同居生活
―苦痛―
広大な暗闇に一人さらされている不可思議な夢から目覚めると、そこはまたしても花畑の中央であった。
しかし今回はきっちり道があり、そこを時折馬車が通ったりしていて前回とは違った。
「ふぁぁ。なんだまた花畑か。一体何回お...」
そこまでぼやいて少年は異変に気が付いた。
(あれ、頭あたりが柔らかい。俺は地べたに寝転がっているはずだが)
少年はそこまで思考を走らせてある確信に近い仮定に至った。
(こ、これは世にいう膝枕らというやつではないのか。い、いやでもまて、でもそんな都合のいいこと)
なんとか理性を保ちながらも期待に胸を躍らせを超越して爆発させ、やや緊張しながら、今向いている方とは反対側を向いた)
「...」
「...」
「...」
期待もむなしくそこには同じような景色が広がっていた。ただ違っていたのは、そこには大木が雄々しく佇んでいた。
「んー。ですよね。最初から分かってました。分かってましたよはい。いやでもちょっとは期待したかもしれないですけど。そんなことあるわけ」
いきなり立ち上がると、誰にともわからず方便を述べだした。
通った馬車の馬にまで冷たい目で見られていることにも気づかずに。
一人で盛り上がり、一人で冷めている悲しい少年に不意に声がかけられた。
「ちょ、いきなりなんなのよ。急にニタニタしだしたと思ったら急に立ち上がって叫びだして。読書に集中できないから少し黙って」
そう話しかけてきたのは金髪ツインテ―ルで豪華だが派手ではないワンピースを着た少女だった。
「ご、ごめんなさい」
不意に説教を受けたので、とっさに出た言葉が謝罪で後の会話が続かなくなった。
しばらく、沈黙が続いた後、この雰囲気に耐えかねたのか、金髪少女が口を開いた。
「あ、あんた。寝ながらうめいてたけど大丈夫なの」
心配そうな顔で少女はこちらを見上げてきた。
寝ていた間のことは正直よくわからないので大丈夫なのかそうでないのかは分からないがここで大丈夫じゃないというのも少女に迷惑なのでここは「大丈夫だよ。ありがとう」と答えた。
「そ、そう。それならいいのよ。じゃあ私はあなたみたいに寝ている暇はないからもういくわ」
最後にかわいらしい皮肉を言い残して少女はタイミングを見計らっていたかのようにやってきた馬車に乗り込みそのまま去っていった。
「なんだったんだ一体。それにしてもあの子可愛かったな」
少年はまたしても一人ニタニタしだしたが今回は馬車の音が聞こえてきたので理性を働かしてなんとか耐え抜いた。
「そんなことよりあの無慈悲なジジイどこに行けって言ってたかな。確かポケットに入れておくって言ってたんだが」
しかし、いたるポケットに手を入れてみてもメモらしきものが全く見つからない。
それどころか、何もはいっていない。
探しても見つからないのでムキになっていると空が一瞬光ったように感じた。
しばらくの後...
「ドゥオオーン」
ものすごい音と土煙を立てて空から何かが落ちてきた。
あまりにいきなりすぎて少年は阿呆面をさらしていた。まわりの人も何事かと寄ってきて、だんだん人混みができていた。
しばらくすると土煙が薄くなっていき、中から人らしきシルエットが浮かび上がってきた。人々が皆一様に「なんだなんだ」とざわめきだしたのとほぼ同じくして「シュパン」という音とともに残りの土煙が一斉に払われた。
「うぉぉ」と群衆から歓声が上がり少年もやっと我に返った。
「なんだったんだ。一体。今日はおかしなことが多すぎる」
そうぶつくさ文句を言いながら少年は土煙の中から現れた赤髪の女の子に目を向けた。
超が付くほどかわいい顔立ちをしていて、顔のパーツ1つ1つに全くずれがない。
当てはまる言葉があるとするならば【完璧】だろう。
さっきの金髪少女も十分に可愛かったのだが、こちらはまた系統が違った可愛さだ。
さっきの少女を美というならこちらは優美だ。
同じようだが少し違う。
そんな美少女を前にしばらく顎を落としていた少年だが、体を揺らされていることに気が付いて意識が戻った。
「ちょっと、〇〇〇。おーい。起きて」
聞き覚えのない名前を呼ばれて聞き取れなかった少年は、率直な疑問を口にした。
「んーと。誰?」
直後、美少女の顔があたかもおもちゃを買ってもらえない子供のような今にもわめき泣きだしそうになった。
「え、えぇぇ。そんな顔しなくても。せっかくのきれいな顔が台無しだよ」
そう宥めると、逆に少女の顔は満開の桜が咲き誇っているかのように明るくなり、直後、ルビーのように赤くなった。
「ルーク。い、いくら未来を誓い合った仲だからってこんなに大勢の前で言われると恥ずかしいわよ。あらなに二人っきりの時ならばいつでも言ってくれていいわよ」
赤面しながらも少女は、ルークの目をしっかり捉えていた。
周りの人だかりから一様にすさまじい視線を向けられて,とても居心地の悪いルークだったが、無視を貫いた。
「あぁ、すまない。寝ぼけていて、名前が出てこない」
「ルークったらひどい。許嫁の名前を忘れるなんて。後で何してもらおうかしら」
少女の目が一瞬ギラッと光ったように感じ背筋が凍るような感覚に見舞われた。
「わ、分かった。なんでも言うことを聞こう」
またしても少女の顔が満開の桜が咲き誇っているかのように明るくなった。
しかも先ほどよりもより明るくかつ,邪悪な要素が混じっているのは気のせいだろうと思うことにした。
「もう、仕方ないわね。エリジェ・メリゼスよ」
その家名を聞いた途端、周りにいまだ集っていた群衆は一気に散っていった。
あたりの空気は太陽の陽気に照らされていたかのような温かさから一転、クレバスの底に落ちたかのように冷たくなった。
皆
「あの堕落貴族のメリゼスよ」「あ、ぁぁ噂くらいは聞いたことがあるぜ。当主がビースト討伐の時に腰を抜かして逃げたって」「なによそれ、本来私たちを守る立場の人間が」口々言いたい放題に話していた。
ルークがチラッとエリジュのほうを見ると、こぶしを爪が食い込みそうなくらい強く握りしめ、顔を真っ赤にして、ぷるぷる震えていた。
このままではまずいと思いルークはエリジュの肩に手を添えて、そっと「帰ろう」と声をかけた。
今にも叫び泣き出しそうエリジュを抱きながら、家へと向かった。
もちろんルークは家の場所など知らないのでエリジュの案内でだが。
=== ===
道中何度か休憩をはさみながらなんとか到着した。
家は町の中心街にあり、便利そうだ。
貴族と聞いていたからお城みたいな場所に住んでいるのかと思えば、レンガ造りの普通の家であった。
そんなことを考えながら、腕の中で眠っているお姫様を起こして、地に足をついた。
「ふぁぁ。もう着いたの」
素っ頓狂な声でそう尋ねてきた。
「エリが寝てる間についた。はい、さっさと入る入る」
「ふぁ~い」
まだ寝ぼけている許嫁の背中を押して、扉を開けた。そこには1人のメイドと1人の執事が出迎えていた。
「「おかえりなさいませ。お嬢様」」
声をそろえて、二人の男女はいう。
「ただいま」
それだけ言い残して、エリジュは二階に上がろうとした。
「じゃあ俺はこれで。じゃあなエリまた明日」
そう言い残してルークは行く当てもないが帰ろうとした。がその矢先...
「ちょっと、ルークどこ行くのよ。待って」
そう言うと上がりかけだった階段を引き返してきた。
「どこって、自分の家だけど?」
そのまま玄関のドアノブに手をかけると、エリジュが恥ずかしそうに何やら伝えてきた。
「ルーク、今日からあたしと一緒に住むのよ」