第12話 誤解
新年あけましておめでとうございます!
――ガチャ――
「はい、どうぞ」
「……ありがとう」
「紅茶かコーヒーくらいしか出せないんだけど、ステラさんも紅茶で良い?」
僕は自室の扉を開け、笑顔でステラさんを先に部屋に入れてから中に入り、飲み物を聞きながら扉の鍵をかけた。するとステラさんが驚いたような表情で振り返って僕を見た。
僕はなぜステラさんが驚いているのかがわからず、そのままの表情(笑顔)で小首を傾げながら考える。
僕は兄さんとソシアさんに、テーブルマナーからノックの回数、お辞儀の角度やそれらの秒数、速度まで細かく指導を受けてきた。そしてそれらにおける失敗は未だない。
今回も僕はちゃんと兄さんから習った『女性を部屋に招き入れる時の作法』通りにステラさんをエスコートした。……念のため先程の所作を思い返すが、僕の所作に間違いはみられなかったはず……。
するとステラさんは「お、同じ間取りなのにこの部屋は狭く感じるわね」と言って、部屋の奥にあるソファへと向かって歩き出した。
どうやら部屋の広さに違和感を感じていたらしい。何故か声が微妙に裏返っていたりと、多少不自然な気はしたが、そこを突っ込むとステラさんの機嫌が悪くなるかもしれないと思い、あえてそこには触れずにステラさんに答えることにした。
「食事はここでローラに作ってもらって一緒に食べるから、テーブルや食器棚も大きめのがあるし、リアナ用のタンスもあるからね。他の人の部屋よりは物が多くて狭く感じるかも知れないね」
そう答えるとステラさんはまたもやピクリと立ち止まり、振り返りながら「……『リアナ用のタンス』? ここであの子に着替えさせてるの?」と、蔑むような目で僕を見ながら言ってきた。
「ちゃんと着替える時は席を外してるよ!」
「……そうなの? まぁそういうことにしておいてあげる」
「そういうことにって……。本当だからね? それで飲み物は紅茶で大丈夫?」
「なんでもいい」
「なら紅茶にするね。そこの黒い椅子に掛けて待ってて」
僕はそう言ってキッチンへと向かい、ガスコンロにワンタッチ式の着火機を使って火をつける。ちなみにこのワンタッチ式の着火機も兄さんの発明品だ。兄さん曰く『燭台の原理を応用しただけ』ということらしいけど、このおかげで国中の奥様方を始め、皆の生活がより快適になったのは間違いない。流石は兄さん。兄さんの存在はブラッドリー家一の自慢だ!
「……一つは家具屋で売っていた奴として、残りの3脚は自作なの?」
この部屋には椅子が4脚あり、テーブルを挟んで2対2の形で置かれている。そしてその内の1脚がステラさんに勧めた既製品の椅子であり、テーブルの手前側に置かれている椅子だ。
「うん、そうだよ。ローラの作品。『家族の椅子を作るのは、母親かメイド長の役割なのです!』って言って、僕達が学校に行っている間に作ってくれたんだ」
「へぇ。家族、ね」
そう言いながら、ステラさんは店で購入した来客用の椅子に腰を掛け、その後は僕がティーセットと共に席に着くまで、特に言葉を発することは無かった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
ステラさんが一口口にするのを待ってから僕も紅茶を一口飲む。
うん、美味しい。ソシアさんから習った完璧な紅茶の入れ方で、来客用に買っておいたちょっとお高めの茶葉で入れたんだ。美味しくないはずがない。
「それで私がブラッドリー家。というか、あんたの兄であるアウラを嫌いな理由だけど……あんたは本当になにも知らないの?」
「うん、正直僕にはほとんどなにもわからない。父さんとアウル様が学生時代からの仲良しで、兄さんの名前もうちの家名も、ほとんどアウル様の意向で決まったということくらいしか知らない」
「へぇ、そうなの? 本当になにも言ってないのね? アウラとブラッドリー子爵は。……理由は2つ。まず1つ目は、当然だけど名前ね」
「名前? アウル様が兄さんに名前を付けたから?」
「……そこから教えないといけないの? はぁ、まぁ良いわ。この国ではいくつかの名前には意味があって、それらの名前を勝手に付けることは禁止されてるのよ」
「うん、それは知ってるよ? ストラーダ家の『アルベド』とか、こっちは称号みたいなものだけど、各公爵家筆頭執事のみに与えられる『セバスチャン』とかは有名だよね?」
「『アテナ』『アテネ』『アウル』『アウラ』の4っつの名前がうちにとってのそれにあたるのよ。この4っつの名前はレッドリバー家当主候補にのみ付けられる名前だから」
「……そうなの? ならなんでアウル様は兄さんに『アウラ』って名付けたの?」
「アウラは私と結婚してレッドリバー家を継ぐ予定だったからその名が与えられたのよ」
「……婚約者だったてこと?」
「そうよ。でも初めて会った時には、剣もまともに振れないようなひ弱な坊ちゃんで落胆したわ。でもお父様が『アウラはアル(アーノルドの愛称)の息子であり、私が名前を付けたのだ。必ず立派な漢になる』って言うから、それを信じて彼の成長を待った。……まぁ顔だけは良かったしね」
ステラさんは少し照れたように僕から視線を外しながらそう言った。
正直、こういう『実は許婚者だったんだ!』的な話はあるかもしれないな? と、薄々感じてはいたんだけど……やはりその手の話だったらしい。しかもステラさんのこの感じ……。ステラさんとしてもまんざらではなかったらしい。実際『顔だけは良かった』とか言っちゃってるし。ステラさんって案外面食いなのかな?
「次に会った時、彼は自分のベッドで泣きながら狂ったようによくわからない言葉を叫んでいたわ」
兄さんが病で死にかけていた時のことか。よくわからない言葉っていうのは、兄さんが生まれ変わる前の世界の言葉かな? その時に前世の記憶が戻ったって言っていたし。
「あのまま手を打たなければ、アウラはきっと死んでいた。だから私はアルベド様の下に走ったわ。この国でアウラを救えそうなのはアルベド様しかいないと思ったし、事実そうだったから」
「……そうだったんだ。ありがとう。ステラさんがアルベド様を連れて来てくれたおかげで――」
「……断られた」
「えっ?」
「アルベド様にお願いしたけど、断られたのよ!」
断られた? でも実際に兄さんはアルベド様のお陰で助かったって言っていたはず……?
「なんで?」
「……理由は2つ。まず1つは、その時がちょうど貴族会の最中だったこと」
貴族会。この国の中でも選りすぐりの有力貴族と王族にしか参加を認められていない、この国の方針を決定する最高機関。これを欠席することは基本的に認められておらず、当然四大公爵家も参加が義務付けられている。ちなみに、後にも先にもこれを欠席したのはこの時のアウル様だけだと僕は兄さんから教わっている。
「2つ目は、アルベド様はそれまでにも同様の願いを飽きるほどされていて、アルベド様は基本その全てを断っていた。ここで助ければ、また同様の願いをしてくるものが確実に増える。そして仮にアウラを助けたとしてもアルベド様にとって大したメリットもない」
「僕がこんなこと言うのもなんだけど、断ったらアウル様との仲が悪くなるって言うデメリットがありそうな気がするんだけど?」
「それはないわ」
「?」
「とにかく、アルベド様にはアウラを助けるメリットがなく、タイミングも悪かった。それでも私がアルベド様に食い下がった結果、アルベド様に『私の願いを幾つか聞くなら行ってあげても良い』と言われ、『私個人に出来ることならば』と応えて契約が成立した」
ステラさん、兄さんのためにそこまでしてくれていたのか。……それにしてもアルベド様。『願いを幾つか』って。いくつか明言しないのは怖いな。そしてなにを頼まれたんだろう? 聞いていいのかな?
「翌日私は、アルベド様の一つ目の願いとして、貴族会で『自分の許婚を助けていただく為、アルベド様をお借りします』と発言し、アルベド様にアウラの下まで来てもらい、治療してもらったおかげでアウラは回復したの」
えっ? 貴族会で? ……この国のトップが集まる場で、四大公爵家の次期当主が男爵家の一人息子相手にいきなり婚約発表しちゃったの? しかもその相手たる僕の兄は、その後にソシアさんと婚約。ステラさんの立場は?
――うん。完全にダメなやつだ。でもそれは一旦置いておくとして。
「でもそれ、ちょっとおかしくないかな?」
「なにがよ?」
「アウル様が兄さんに名前を付けた時、ステラさんはまだ生まれてないよね? 自分の子供が男か女かもわからないのに、その子供の婚約者としての名を、友人の子供に付けたりするの?」
「でも結果として私は女として生まれ、私がなんでアウラに『アウラ』と名付けたのかを聞いた時、『アーノルドの息子ならば、必ずや立派な男となる。だからお前が女として生まれ、アウラを婿として取る時のことを考え『アウラ』と名付けた』と答えたわ」
「そうなんだ。それで?」
「? それでって?」
「肝心のステラさんと兄さんが許婚だという話が聞けてないんだけど」
「今話したじゃない?」
「……婿として取る時のことを考えて名付けたこと? でもそれって、アウル様としては将来そうなれば良いなぁ。くらいのつもりで名付けただけだよね? 実際、アウル様は兄さんとソシアさんの婚約を祝福してくれた訳だし。もし本当に兄さんを自分の娘の許婚のつもりでいたのなら、祝福するどころか怒るよね?」
ステラさんは一瞬ぽかんとした表情をうかべ、その後腕組みしながら小首を傾げた。
「でも父さんは『アウラをお前の婿にしても良い』と言ってたわ」
「婿にしても良いということは、婿にしなくても良いってことだよね? つまり、その時アウル様が言ったのは『相手がアウラなら自分は反対しないよ』と言ってくれただけじゃないのかな? それにそれだけだと、兄さんの気持ちはどうなるの?」
「アウラは私のことを可愛いって言ってくれたわ!」
「そうなんだ。でも兄さんは昔からソシアさんのことが好きだったって言ってたし、多分単純に可愛いと思ったから言っただけだったんじゃないかな?」
「わ、私が動かなかったら、アウラはきっと死んでたわ!」
「ステラさん。それについては本当にありがとう。でも、だからと言ってステラさんと婚約したことにはならないよね? 救ってもらった側の家族である僕が言うのもなんだけど、例えばステラさんが死にかけたところを誰かが救ったとして、その誰かに『君の命を救ったのは自分だ。だから自分と結婚しろ』なんて言われても困っちゃうでしょ?」
「……」
「……」
その後、しばらく互いに無言の時間が続いた。僕はステラさんの方を真っすぐ見ながら。ステラさんは俯きながら。そしてどれくらいの時間が経ったかわからないが、長い静寂の後、ステラさんの顔から水滴が零れ落ちた。どうやら声を殺して泣き始めたらしい。
「……初恋だったんだもん」
「そうなんだ」
「初めて可愛いって言われたんだもん。抱きしめられた状態で馬に乗って、初めて女の子扱いされて……運命の人だと思ったんだもん」
「うん」
「アルベド様のお願いも……いて、グスンッ。私いっぱい頑張ったんだもん。なのに、なのに……」
僕は席から立ちあがり、かつてローラにしてもらったようにステラさんの頭を抱いた。そしてステラさんの頭を撫でながら、ステラさんにお礼を言った。
「ありがとう。兄さんを助けてくれて」
ステラさんは僕の腰に力いっぱい抱き着き、声を少しだけ大きくし、その後十数分泣き続けるのだった。
前話から半年以上もかかってしまい申し訳ございません。
私事なのですが、しばらく入院しておりました。
手術も成功し、無事退院できましたので、また投稿していこうと思いますのでよろしくお願いします。
『嫁がダメなら娘になるわ! 最強親子の物語』も、本日投稿予定ですので、良ければお読みください。