英雄・・・なんですよね?
「これより、魔法師団と騎士団の合同軍議を行う。進行は私、魔法師団副団長、アリア=アムレートが務めさせていただきます。」
天幕の中に、女性の声が響き渡る。天幕の中には、ローブを纏った者と鎧を身につけた者がちょうど同数ずつ存在していた。そして、なぜか彼らはお互いに激しく睨み合っていた。
「おいおいおい、ちょ~っと待てよ。騎士団と魔法師団の軍議の間違いだろう? それに、なんでお前が勝手に進めようとしてんだ? ここはこの俺、騎士団副団長のマルコ=ソーディアが進めてやるよ。」
「黙りなさい、マルコ。話し合いに必要なのは筋肉ではなく頭脳です。それともその脳の代わりに筋肉が詰まった頭では、進行を買って出てあげた私の優しさすら理解できませんか?」
「はっ、お前に優しさが存在するなら30超えて結婚もしてないわけがないだろうが。そもそも今回は話し合うまでもねえだろ。大将首を挙げた俺ら騎士団が今回の戦の第一功だ! 」
「敵軍に甚大な被害を与えた我らが団長の功績を忘れたとは言わせません。あなた達はそれを横からかっさらっていっただけでしょう? ……ていうかおいこらクソガキ、私の前で結婚の話題を出すとは死にてえのか、ああん!? 」
「上等だ!この間合いでトロくさい魔法師が騎士に勝てると思ってんのか? 」
「あなたこそ調子に乗らないでください。この距離なら、一撃で周りの騎士ごとあなたを吹き飛ばせます。」
「やってみろ、ぶった斬ってやらあ! 」
「消し飛びなさい!」
マルコは剣を抜き、アリアは杖を構える。まさに一触即発の危機だ。
なぜお互い同じ国の軍人でありながら、このような事態に陥っているのか? それを知るにはエレンガルドの過去を語る必要がある。
エレンガルドが今ほどの大国ではなかった頃、時の王は野心に溢れていた。その当時は軍には騎士団しかなく、魔法師は少数の部隊しか存在していなかった。
しかし王は魔法師の有用性を認め、魔法師を厚遇しその育成を推進した。ついには騎士団とは別に魔法師のみで構成される魔法師団を作り上げた。
魔法師団ができてからのエレンガルドの戦果は目覚ましく、その王の時代だけで国土を3割広げることに成功した。王も国民も皆そのことを喜んだが、それを面白くない思わない者もいた。騎士団の者達だ。
長年国を守り続けてきたのは自分たちであるのに、王は新参の魔法師の方を厚遇した。それだけではなく、魔法師の方にも問題があった。発足から短い期間で戦果を挙げた魔法師たちは、騎士を軽んじ魔法師こそ至高の存在として奢った。
当然そんな態度をされては騎士たちも友好的に接することはできなかった。そして、時が経てば経つほど両者の対立は深まっていった。
そして彼らはいつしか、戦で勝つことよりも相手の団より戦果を挙げ功績を残そうと必死になった。そしていずれは、自らの団長を2つの団の指揮官へ昇格させようと目論んだ。トップに自身の派閥のものが立てば、相手は大きな顔をできなくなるからだ。
そんな経緯を経て味方に勝ちたいと努力した結果、エレンガルドは敵国を倒し続け大陸一の大国とまでなった。なんともおかしな話である。
つまり何が言いたいかと言うと、騎士団副団長のマルコと魔法師団副団長のアリアが味方でありながら、こうして争うのはいつも通りのことであるということだ。
だって、騎士団と魔法師団はめちゃくちゃ仲が悪いのだから。
だがしかし、皆が互いに憎しみあっているかというとそうでもない。小さい頃からの友達で別々の団に進んだり、家族で違う団に所属するケースももちろんあるのだ。
そして、奇しくもこの軍議の場にも2人ほど相手のことを悪く思っていない者がいた。
英雄と称される、騎士団長イーサ=シュベルトと魔法師団長ランド=ソルセルリーである。
この2人は軍でもずば抜けた力を持っている。今回の戦を終わらせたのも、この2人の力に因るところが大きい。
彼らは地位的にも、絶大な力を持つという境遇的にも似ていたので自然と互いに共感を抱いていた。それに加え、イーサは冷静で賢く頼りになるランドに惹かれていた。ランドもまた、強く凛々しいうえに可憐な彼女に恋をしていた。
しかし、その思いは自身以外に知るものはいない。イーサもランドも互いに団を率いるもの。団員の多くが相手の団を出し抜こうと一致団結し奮起しているのに、相手の団長にアプローチなどしようものなら団員からの信頼を失い皆がついてこなくなる。それは絶対に避けねばならない致命的なことであった。
だから、2人が話すことができるのは限られた機会だけだ。それなのに、副団長同士の争いで貴重な機会を失うことは避けたかった。故に、ランドとイーサは2人を止めた。
「アリア、落ち着け。こんな狭い天幕で魔法を撃てば俺たちにも被害が出るぞ。」
「マルコも引きなさい。味方を殺めることは軍規違反になるわ。」
「……ランド団長がそう仰るのならここは引いてあげましょう」
「しょうがない、イーサ団長にめんじて今回は許してやろう」
「は? 」
「あ? 」
「アリア! 」
「マルコ! いい加減にしなさい! 」
「「……すいませんでした」」
「はあ、どうやら副団長に任せていては話が進まないようだ。ここは団長どうしで話を決めようと思うが構わないか?」
(よし、言えた! よく頑張ったぞ俺! これで上手くいけば2人で話せる。……2人で? やばい、めっちゃ緊張する。俺、ちゃんと話せるのか? )
「ええ、それで構わないわ。早く話を決めてしまいたいもの。小難しい話が大好きな魔法師と長く居ては、こっちの頭までおかしくなってしまいそうだし。 」
(あ、ああ……話しかけられちゃった、やった!で、でもダメ! 気を抜くと頬が緩んじゃいそうだし、いつも通りにしなきゃ……)
こうして、2人の貴重な会話が始まる。だがしかし……
「ふん、こちらもごついのに囲まれて天幕の中が狭くて鬱陶しいのでね。さっさと進めよう。今回の敵は前衛に一万、後方に敵大将を含む本陣二千。そのうち前衛の敵一万を魔法師団が撃破。つまり、敵の8割以上だ。今回の勝利が我々の手柄だというのは揺るぎないだろう。」
(ええ、俺小難しいのか……。いやまあ確かに、彼女を前にするとつい緊張して回りくどい言い方をしてしまうかもしれないけれど。固いやつってやっぱり好かれないよな? はあ、落ち込むなぁ。)
「何を言っているのかしら? あなた達臆病者は後ろに隠れて攻撃していただけでしょう。こちらが敵の大将を討ち取ったことを覚えていないの? 戦で重要なのは将よ。兵はまた補充すればいいけど、指揮官は替えの効くものじゃないわ。こちらの方が功績は上でしょう。」
(ご、ごついって言った!? 今ごついって言ったわよね!? そ、そんなことないもん! 確かに他の女の子よりはちょっ~~~っとだけ筋肉質かもしれないけど……。うう、あたし女として見られてすらいないの? 全く脈なしじゃない……)
「そもそも、我々が敵の数を大きく減らし陣形を崩したからこそ騎士団が敵大将の元まで行けたのだろう。お膳立てをしてもらっておきながら自身の手柄を主張するとはな。これだから野蛮人は……」
(お、臆病者……。確かに勇敢な彼女からするとそう見えてもしょうがない。しょうがないが……へこむものはへこむ。俺だって本当は前に出て彼女を守りたいけれど、かえって彼女の邪魔になって嫌われたりしたら嫌だし……。ああ、自分が情けない。)
「敵は減らせても、ここはエレンガルドの領土になるのよ。これから使う土地を魔法で荒野にしては、何のために戦をしたのか分からないじゃない、野蛮人はどっちよ。大人しく全て騎士団に任せていればよかったのよ。」
(や、野蛮人……。やっぱりあたし女として見られてないんだ。うう、やばい、泣いちゃいそう。しっかり顔を引き締めなきゃ……)
「東の帝国に動きがあるという報告があったのを忘れたのか? 一つの戦に時間をかければそれだけ他の国に余裕を与えてしまう。土地を奪っても自国の土地を失いましたでは、話にならんだろう。そんな判断すらできんのか?」
(急に目つきが怖くなった……というか睨まれているのかこれは? 俺のことどれだけ嫌いなんだよ……。ああ、でもそんな顔もやっぱり綺麗だなぁ。はあ、付き合いたいな~ちくしょう。)
「偉そうに上から目線でお説教かしら? あなたと話していると戦以上に疲れてしまうわ。これ以上は時間の無駄ね、失礼させてもらうわよ。」
(違うんです、嘘です、ごめんなさい! 本当はすごく癒されます。でも、なんていうかもう色々限界です。精神もだけど、ドキドキとか! だって、かっこいいだもん! あああああもう大好き! )
「ああ、そうしてくれて構わない。俺も話の通じない者との会話は苦痛なのでね。そろそろ部屋でゆっくり休みたいと思っていたところだ。」
(ああ、今回も何もできずに会話が終わってしまった……。また次に話せるのはいつだろうか? もういっそのこと、魔法師団辞めちゃおうかな、ははは。)
ご覧の有り様である。
こうして今日も騎士団長と魔法師団長はすれ違いを続けていく。
果たして、彼らが無事結ばれる日はやってくるのだろうか?
それは、まだ誰にも分からないのであった……
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