌で推測するゴルドであった。しかし、彼のそのような態度は次の瞬間で崩れ去ることとなった。



「その、オニキスには4万近い兵が待機しているとのことです。」


「……アァ?聞き間違いか?どうしたらそんな数になる。増援があったのか?」


「いえ、そのような報告は受けていません。」


「ランドとイーサはいないんだろう?なら、シュタインとフェルスも守るつもりでいるのは間違いねえ。だとすると、あいつらろくな兵も持たず2万の軍と戦うつもりってか。……んなバカな話があるかぁ!」


 イラついた様子で辺りにあった椅子を蹴り飛ばす。


 しかし、とうとうランドとイーサは結局開戦まで現れることはなく、ここ中央のオニキスの戦いは始まることとなる。




 ――――



オニキスから街道沿いに五日ほど進んだところにある都市シュタイン。その目の前に広がる草原にはきれいに並んだ人の群れがあった。


「ランド団長、敵が布陣を完了したようです。まだ少し距離があるからか密集しています。」


「報告ご苦労。それにしても、なんで固まってるのかね敵さんは。半年前の戦を忘れたのか。」


前回の帝国との小競り合いでは、敵が距離を詰める前にランドの魔法で被害を与え敗走させた。その時の記憶が残っているのならば、少しでも攻撃の対象から外れる確率を上げるために分散させて進軍した方がよいだろう。


「それについてですが、今回の敵側の指揮官がラピスラズリ家の若者らしいです。家臣からも凄腕の魔法師たちを引き連れてきたようです。」


「ほう、あのラピスラズリの者か。なるほど、俺と正面から撃ち合う自信があるということか。」


帝国のラピスラズリ家は魔法師の一族として有名である。代々優れた魔法師を輩出し、帝国の魔法師にとってはラピスラズリに仕えることは一種のステータスにさえなっている。



「ええ、名門の一族でしかも相手はランド団長ですから。倒せば魔法師としてこれ以上ない名誉を受けるはずです。張り切っているのでしょうね。」


「おいおい、倒せばってお前は俺の軍の部下だろうが……。縁起でもないことを言うなよ。」


「フフ、失礼しました。けれど、ありえないことだって分かってるから口に出せるんですよ。それじゃ、がんばってくださいね。あの〈剣姫〉よりも先に倒しちゃいましょう!」


「勝敗じゃなくて心配するのはそこなのか……。まあ、さっさと片付けるに越したことはないな。別動隊が隠れているかもしれないし、連れてきた千人は予定どおり都市の防衛に使っていいぞ。じゃあ、ちょっと行ってくる。」



そう告げるとランドは、まるで散歩にでも行くような気軽さでふらふらと正門から歩いて行った。


たった一人とはいえ、正面からまっすぐに進んでいるためしばらくすると敵軍の目にとまる。

帝国軍はただ一人で歩いてくる者に気付くが、いくら強いと噂がされていてもまさか団長が単独で出てくるわけがないと警戒を怠っている。しかし、目の前の男が近づいてくることを辞めないのでさすがに無視を続けることもできなくなってくる。次第にざわざわと騒ぎ始めた帝国軍の中からひときわ大きな声が響いた。



「貴様、何者だ!我が名はフォン=ラピスラズリ。この軍の指揮官だ。使者ならば名乗るがよい!」


そう言って前に出てきたのは赤いローブ纏った若い男だった。その男を一瞥すると顔をしかめながらランドは返事を返す。



「まだ若いな……。悪いことは言わないからおとなしく帰れ。そしたら見逃してやる。」


「ふざけるな!アホにかまっている暇はない。俺は〈魔王〉ランドを倒しに来たんだ、消えろ。火よ、我が元に集まりて炎と化せ『炎弾』」


フォンが流れるように呪文を唱えるとその手元には火球が形を成し、それはそのままランドの元へと吸い込まれるように飛んでいく。しかし、それが彼の元に届くことはなかった。


「我が身に代わりて、一切の害意を受けよ『障壁』」


ランドが前方に手をかざしながらそう告げると、パキンっと音を立て迫りくる火球が消滅した。それを見たフォンはようやく目の前の男に対する警戒を強める。


「防御魔法!貴様、魔法師か。」


「お前、ランドに会いに来たんだって?名乗るのが遅れちまったな。俺がランド=ソルセサリーだ。もう一度だけ言うぜ、さっさと帰りな。」


「なるほど、先ほどの魔法の展開速度は見事なものだった。貴様がランドで間違いないらしい。だが、その自信が仇となったな。『障壁』は一度に一つの魔法しか防げない。こちらには大勢の魔法師がいる。勝ち目はないぞ。」


「その前にこっちが滅ぼすかもしれないぜ。」


「貴様なら大規模攻撃魔法も使えるだろう。しかし、こちらは一人でもお前に攻撃が届けば勝ちだ。お前が攻撃をした瞬間は無防備になる。相打ちになる可能性もあるが、貴様を討てるならば安いリスクだ。」


フォンはどうあっても引くつもりはないらしいとランドは悟る。



「そこまで決めてるならしょうがない。見せてやるよ、俺の答えを。」


ランドが構えたのを見て、フォンは即座に味方に指示をとばす。それに続き自身も魔法を唱える。


「全魔法師、詠唱開始!騎士は己の武器を投擲せよ!火よ、我が元に集まりて炎と化せ、炎よ、集いて踊り狂え『狂炎乱舞』」


魔法師の詠唱、騎士の怒号が混ざり合い、夥しいまでの言葉の奔流の中、ランドは静かに詠唱を開始する。


「堅牢なる大地、悠久なる大地、我が呼び声に応じ、その永き眠りより目覚めよ『土神礼賛』」


一瞬先に放たれた帝国軍の攻撃は、火、水、土、風、槍、剣など様々な個々の攻撃が群れとなり、ついにはもはや個別の集合ではなく、凄まじい密度を為し一つの面として押し寄せる。最前線にいる指揮官のフォンですら前方の攻撃により向こうにいるはずのランドの姿すらもう見えてない。


勝ちへの確信、目の前の攻撃の凄まじさによりこれ以上ないほど気分の高揚したフォンの気分を終わらせたのは、万の軍勢の言葉すらかき消すほどの轟音と、眼前に突如としてそびえ立った自軍の攻撃すら霞むほどの巨大な何かだった。見上げるほどのそれはなおも天を衝かんばかりに上昇を続ける。



「……大地?」


頭で考えずつい反射的に出たその言葉が己の耳を通り抜け、順序を逆転しフォンの思考を確定した。つまり、ここに来てようやく彼は下から伸び続けるそれが地面、大地そのものであることに気が付いた。


彼の思考が終わったころ帝国軍の獰猛な、凄惨な、無慈悲なまでの猛攻は大地に到達した。それは、じゃれついて突撃した小さな子どもが父親に受け止められるかの如く優しく、そしてあまりにあっけなく霧散した。


子のいたずらを受けた慈愛溢れる父親は静かに怒り出す。危ないことをした我が子を諫めるように。大地は少しずつ震え、音を増し、進軍()()した。


帝国の者は様々な反応を持ってそれに応える。父の怒りから逃げ出す者、泣いて許しを請う者、呆然と立ち尽くす者。そして……反抗する者。帝国の指揮官、フォンもまたその一人だった。迫りくる偉大なる拳骨から目を反らさず最後の呪文を唱える。


「優しき炎、その温かさをもって我を包み、その熱さをもって敵を灼け『炎纏しゃ……』」


……彼が言えたのはそこまでだった。圧倒的な質量で前方の空間を飲み込む。やがて全てが土へと還り、ようやく大地はその役目を終え、静寂だけが訪れた。



「だからやめとけって言ったんだけどな。こちとら貧弱な魔法師なんだ、攻撃と防御くらい同時にこなせる準備くらいはしてるっての。……って、もう誰も聞いてねえか。」



こうして、シュタインにおける帝国左軍との戦いは終わりを告げた。







前話はかなり久々の投稿だったのですが、思ったよりも多くの方に読んでいただけたようでうれしいです。

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