二人の英雄
大陸一の大国、エレンガルド。その領土は広大であり、数多くの敵が存在する。北は魔族の国、東は帝国に、西は都市国家郡に、南は異民族に囲まれ、常に戦いの危険に晒されていた。
しかし、現在それらの全てをエレンガルドは跳ね除けている。
その要因は大国ゆえの国力の豊かさでも、厳しい訓練に耐え抜いた軍の精強さでも、優秀な役人による外交の力でもなかった。
この国には、英雄がいた。ただそれだけのことだった。
1人で時代を変えてしまうほどの力を持った人物が現れることは、何も有り得ないことではない。
1人の天才が生活を大きく変化させる発明をすることも、1人の指揮官が千の兵で万の軍勢を打ち倒してしまうことは実際これまでにあったことだ。
エレンガルドにおいて、そうした英雄が現れることも不思議なことではない。
……ただ、一つだけ異常があるとすれば、それは。
英雄が、一人ではなかったことだけだろう。
――――――――――――
「魔法師団、総員攻撃を直ちに中止せよ! 同時に全力で前方に防御魔法を展開! 団長が攻撃するぞ! 」
そう叫んだのはローブで身を覆う女性。彼女は魔法師団の指揮官の1人であり、軍の隊員に戦況に応じた指示を出すのが役目である。
しかしながら、彼女の指示はひどくおかしなものだった。目の前に敵の軍がいるのに、攻撃を中止。ここまではまだいい。防御魔法を張ることも戦場ではよくあることだろう。問題はその後だ。
彼女はこう言ったのだろうか? 敵の攻撃に備えろと。いや、違う。彼女は確かにこう言った。団長が攻撃すると。
団長とはつまり、彼女が所属する魔法師団のトップであり、要するにこれ以上疑いようもないほどの味方である。
しかし、彼女の言葉はおかしくとも、決して間違いではなかった。それは数秒後に証明された。
蒼いフード付きのローブを目深に被った男が、整列している魔法師団の前に一歩出る。
そのまま無造作に右手を掲げ、振り下ろしながら彼は呟いた。
「空の果てより来たりて穿て。『星落とし』」
男が言い終えるのと同時、雲一つない空に何かが現れる。それが巨岩であると認識できたのは、すでに敵陣に甚大な被害がもたらされた後だった。
横に長い長方形型に配置していた敵軍一万は、一瞬で物言わぬ肉塊に成り果て、直撃を免れわずかに生き残った者も目の前の光景が理解出来ず、逃げ惑い、喚き散らし、あるいは思考を放棄するする他なかった。
そんな中、動きを見せる集団が二つ。
一つは、一万の味方の大半が岩に押しつぶされるのを見ていた、敵将軍が率いる後方の本陣二千。
彼は、前方の味方の地獄絵図を見ながらも、なんとか残りの兵を連れ逃げ出そうとすぐさま行動を起こした。
しかし、彼の逃走よりも早く動き出していたもう一つの集団があった。
敵の逃亡を阻止するためか、速さを重視した千程度の騎馬隊の集まり。その先頭を駆けるのは、燃えるような赤髪を揺らめかせる一人の女性だった。巨岩の落下により混乱した敵陣をすり抜け、敵将軍の元へと真っ直ぐに進んで行く。
敵将軍は自らへと向かう集団に気付き、舌打ちをする。だがそれがたいした数ではないことを即座に認識し、指示を飛ばす。
「敵に近い前方の千は敵の足止め! 残りの千は俺に続いてそのまま逃走しろ、急げ!」
そのまま、赤髪の女性の軍と敵将軍の千と千が衝突し、互いに足を止め勢いを失う。その隙に敵将軍は戦場から次第に距離を取っていった。
ふう、と将軍は一つため息をつく。一万二千もいた軍はほぼ壊滅だが、敵の追手はなんとか撒くことができそうだと安堵する。
しかし、一体あの巨大な落石は何だったのだろうか。自軍に都合良く、いやこの場合は悪くと言うべきだが、偶然にしてはタイミングが良すぎた。それでも、あんな災害を敵が引き起こしたなどと考えるのも信じられない話である。
将軍がそんな思考の海に沈みかけた時、自軍の中から発せられた叫び声がそれを妨げる。
「て、敵襲!!」
反射的に将軍は後方へと振り返る。しかしそこには敵の軍などどこにも迫っていなかった。
見渡しても見えるのは味方だけ。兵士が錯乱したのかと思いかけたその時……
前方にいた味方の首が宙を舞った。真っ赤な血飛沫を挙げて。
そこからさらに、各場所から悲鳴が聞こえてくる。その悲鳴は徐々に将軍の元へと近づいて行く。
「なんだ、何が起こっている!? 誰か状況を報告しろ!」
「状況? そうね、あなた今から死ぬわよ。」
そう答えたのは、一人の女性。その手に持つ剣からは血が滴り落ちている。
「誰だ貴様は! 上官の前で許可なく抜刀するとは何事か! 」
「ん~? あ、そういうこと。あなた、勘違いしてるわよ。私はエレンガルド王国の騎士。あなたの部下どころか敵よ敵。あなたの首をもらいに追いかけてきたの。」
「……ふざけているのか? 仮に俺の軍に追いつけても、先頭を走る俺にどうしたら追いつけるというのだ。千の軍の中を通り抜けてきたとでも言うつもりか? 」
「あら、分かっているなら話が早いわね。急いでいたから皆殺しにしないで、邪魔な敵だけ切り殺して進んできたの。優しいでしょう、私?」
女性は余裕そうな笑みを浮かべる。だが、それは敵将軍には頭がおかしいようにでも見えたのだろう。当然だ、彼女の話が本当なら、単騎で千の敵に突っ込み今なお敵に囲まれて楽しげにしているというのだから。
「……貴様の戯れ言に付き合っている暇はない。おい、誰でもいい、さっさとこの女を殺せ。」
将軍が言うと女の周りにいた兵士たちが剣を抜く。5人程が一斉に切りかかろうと剣を振り上げた時、何かが地面にぼとりと5つ落ちた。
それはたった今剣を抜いたはずの5人の頭部であった。5人ともその顔に苦痛は一切見えず、剣を振り上げた時の力んだ表情のままだった。まるで、自身の頭部がすでに胴体と別れを告げていることに気が付いていないかのように。
「な、なんだ一体!? どういうことだ!?」
「それはさっき教えてあげたでしょう。あなた、死ぬわよって。」
「ふざけるな! 貴様何をした? 」
「何を……って言われても、見たままじゃない。私が素手で首を引き抜くような、はしたない女に見えるかしら?」
そう言いながら、女は首をかしげ剣先を将軍へと向ける。
「……くっ、なんなのだ貴様らの軍は!? 軍を潰すほどの落石の次は見えない剣だと? ありえん、こんなことがありえるかああああああ! 」
将軍は半狂乱になりながら女騎士に斬りかかる。そして、彼は一刀のもとに切り伏せられた。彼の真後ろから。
「はあ、私たちがあまり知らない異民族なら、逆に私たちの知らない強敵もいるかと思ったのだけれど……期待外れね。まあ、いつものことだけれども。」
彼女は敵将軍の首を拾うと、敵陣の中をゆったりと歩き自軍へと向けて戻っていく。敵陣を半分進む頃には血溜まりの海ができ、後半へ差し掛かる頃には敵は自然と彼女の前に立つことを避け、一つの道ができていた。
「あ、そういえばこれで今回の戦は終わっちゃったのね。……ということは、会えるのね彼と。はあ、どうしよう。会いたいような会いたくないような……。うー、緊張する。がんばれ私!」
千の敵に囲まれていた際は余裕の笑みを浮かべていた彼女は、戦闘が終わった今、顔を真っ赤にし落ち着きをなくしていた。なんともおかしな光景である。
果たして、自軍で彼女を待ち受けるのは一体何者であるのだろうか?
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