第6話 アウラ=ブラッドリー
アウラお兄さんの優秀さと、ジェリドの容姿がようやく明らかになります。
「お帰りなさいませ父上」
身長は165cmくらいで肩まで伸びたプラチナブロンドの髪に華奢な体、白い馬から下りて父さんのことを父上と呼んで挨拶をしている。
「ただいまアウラ」
父さんがアウラと呼んで抱き締めたということは、やはりこの人が俺の兄アウラ=ブラッドリーで間違いなさそうだ。
今までニコニコ笑いながら父と話をしていた村人達は、アウラさんが現れると居住まいを正して皆笑顔で挨拶を始めた。
「アウラ様お久しぶりでございます」
「ロイドさんお久しぶりです。随分と収穫が進んでいるようですね? 先日お渡しした試作品の足踏み式の脱穀機は試して貰えましたか?」
「はい。アウラ様の考案された水路と水門のお陰で、大雨による被害はほぼ無かったですし、水も過不足も無く供給することが出来ましたので、今年は近年1の豊作です。あとお貸し頂いた足踏み式脱穀機というのは楽で良いですね。踏みながら稲を置くだけで脱穀が終わっちまいます。納屋から千把扱きを引っ張り出してきてた奴らも、結局は俺がアウラ様に頂いた足踏み式脱穀機を試しているのを見て、千把扱きを納屋に戻して順番に使ってました」
「何か問題はありませんでしたか? 歯が取れたとかペダルが折れたとか」
「いいえ。そういうことは何も……あえて言うなら村の奴ら全員が使おうとしたので、順番待ちになって結局いつもより時間がかかった奴らが多すぎたことですかね」
「それは嬉しい問題ですね。では次の収穫までに数を揃えておきますね」
アウラさんがとても嬉しそうに笑いながら話していたが、話が一段落したようで辺りを見渡し始める。
……本当に綺麗な人だ。でも身長が低くて髪が長く華奢な体付きだから、ニコニコ笑うと綺麗というよりも可愛い印象を受ける。
「あっオムロさん。その後鶏はどうなりましたか?」
「はい。アウラ様の言われたとおり、水路のそばに小屋を移して窓をたくさん作って風通しをよくしたら、また卵をたくさん産んでくれるようになりました」
「ならやはりただの夏バテだったようですね。鶏も暑いのが苦手ですから、夏バテすると卵を生んでくれなくなるらしいんですよ」
「その程度の事にも気付けずに、アウラ様にお知恵をお貸しいただき申し訳ございません」
「いえ大丈夫ですよ。我が領地で養鶏を始めたのは去年からであなたが初めてです。私も調べるまでわかりませんでした。わからないことだらけですから手探りでいくしかないですしね。今回は夏バテかな? と思って小屋の移動をお願いしましたが、念のために調べてみると、鳥がかかる特殊な病気もあることを知ることが出来ました。あと今回と似たような症状で餌によるものがあったのですが……今与えている鶏の餌はトウモロコシとくず野菜でしたよね?」
「はい。トウモロコシと、きざんだくず野菜を与えています」
「それに貝殻を細かく砕いた物と、魚のアラと米糠を足してみて下さい。幸いブラッドリー領は海に面していますから、食べた後の貝殻と魚のアラは回収して送らせるように通達しておきました」
「貝殻なんて堅い物、腹に刺さったりて危なくないですか?」
「貝殻には鶏が卵の殻を体内で作るのに必要な栄養がたくさん入ってるらしいんです」
「あぁ、言われてみると、貝殻と卵の殻って似てますね」
「そうですね。それが理由かどうかはわからないですけど、貝殻を与えるのが良いらしいのは間違いなさそうですから、お願いしても良いですか? そして今回はただの夏バテでしたが、次回はなにかの病気かも知れないので、暫くの間は何かあったら僕に知らせてください」
「はい。わかりましたアウラ様」
「ロイ……1つききたいことがあるんだが良いか?」
「どうしたアル?」
「それだ。なぜアウラには敬語で私にはそんなにぞんざいなんだ?」
「……敬語ってのは相手を敬うから使う言葉だからだ」
「……」
「……」
「……私はこの領地の領主なのに、 敬われていないのか?」
「……敬われていると思っていたのか?」
ロイさんが驚いた顔で父さんを見つめ、辺りがシーンとした空気になる。
空気が凍る感じでは無く何言ってるのお前? という感じの空気だ。
この空気をアウラさんが壊した。
「それにしても大きな熊だね? 猪3頭に鹿1頭……父さんが取ってきたの?」
「あぁ帰りに見つけて取ってきたんだ」
「……どうするの、これ?」
「熊はロイにやるからみんなで食べてくれ。猪と鹿は道中の村に置いてくるつもりだ」
「……でけえ熊だな、アル。ありがてぇがこんなの俺には運べねえから俺の家の前まで運んでくれねえか?」
「わかった玄関の前で良いんだな?」
「あぁ、悪いが頼む」
父さんが熊を引っ張っていく。そしてアウラさんが俺に気付いて声をかけてきた。
「……? そこの君は? 初めて見る顔だよね?」
「自己紹介が遅くなり失礼しました。初めましてアウラ様。私の名前はジェリド=ブラッドリー。ブラッドリー子爵の弟であるダニエルの息子で、あなたの従兄弟にあたるものです」
アウラさんが目を見開き、口を半開きの変な顔をする。
……変な顔のはずなのにとっても綺麗だ。……本当にこの人男の人なのかな?
「父さん。僕に従兄弟なんていたの?」
あ、呼び方が変わった。父上がよそ行き用で普段使いが父さんなんだな、きっと……
「繰り返しになるが私も昨日知った」
「なにそれ?」
「お前と同じで彼……ジェリドも出産と共に母を亡くしたらしいんだが、ダニエルはそのことだけを私に告げ、ジェリドの誕生を私に言いそびれてしまったようなんだ。それからなかなか言い出せず、今日までズルズルときたらしい。ジェリドがダニエルの息子であることはアルバートや彼の従者達も間違いないと言ってくれた」
「……それでダニエル伯父さんが亡くなり、身寄りのない彼を家で引き取ることになってここにいると……」
「そういうことだ。そして彼は私の庶子として家に来て貰うことになる」
アウラさんが一瞬驚いた顔をしてこちらをみた。そしてその後、ニッコリ笑って手を差し伸べてくれた。
「初めましてジェリド。僕はアウラ。アウラ=ブラッドリーだ」
「初めましてアウラ様。私はジェリド=ブラッドリーです。これからよろしくお願いします」
出されたアウラさんの手を握ってこちらもニッコリ笑って挨拶をする。
「女の子みたいに可愛いね。今いくつなんだい?」
……あなたには言われたくないと思いながら、1度も自分の顔を見ていなかったことに気が付いた。
あれ? そう言えば俺って、どんな顔をしてるんだろ? 本当に女みたいな顔してるのかな?
「16です」
「16か。僕は21でもうすぐ22だ。君は何月生まれなの?」
「……」
「……?」
そう言えば俺の誕生日っていつなんだろう?
「彼は4月10日生まれだ。実は彼には記憶が無いらしい」
「……なんで?」
「アルバートが賊に襲われでダニエルが死んだことは昨日の手紙で知っているな?」
「そりゃ父さんが『アルバートが襲われダニエルが死んだ。念の為アルバートの所に行ってくる』って言って馬車で飛び出していったからね」
「ジェリドも一緒に警護に当たっていたらしいのだが、救援が駆けつけたときには腹に風穴を開けられていたらしく。その時駆けつけたリリー殿の魔法で一命は取り留めたが、記憶を失ってしまったらしいんだ」
「……そうなんだ。早く何か思い出すと良いね? ……というか怪我はどうなの? 一昨日風穴開けてもう今日動いて大丈夫なの?」
「はい。リリーさんがその場で穴を塞いで翌日には傷を治してくれたので」
「へぇ~治癒魔法って凄いんだね」
「風穴と言っていたし、恐らく槍で貫かれたが、幸いにも重要な臓器をそれたのだろう。臓器がやられては早期の回復は難しいからな」
「運が良かったんだね」
「そのようですアウラ様」
「堅いよジェリド君。君はこれからは僕の弟になるんだから、もう少し気軽に兄と呼んでくれたら良いからね?」
「……ではアウラお兄様これからよろしくお願いします。」
「よろしくねジェリド」
「ところで1つ聞きたいんですが?」
「なんだい?」
「私の顔はそんなに女の子みたいなんですか?」
「……どういう意味かな?」
「自分の顔を見たことが無いからわからないんです。水路に顔が映るかと思ったんですが……曇が出ていてよく映らなくて」
「……自分の顔を知らないんだ? ……そんじょそこらの女の子より可愛いかな?」
「………………………………」
……そう言えば自己紹介したときのロイドさんの反応が少し変だった。
その後村を出発し、隣の村についてからまずは猪を、またその次の村では鹿をという具合に下ろしていき、ブラッドリー子爵の館に着いた頃には、もう日が傾き始めていた。
ブラッドリー子爵の館は、辺境泊の屋敷に比べればかなり小さいが、辺境泊の屋敷とは違い割と新しい印象を受けた。
「すっかり遅くなってしまったな。
今日は我が家に泊まって行ってくれ」
「いえ我々は元々ドラグニール領で一泊し、帰りは馬車に塩や香辛料を積んで帰るように言われております。宿の手配も既に出来ておりますので、お気になさらず」
「そうか、遅くまですまなかったね。では気を付けていってくれたまえ」
「はい。お心遣いに感謝いたします」
そう言うと騎士達は屋敷をあとにし、馬小屋に馬を繋いでいた兄さんが帰ってきた。
「長旅お疲れ様。ブラッドリー子爵領はどう? キルヒアイゼン辺境伯の領地に比べるとかなり田舎でしょ?」
「確かに田舎ですが、区画整理された田畑によく考えられた綺麗な水路や土手に水門……とてもすてきな場所だと思いました。」
「そう? ありがとう。そう言って貰えると嬉しいよ。実はあれらの物は僕が考えて作らせた物で、これから他の領地でも同じような物を作って貰えるらしいんだ。僕は父さんの息子なのに武術はからっきしだから……これを機にブラッドリー子爵家が武門だけの家では無いと思って貰えたら嬉しいんだけどね」
兄さんがとても悲しそうな目をしてそう言った。
「そんな目をせずとも、お前は既に我が領地の誇りで自慢の息子だ。領民も領主である私よりもお前に敬意を払っているくらいだ」
「……ありがとう父さん。ところでジェリドの部屋はどうするの?」
「お前の部屋の隣にするつもりだ。正面の部屋は隣の部屋に比べると日当たりが悪いし、引き続きお前の作業部屋にしてくれ」
「わかったよ父さん。ならソシアに言って部屋を片付けて貰っておくとして……今日はどうするの?」
「部屋が片付くまでは客間を使わせるつもりだ」
「なら部屋に案内しとくよ」
「あぁ頼む。私は書斎で仕事を片付けているから、夕食の支度が出来たら呼ぶようにメイドに伝えてくれ」
「はい父さん。じゃあ行こうかジェリド」
「わかりました。お願いしますアウラお兄様」
「兄は僕しかいないから兄とだけ呼んでくれたらいいよ」
そう言って笑うと、兄さんは俺を客間へと案内してくれた。そして客間にあった大きな姿見用の2m近くもある三面鏡を見るや、悪戯な笑顔を浮かべて俺の両肩を後ろから両手でつかむと、俺を鏡の真正面まで押すように連れて行く。
「初めましてだね? これが君だよ?」
鏡の中には2人いた。
1人は165cmくらいのニコニコ笑っているプラチナブロンドの長い髪のちょっと小柄で華奢な王子様……アウラ兄さんだ。
そして当然だが、その前に立つ人物がもう1人いた。身長150cmくらいでショートカットの亜麻色の髪の──女の子?
……へぇ、俺ってこんな顔してたんだ。
……うん。とても可愛い。思わず胸を確認する。膨らみは無い。……下は……お手洗いに行ったときに図らずも確認した……顔はともかく俺は男で間違いない。
読んでくれている方ありがとうございます。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
次回予告
ジェリドは自分の容姿を今まで知らなかったことから、今度は自分の体や傷痕をチェックします。
そしてチェックしている最中にまさかそんな事が起きるなんて……。
ジェリドの専属使用人も登場します。
次回【ブラッドリー子爵家】ぜひお読み下さい。