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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虚空鬼事

作者: 朝霧

 だきしめられるはずだった

 (抱きしめてもくれなかった。)

 わらいかけてもらえるはずだった

 (笑いかけられたことは一度もない。)

 あいしてもらえるはずだったのに

 (愛されるわけがなかった。)

 あたたかいみずのなかでやさしいこえをきいていいきもちになった

 (冷たい部屋で聞いたのは怒鳴り声だけで、心が空っぽになっていった。)

 うれしかった

 (悲しかった。)

 うれしかったのに

 (悲しかったから。)

 だから

 (だから。)

 ――××××××××ごめんなさい

 (――◯◯◯◯◯◯、ごめんなさい。)

 


 試験の結果は全体的にまあまあだった。

 長く辛かった試験期間は本日で終了、明日からは一ヶ月半ほどの夏期休暇が始まる。

 試験結果の通知表が届くのが9月の初め頃だったか。

 実家に帰るかどうかは悩んだが、結局帰らない事にした。

 元々実家からでも大学には通えるのに、一人暮らしがしたいからと言ってこっちに移ってきたんだわざわざ帰る必要はない。

 電車で1時間くらいだから何度か帰るだろうけど……多分止まることはない。

 実家に長居しすぎるとお盆あたりに母と父の実家に連行されそうだし。

 父の実家も母の実家も苦手だった、片方はどうでもいいことを根掘り葉掘り聞かれまくるし、もう片方は居場所がない。

 だから極力行きたくない。

 それになんだろう……あの人たちはどうも私の事を嫌っているらしい。

 親族たちの愛想のいい笑みの下に、敵意に似た何かをはじめて感じたのはいつだったか。

 よく覚えてないけど、小学生の頃には自覚していた。

 だから今年も行かない、行きたくもない場所、しかも行っても何の益もない場所に行くために時間と気力を割くのは時間の無駄でしかない。

 それだったら知神の家を掃除している方がよっぽど有意義だ。

 ……夏休みだし、もう一軒か二件くらい掃除の依頼が来るかもね。

 来たら熱中症にならないようにしなくちゃ。

 そんな事を考えながら自宅に向かって歩き続ける。

 それにしても暑い、とても暑い。

 カバンの中からペットボトルを取り出して飲もうかと思った時、泣き声が聞こえた。

 幼い子供の泣き声だ、声だけだと男の子なのか女の子なのかわからないけど、この声……

 辺りを見渡して、幼稚園児くらいの小さな子供が道の端で泣いているのを見つけた。

 先ほどまで人通りがあったけど、今は誰もいない。

 喧しかった蝉の鳴き声ももう聞こえてこない、聞こえてくるのはその子供の泣き声だけ。

 「どうしたの?」

 この状況でスルーするのもどうかと思ったので声をかけてみた。

 その子供はヒックと一度高い声を上げた後、伏せていた顔を上げる。

 やっぱり性別はわからなかった、私の見る目がないからなのか、それとも……

 違う、定まってないんじゃない、これは……

 「おねえちゃん、だれ?」

 「私は中村。どこにでもいる普通の大学生だよ」

 いつも通りの自己紹介をしてから、もう一度どうしたのか聞いてみた。

 事情を聞くと、やはり迷子だった。

 いきたいところへ行く道がわからなくなってしまったらしい。

 「そっか……」

 「……かえりたい、よう」

 泣きじゃくりながら訴えてきた声に心が痛くなる。

 不意に視界が陰る、見上げるといつの間にか雲が太陽を覆い隠していた。

 ああ、これはいやな雰囲気だ。

 「……私に君達の行くべき場所に連れて行く事は出来ない……でも、それができそうな方達に何人か心当たりがある」

 「……ほんとう?」

 安心させたかったから、できるだけ柔らかな笑みを作ってしっかりと頷いた。

 「うん……だから一緒に来てくれないかな?」

 目を合わせてそういうと迷子の子供(達)はしっかりと頷いた。


 「それじゃあ、一回電話してみようかな?」

 とスマホを取り出すと子供(達)は不思議そうな顔をした。

 「なあにそれ?」

 「スマホだよ、これで遠くにいる人とお話しできるんだ。私の知り合いに君達のことを聞いてみようと思ってさ」

 そう言いつつスマホを操作して、違和感を持った。

 なんだろうと思ったら画面の右上に「圏外」の文字が。

 「ああ、そっか……普通に圏外か……」

 「どうしたの?」

 「いやあ……ごめんね……えーっと…………このスマホって、空中にある見えなくてさわれない糸でいろんなところに繋がってるんだけど……今はその糸が全部切れちゃってるみたいで……」

 こんな感じの説明でわかるだろうか、知っている人相手なら圏外だったで済むけど、何も知らない子相手になんて説明するのが正解なのか……

 「……それじゃあ、おはなしできないの?」

 「うん……今の所これは……ただの金属の板だね」

 やれやれ困ったなあ、とあまり事態を重く捉えられないように肩をすくめてからスマホをしまう。

 ――これはよくない雲行きだ、今はまだ平気だけど。

 「……これからどうするの?」

 「自分の足を使うしかないね。結構歩き回ることになるかも知れないけど、大丈夫かな?」

 目線を合わせて問いかけると、コクリと頷かれた。

 ……場所的に効率が良くて可能性が高い順に回ると…………この順番が的確、かな。

 「よし。それじゃあ行こうか」

 手を差し出そうとしたけど、あの人に言われた言葉を思い出して、それはやめておいた。


 ひと雨来るかも知れない。

 空はどんどん暗くなっていった、人通りも蝉の声も相変わらずだ。

 最初に向かったのは美神さまの神社だ。

 最初にここに来た理由は至極単純、ここが私の知り合いの神社の中で一番大きく、かつ近かったからだ。

 ――だけど、境内に入ってもみても誰の気配も感じない。

 「すみませーーん!」

 声をかけてみたけど、返事は来ない。

 本当に誰もいないのか、答えられる状況じゃないのか。

 「だれもいないね」

 「うん。でもひょっとしたら声は聞こえているかも知れないから……」

 聞こえているかも知れないので一通り状況の説明をしておいた。

 気が向いたら助けてくれるかも知れないし、していて損はない。

 「……と、まあこんな具合でして。ご助力いただけたら幸いです」

 そう話を締めて頭を下げた。

 「さあ、次だ」

 顔をあげて子供(達)に向かってそういった。


 真夏だというのになんだか肌寒くなってきた、普段だったら歓喜していただろうけどこの状況だと笑えない。

 次に向かったのは智神さまの神社だ。

 理由は単純に近かったのと、助けてもらえる確率が一番高かったからだ。

 この神社は去年まで廃れきっていた、信仰を失い祀られていた神の神威は堕ち、荒御魂になりかけていた。

 私があの方からの依頼でここを掃除しなかったら本当に危ない状況だったらしい。

 私は大したことはできなかったけど、それでもここを立て直した人間のうちの1人だ。

 それなりに縁は深い。

 ――だからいけると思ったんだけど。

 「……だれもいないね」

 「……うん」

 結果はこのざま、人っ子一人みえやしない。

 仕方ないので美神さまのところと同じ説明だけしておいた。

 聞こえていれば助けてくれるだろう。

 「次、行こっか」


 遠くから雷の音が聞こえてくる、子供(達)も怯えているし、状況的に結構まずい気がする。

 早くなんとかしないと、このままじゃ。

 3番目に向かったのは稲荷神社、ここも今年のゴールデンウィークに私が掃除した。

 智神さまのところに比べるとだいぶマシだったけど、あのまま放置していたら良くないことになっていたのは明白だったらしい。

 智神さまのところよりも縁は浅いけど、それでも藁にすがる思いでここに来た。

 「……やっぱり、だれもいない」

 「うわぁ……知神の皆さま全滅かぁ……困ったな……」

 それでも何もしないよりはマシだと説明だけはしておいた。

 聞こえていれば助けてくれるかもしれないから。

 ……さて、この後どうするか。

 雷の音は近い、空色は厚い雲のせいでどろどろに真っ黒だ。

 肌寒い空気に鳥肌が立つ、真夏であるのに上着が欲しいくらいだ。

 この状況で境内の中から出るのはあまりよろしくないかも知れない。

 留まっていれば見つけてもらえる可能性は高いし、安全である可能性も高い。

 でもここで何かあった時に、私1人じゃ対応できない。

 一か八か、最後の可能性にかけるてみるか……?

 「おねえちゃん、これからどうするの?」

 視線を下げると不安そうな顔が見えた。

 これから、どうしよう。

 「……もう直ぐ雨が降りそうだから……ここで助けを待つか……最後の可能性にかけるか……ちょっと迷ってたんだ」

 だけど、ずっと待っているわけにもいかないだろうから。

 「だけど、行こうか。次が……私が頼れる最後の場所だよ」


 稲荷神社を出て、事務所へ向かう。

 もし声が聞こえていたのなら、あの方達はきっと最初にここに伝えに来てくれるだろうから。

 だからあえて最後に回した。

 人も車も通らない不気味な道をただ歩く。

 ――その時。

 「――っ!!?」

 「お、おねえちゃん……なにか……なにかいる……!」

 敵意と寒気、憎悪と羨望が混じったような強い視線を感じてほとんど反射的に振り返る。

 同時に気配に気づいたらしき子供(達)も振り返って、ソレをみて悲鳴をあげていた。

 少しだけ赤みを帯びた黒い色の、どろどろとした人の形をしたようなもの。

 ソレが、強い敵意をこちらに向けているソレが、べちゃりとこちらに一歩踏み出してきた。

 「――逃げるよ!!」

 咄嗟に子供(達)の手を取って、走る出した。

 ああ、とうとうでてきてしまったか。

 何かがごめんなさいこの子達を狙って来るだろうことはわかっていた。

 だから生まれてこれなくてその前になんとかしたかったんだけど……

 だけどなくてごめんなさ結果は散々で……ああ、もう!!

 「――君達が謝る必要はない! ただ運が悪かっただけで、君達は何も悪くない!!」

 「!?」

 走っているせいか自分の声が荒い、本当はもっと優しく言ってあげた方がいいことはわかっている。

 だけどこのままこの状態を放置して侵食され続けると何も考えられなくなる、だから。

 「今はただ逃げることに集中して! あれに捕まったら君達も私もおしまいだ!!」

 振り返る余裕はなかった、なんの声も聞こえてこなかった。

 だけどもう、自分の思考を遮るものはなくなった。

 今はただ、逃げることだけを考えよう。

 策もない、ゴールだってないかもしれない。

 それでも逃れる足がまだ残っているのだから。

 ――こんなことが昔にもあった。

 あの黄昏を思い出して顔が引きつった。

 だけど大丈夫。

 大丈夫なのだと言い聞かせる。

 ――この逃げ道の先に階段はないのだから。


 ただひたすらに、がむしゃらに走った。

 黒い人影の足はそれほど速くなくて、それだけが救いだ。

 逃げても逃げても同じペースで追いかけて来るし、振り切れそうもない。

 こちらの体力が切れるのが先か、私達を誰かが助けてくれるのが先か。

 事務所まではもう少し距離がある、あそこまで辿り着ければ誰もいなくてもなんとかなるかもしれない。

 あの事務所には結界がある。

 ここは狭間だ、現実とは別の場所。

 この世とあの世の間にある異空間。

 それでも本物を模しているのなら。

 違う場所でも同じ場所、何かしらの効果は期待できるだろう。

 と、信じたい。

 結界がなんとか動いたとして、どれくらいの間籠城できるかはわからないけど。

 「あっ」

 「!」

 手を引いていた子供が足を縺れさせれ転んだ。

 私が手を引いていたから膝をついた程度で済んだけど……追いつかれるには十分すぎた。

 「いたい……」

 「立って! 追いつかれ……っ!?」

 黒い人影が後一歩で子供(達)に触れられる距離まで迫っていた。

 「――!」

 子供(達)の手を強く引いて、自分と子供(達)の立ち位置を入れ替えながらポケットに手を突っ込む。

 そして取り出したものを黒い人影に向かって突きつけた。

 遠呂智さんからもらったお守り、なんか色々よくわからないマークと模様で埋め尽くされたお札だ。

 「――――!!!?」

 黒い人影が絶叫のようなものをあげて後ろに吹っ飛んだ。

 だけど所詮気休め、祓うまでには至らない。

 「逃げるよ!!」

 「う、うん……いまの、なに?」

 「探偵兼祓魔師からもらったお札!! 足止め程度にしかならないけどね!」

 そしてもうあと一回しか使えない、この札が使えるのはせいぜい3回だと聞いている。

 一週間前に一回使ったあと、そんなに使う機会ないだろうと新しいものを用意してもらわなかった自分を呪いたい。

 事務所はまだだろうか?

 ああ、まだだ。

 でももう少し……もう少し……!

 「おねえちゃん! おいつかれる!」

 「……!?」

 嘘だ、と思って振り返ると、確かにあの黒い人影の手がこちらに届くまであと三歩分の距離しかない。

 私たちが遅くなった?

 違う、あっちが速くなったんだ。

 多分札で弾いたせいで本気にさせてしまったらしい。

 大抵のひとでないもの達はあれでビビって退散してくれるけど……強い奴には火に油を注ぐ行為になる。

 さっきのは悪手だったかな……

 でもあの時札を使ってなかったらジ・エンドだったし……

 「――――!!!!」

 黒い人影が叫び声のようなものをあげて速度を上げてきた。

 「ええい……南無三!」

 黒い人影に向かって札を投げつけた。

 札はうまいこと黒い人影に向かって飛んでいき、黒い人影を後ろに吹き飛ばした。

 けどすぐに建て直される、距離は稼げたけど捕まるのは時間の問題だ。

 「ひっ!!?」

 子供(達)を引っ張っていた手に負荷がかかる。

 振り返ると子供(達)の肩を黒い人影の手のような部分が掴んでいた。

 「っ!! 離してよ!!」

 叫びながら子供(達)の手を強く引っ張った。

 向こうも子供……せいぜい小学校高学年くらいの大きさみたいだから、割と簡単にすっぽ抜けた。

 引っ張りだしら勢いを利用して子供(達)を自分の後ろにかばう。

 「……こないで」

 睨み付けると黒い人影は一瞬だけたじろいだけど、こちらに向かって一歩近寄ってきた。

 「させないよ!」

 子供(達)に向かって伸ばされた黒くドロドロとした腕を掴む。

 逃れようと暴れた黒い人影と取っ組み合いになる。

 侵食される事は憎い憎いわかっていた。

 「……あ」

 押さえなんで込め羨ましい離すななんで逃さ愛してない痛い痛いうるさい離せ離せ侵食が寒い冷たい苦しいやばい優しくして僕は何もしてないのにこのままだと。

 「だま……れ」

 声が苦しいうまくで殴らないでない正気を熱い保て私は悪い子ないとごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいいらない子ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんゴミクズごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生まれてきてごめんなさい生まれてきてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな――

 「……うるさい!!」

 気を強く保て、のまれるな。

 怒鳴り声を上げたせいだろう、黒い人影からの侵食が薄まった。

 なんとなくわかってたけど、この黒い人影は望まれなかった子供達の霊が寄り集まったもの、ひょっとしたら生霊もいくつか混ざってるかもしれないけど、とにかくそう言う存在。

 だから、この黒い人影は人の怒りに敏感だ、理不尽な暴力を受け続けてきたからこそなんだろう。

 「君達の不幸は十分わかった。だけどねえ……それはそれ、これはこれだ、その子達を道連れにする理由にはならない! それはただの逆恨みだ!」

 あの子達は望まれていたのに生まれて来ることができなかった子供達。

 生まれて来ることができなかった魂は純粋で清い。

 今は彼らの死を嘆いた誰かの思いのせいでこの世に留まってしまっているけど……本来ならすぐに成仏できる存在だ、人として再び生を迎えることも容易いだろう。

 だからこそこの黒い人影は恨んだ、自分たちには与えられなかった愛情によってこの世に留まってしまっている彼らの事を。

 「だからもうやめなさい。このままだと君達もずっと救われない」

 今の状態でも危険だけど、まだ救いがないわけじゃない。

 悪霊になってしまっているけど、悪霊の状態ならまだ救いようがあるらしい。

 だからーー

 うるさい。

 「……っ!!」

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい――

 「う、うるさい……のは、きみたち……だ………」

 やばいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい逆ギレたうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいこのままだと取りうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい憑かれるうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさ……

 ――。

 何かを切り裂くような音が聞こえた後、頭の中に響いていた大量の声が消えると同時に、掴んでいた黒い人影が消えた。

 「……っ!!?」

 顔を上げて真っ先に視界に入ったのは白銀色の刃物――刀だ。

 見覚えがある、見覚えしかないそれを見て、悲鳴をあげかけた。

 次に、というかほぼ同時にそれの持ち主も視認し、全身の血が凍り付いたような錯覚を感じた。

 だけど、その刃が子供(達)に向けられたのをみて、体が動いていた。

 「……どけ、響子」

 「いや」

 ひどく冷めた目で睨まれる。

 ああ、なんて恐ろしい目をしているんだろう。

 あの時より幾分マシだけど……うん。

 冷や汗がダラダラと流れる、呼吸が苦しくなってきた、頭がクラクラする。

 ……やっぱり怖いなあ、どうしようもないくらい怖い。

 あの浮遊感が全身に蘇ってきて吐き気がする。

 ……でも、大丈夫。

 ここに階段はない、だから誰も落ちない。

 「お前が迷ったのはそれのせいだろう」

 非難するような声で彼は言った。

 確かにそうなのだろう、だけど。

 「それでも、私はこの子達を助けたい」

 そうでなかったらとっくの昔に全てほっぽり出している、それに。

 あれだけ駆けずり回ってなんの成果も得られなかったとか、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。

 そう思って、彼の目をしっかりと見る。

 もう悪寒はなくなっていた、呼吸も楽になった。

 嫌な浮遊感も掻き消えた。

 遠呂智さんのところで地味に修羅場をくぐり抜けてきただろうか、キャパシティオーバーするほどの恐怖心を感じると私は色々吹っ切れる。

 フィーバータイムとでも呼ぼうか、こうなってしまえばことが終わるまで私は突っ走れる。

 それに……なんで君がここにいるんだ。

 私が呼んだのは遠呂智さんだ、君なんか呼んでない。

 と言うか面倒なことになりそうだからできるだけ君には私の現状がバレないようにしてくれって頼んだのに。

 どちらさまだよ、こいつにバラしたお方は。

 「……偽善者が」

 「偽善で結構。私は私のやりたいようにする」

 昔からそうだった、私は私のやりたいようにする。

 その結果があの黄昏だったとしてもそれは私の業だ、受け入れる。

 だけど今のは違う、私のやったことで私自身が被害を被るのは構わないけど、この子達は関係ない。

 「……君がこの子たちを斬るというのなら全力で抵抗するよ」

 抵抗しようにも札も何もない現状でできる私にできる抵抗なんて実は全くないのだけど。

 ただのハッタリだ、こいつには私が札を使い尽くしたことなんてわかるわけないいし。

 「……その状態でどう抵抗するんだ? 札も何もないくせに」

 「…………」

 ば、バレてる。

 なんで何故どうしてなにゆえ?

 十数秒ほどアワアワと無様に慌ててから、気付いた。

 引っ掛けられた。

 しまった、ものの見事に引っかかった……!!

 取り繕ってももう遅い、取り繕うのならすぐにそうするべきだった。

 自分の阿呆さを呪いたくなったけど、もう仕方ない。

 「そ……それでもやりようはあるし……!」

 と、ファインティングポーズをつくる、この子達を斬りたいのなら私の屍を越えていけ。

 完全にヤケだった、テンパっていると言い換えてもなんの差し障りもない。

 追い詰められた人間は何をしでかすかわかったもんじゃないと言う言葉をよく聞くけど、全面的に同意する。

 私は私がわからない。

 あの刀を持った状態のこいつ相手になんでこんな強気でいられるんだろう?

 いくらフィーバータイムの中村さんでも、私最大のトラウマ相手にここまで強気になれるのは予想外にもほどがある。

 それなりに修羅場をくぐり抜けたおかげでメンタルが強くなったのかな?

 ……ああでももうどうでもいい、どうにでもなれ。

 睨みつけるように彼を見据える。

 「――おい、君達。逃げろ……こいつは私が足止める」

 振り返らずにそう言った。

 その方がなんとかなる可能性が高い。

 真っ先に狙うだろうけど全力で止めてやる。

 「おまえ、っていう奴は……!!」

 冷めきっていた目に激しい怒りが灯る。

 何が気に食わなかったのか知らないけど、どうも本気で怒らせてしまったらしい。

 構うものか、どっちにしろどうしようもない。

 武術の心得も武器もない私にこいつがどうにかできるとは思わない、それでも多少の足止めくらいはできるだろう。

 どこからでもかかってきやがれ、と私が一歩踏み出したところで。

 「はい。2人ともそこまでや」

 聞き慣れた似非関西弁が聞こえてきた。

 

 「何をやってるんや、大多知。1人で飛び出した上になんでそんな物騒なもんを村っちゃんに向けてるんや?」

 声の主は大多知の後ろからゆっくり歩いてきた。

 声の調子はどこまでも軽いけど、こちらからみえたその顔は全く笑ってない。

 「……」

 大多知が振り返って遠呂智さんの顔を思いっきり睨みつける。

 だけど、すぐに目線をそらして、私の方を一瞥してから――深々と溜息をついた。

 「……もういい。おい遠呂智、そこの大馬鹿をさっさとなんとかしろ」

 そういって白銀の刃を自分の腕の中に引っ込める。

 刀身がずぶずぶと腕の中に沈んで消えて、少しだけホッとした。

 何度か見たけどやっぱりよくわからない、本当にどうなってんの君の身体。

 それにしても大馬鹿って私のことなんだろうか、馬鹿なのは認めるけど大馬鹿ってほどじゃない。

 「はいはい、りょーかい」

 遠呂智さんが肩をすくめてからこちらに歩み寄ってくる。

 「村っちゃん、その子らが迷子やな?」

 「はい……家族の思念に囚われていつまでも成仏できないみたいで……」

 「せやな」

 「なんとかなりませんか?」

 なんとか成仏させてあげたいんだけど、できるだろうか。

 この子(達)自身には何もないっぽいんだけど、生まれてくることができなかった彼らへの誰かの未練が強い足かせになってしまっているんだ。

 見るだけしか能がないけど、こういう霊は何度か見たことがあるからすぐにわかった。

 わかっただけで無能な私には何もできなかったけど、祓魔師である遠呂智さんなら……

 「なんとかできるで」

 「本当ですか!?」

 「おう、ちょろいちょろい」

 ちょいと失礼、と遠呂智さんが子供(達)と目線を合わせる。

 そして彼らの肩に触れ、何やらボソボソと呟き始めた。

 何をいっているのかはわからない。

 けど多分日本語でも英語でもないと思う、あんまり聞き覚えのない響きだし。

 十秒ほど遠呂智さんは何かを呟き続けた。

 「ほい、終わったで」

 その言葉とともに顔を上げる。

 「もう終わったんですか!?」

 早い、そんなあっさりなんとかなるものなんだろうか?

 こちらの疑問を感じ取ったのだろう、遠呂智さんははニッコリと笑って口を開く。

 「この子らに纏わり付いてる家族の思念を取り払っただけやからな。どーやお前さんら、これで行くべき道が見えるようになったはずやで?」

 「……うん、わかる。ちゃんと見える」

 子供達は上を見上げてゆっくりと頷いた。

 何かに目の焦点があっているけど、子供(達)の視線の先に私は何も見つけられなかった。

 「ほな、さっさと行きぃな」

 「うん。わかった――おねえちゃん」

 どこかをガン見して、一切動かしていなかった視線を彼らはこちらに向ける。

 「なあに?」

 「ありがとう」

 満面の笑みを浮かべた子供達にどういたしましてと返す。

 結局、私にできたことはあんまりなかったな。

 けど、なんとかなったからこれでいいや。

 「じゃあね!」

 そう言って子供達は手を振って。

 その姿を消した。

 

 蝉の声が喧しい。

 眩しい日差しのせいで目がくらむ。

 ああ、戻って来たんだ。

 よかったなあ。

 そう思った直後、身体から力が抜けた。

 その結果、私は尻餅をついた、太陽光によって熱せられたアスファルトが痛いくらい熱かった。

 「ちょっ!!? 村っちゃん!!?」

 驚愕の声をあげた遠呂智さんの声が、どこか遠い。

 「……こしぬけた」

 視界が歪む、涙がダバダバと流れていくけど、止めようにも止めようがない。

 「……はきそう」

 思わず口元を両手で抑えた、あと悪寒もひどい、現実的な暑さと精神的な寒さのせいで全身の感覚が狂っているようだ、目がチカチカする、頭が痛くてたまらない、呼吸もうまくできない。

 このままだと盛大にゲロった挙句おちる。

 流石に精神的ダメージがたまっていたらしい。

 そりゃそうだ、1番のトラウマ相手にあんな啖呵切ったんだもの。

 「……おい」

 聞き慣れた不機嫌な声が聞こえた直後、私の意識は落ちた。

 吐かなかった……多分きっとおそらく。


 「……はっ!!?」

 人工的な涼しい風を感じて飛び起きる。

 飛び起きて辺りを見渡すと事務所の仮眠室だった。

 「おー、村っちゃん目ぇ覚めたか?」

 ドアが開き、そこから遠呂智さんが顔だけ出してくる。

 「はい……すみません……ご迷惑をかけて……」

 「かまへんよ。それより体の調子はどうや?」

 体調は良くなっていた。

 吐き気も悪寒も目眩も感じない。

 ただし疲労感はそれなりにあった、明日は筋肉痛確定だろう。

 あれだけ走ったんだ、当然か。

 「もう大丈夫です」

 「いきなりぶっ倒れるからびっくりしたでー。大多知が狼狽えまくってテンパるし……」

 「大多知が?」

 それはちょっと見て見たかったような気もする。

 でもなんでそんなことになったんだろ、私がぶっ倒れたくらいじゃ何も思わなそうだけど。

 「まーな。緊張の糸が切れただけやろって言っても死にそうな顔してはったし……あいつのことが怖いのはじゅーぶんわかってるけど、あとで元気な顔だけでも見せてやってや」

 「ええ……はい」

 そういえばあいつは今どこにいるんだろ。

 事務所にいるのか帰ったのか。

 「も少し休んどき。落ち着いたらこっち来ぃや」

 「わかりました」

 「ほな、ごゆっくり」

 その言葉を最後に遠呂智さんは顔を引っ込めてドアを閉めた。

 その言葉に甘えてもう少しだけ休むことにした。

 部屋の中はエアコンのおかげで涼しい。

 閉じられた窓の向こう側から微かに蝉の鳴き声が聞こえてくる。

 あの子達はちゃんと行くべき場所に行けたかな?

 きっと大丈夫だと思う。


 20分ほどぼーっとしてから、仮眠室から出る。

 デスクで何やら作業をしている遠呂智さんに声をかけようとした時に強い視線を感じた。

 視線の先を辿ると、来客用のソファのど真ん中を陣取っている大多知がこちらを睨んでいた。

 「ひっ……!?」

 思わずビクッとその場で飛び跳ねた。

 格好悪い。

 「………………具合は」

 「え? …………ああ!! うん、平気平気!! もうなんもないよ」

 取り繕った笑顔を顔面に浮かべつつそう答えた。

 大多知は数秒間私の顔をじとーっと見つめて、立ち上がった。

 「……帰る」

 「え、あ……うん。またね」

 そう返して反射的に手を振った。

 大多知は無言でこちらを一瞥して、何も言わずに手をふりかえすこともしないで私に背を向けた。

 バタン、と少し強めにドアが閉められ、少しの間沈黙。

 「……あいっ変わらずやなあ……あいつは」

 半ば呆れたような声に振り返って、私は質問することにした。

 「……どうしてあいつがあの場に? みなさまには極力バラさないように頼んだんですけど……」

 私が各知神さま達に伝えたのは、水子の霊の集合体を保護したこと、それに伴い狭間の世界に迷い込んだこと、美神さま、智神さま

稲荷さまの順に回って最終的に事務所に向かう予定であること、都合が合えば遠呂智さんにこのことを伝えて欲しいこと、バレると厄介だから大多知にはこのことを伝えないで欲しいこと。

 以上の5点を全員に伝えたはずなんだけど……

 特に5つ目は強調したはずだ、多分容赦無く切りにかかってくるだろうから、と。

 「あー、それなー……うちに村っちゃんのこと教えてくれたの妹ちゃんなんやけど」

 「智神さまが……?」

 他の御二方には声が届かなかったか、忙しかったのか。

 前者だと思いたい。

 「おー。あの嬢ちゃん、事務所のドアをバッターン開いて、開口一番大声で『遠呂智さん、中村さんが危ない!!』って叫んでな? そん時そこのソファで大多知が寝てたんやけど……まあ普通に飛び起きて、どういうことだって詰問し始めてな……相当焦っよったんやろなあ……詰問されてる間に青ざめとったわ」

 「あー……」

 それはまあ……仕方なかったんだろう。

 あの方は割と心配性だし……意外とおっちょこちょいというかなんというか……

 「そんで、嬢ちゃんの説明が終わった後、あいつがなーんも準備もせずに事務所を飛び出して、ワシは慌てて準備してからあいつを追っかけて、追いついたらああなっていた、てな具合やで」

 「成る程……」

 それにしてもなぜ奴はそんなに焦っていたのか?

 私が心配だったから、っていうわけでは絶対にないのは確かだ。

 じゃなきゃ私はあの日階段から落ちたりしなかった。

 そうすると……自分の手で殺したいからっていう理由くらいしか思い浮かばないな。

 心の底から嫌だけど、それ以外に理由がない。

 きっと彼は私の事を許してはいないのだろう。

 私の何が気に食わないのかよくわからない、何があいつの琴線に触れたのか、どうしてあの日あんな言葉で斬りつけられたのか、どうしてあの日あいつは私にその刃を向けたのか。

 一度だけ、あいつが目を覚ました後に一度だけ聞いたことがある。

 だけどあいつは何も答えなかった。

 きっとあの時あの瞬間、元からどうしようもなかった私達の関係は徹底的に崩れて歪んだ。

 あの問いかけをしてからもう三ヶ月ほど経って、暇な時に答えを見つけようとしているけど……未だ答えはわからない。

 いつかその答えがわかって、改善できたその日には……私たちは友達に戻れるのだろうか?

 戻れたら嬉しいと思う。

 なんだかんだ言って、私はずっとあいつのことが好きだから。

 そう、私は彼のことが大好きだった。

 今も好きだ。

 あんな事をされたのにねえ……自分でもこの感情だけは狂っていると断言しよう。

 それでもその狂気はとうの昔に受け入れた、受け入れたからこそ、私はあいつとの和解を望む。

 ……そのためにも早く、答えを見つけないと。

 いつか笑い合うために。

 ……あいつが笑ったところなんて、あんまり見たことなかったけど。

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