第11話 お買い物と絞殺公
女装したまま午前中の授業を受けた日の放課後、僕とステラさんはリリーと、アルベドさんはレイラと共に学園祭の買い出しに行くことになった。
アルベドさんとステラさんが別行動なのは、アルべドさんが自身のメイドを交えてブラッドリー家でのソシアさんのことをレイラから聞きたがった為だ。その為僕達が衣類を作成するための布や裁縫道具にミシンなどを購入し、アルベドさんが調理器具や食器、食材などを分担して購入することとなった……のだが。
「ねえリリー。僕も辺境伯の下で執事として教育を受けてきたんだよね? なら執事として参加した方が良いんじゃないかな?」
「ダメよ。執事と言ってもまだ見習いだったじゃない。キルヒアイゼン家の者として、まだまだ未熟なジェリドを執事として人前に出すわけにはいかないわ。それにジェリドの女装がとても似合っていたからコスプレ喫茶でいこうと言った時、あれだけの賛同が得られたのよ? 今更女装をやめるなんて許されないわ」
「そうかも知れないけど……」
「そいえばあんた、子爵の庶子ってことになってるけど、本当は甥になるんだったよね? 元々はキルヒアイゼン家で執事をしてたの?」
「うん。そうみたい」
「『そうみたい』? 自分のことでしょ?」
「あれ? アウラ様から聞いてない? 父さんに僕のことはアウラ様には話したって聞いていたんだけど……」
「お父様からは、『ブラッドリー子爵の弟が死んだからその子を引き取り、表向きは庶子が見付かったことにした』としか聞いてないわ。だからてっきり、無能で最悪な息子の代わりに、有能な甥を次期当主にするために庶子ということにしたのかと思ってた」
「兄さんは無能でも最悪でも――」
「はいはい。その話は買い物が終わってからにしましょうね? 『買い物前に喧嘩をしてしまい、結局買い物が出来ませんでした。だから服を作るのが間に合いません』なんて、みんなに言えないでしょ?」
「……そうだね。ごめんねリリー。それとありがとう」
「……ごめんなさい」
「良いわ。時間もないし、早く買いに行きましょ?」
その後僕達は、リリーの指示に従って布や裁縫道具にミシンなどを購入し、今は3人で寮へ帰るところだ。
使用したポイントは、キルヒアイゼン製の本格的な業務用ミシンを2台購入した僕がおよそ75000ポイント。それ以外のほとんどを購入したステラさんがおよそ40000ポイントだった。
業務用ミシンは今月最新型が出ていたが、そちらは完全職人向けのエキスパートモデルで、ブラッドリーの屋敷にもあった3代前の型の方が使用しやすいらしく、レイラからそちらにするよう指示を受けていたので2台ともそちらの型を購入した。
そしてその時初めて聞かされたのだが、レイラはキルヒアイゼン家専属の人気デザイナーとしても契約をしており、ソシアさんに婚約の時に着てもらったドレスやレイラとローラの私服の大半は、レイラがデザインした物であり、一部は実際にミシンで作成した物だったらしい。
そのため、それを知っていたクラスの大半の女生徒がコスプレ喫茶に参加を表明したのだった。
「それにしてもレイラがモデルだけじゃなく、デザインもしていたなんて知らなかったよ」
「レイラは一時期うちで私と一緒にお母さんからメイド修業を受けていたから、その時旦那様に習っていたの。私はそちらの才能もなかったし、当時は魔法の腕でもレイラに劣っていたから、レイラがデザインの勉強をしている間、魔法の修業と泣き虫だったジェリドの世話をしていたわ」
「そ、そうだったんだ」
僕は泣き虫だったのか……。
「旦那様って、自分の叔父でしょ? それにリリアーナさんはメイドをしてたの?」
「前にも言ったけどリリーで良いわよ? 私は自分がキルヒアイゼン家の血を引いていたことを15歳になるまで知らされず、キルヒアイゼン家のメイドの娘として育てられてきたから、私にとっては叔父様というよりも、『旦那様』というのが一番しっくりくるの」
「なんで知らされなかったの?」
「お母さんが私を妊娠していると気付いた時、お父様は何者かに暗殺された後だったらしいの。お父様に子がいると暗殺者に気づかれれば、私も殺されるかもしれないとお母さんは考えたらしいの。そして辺境伯領に赴任が決まっていた旦那様のことを、お母さんは怖い噂でしか知らなかったから、お父様の子を妊娠していることがバレたら、私もろとも旦那様に殺されるかもしれないとも考えたらしいの」
「絞殺公だしね」
「……なにその『絞殺公』って?」
リリーから聞いた『絞殺公』の異名についての説明を纏めると、とある侯爵子息が旦那様の派閥の子爵令嬢を好きになり、婚約を申し込んだが断られてしまった。するとその侯爵息子は父である侯爵に泣きついた。侯爵は周辺貴族を巻き込み、子爵領への物流に税を掛け、無頼の者を使った行為など、様々な嫌がらせを行い、『やめてほしければ娘をよこせ』と脅したのだという。
そしてその相談を受けた辺境伯(当時辺境伯位はリリーの父)は、自身の派閥の貴族とオルデリート公爵に協力を要請し、侯爵領への塩を含めた一部物流を封鎖。さらに辺境伯は侯爵領の住民の移民税を全額負担することで、侯爵領の住民を大量に引き抜き、子爵領への物流を妨害していた
当然それが問題となり、臨時貴族会が開かれる。
辺境伯はその臨時貴族会で非難され、侯爵領へのあらゆる行為を止めるようにと警告を受けたが、『私の派閥の者に手を出した者は、それが如何な者であろうともあらゆる手を尽くし、全力で潰す』と宣言し、侯爵領への制裁の手を緩めることは無かった。
結果、2年後その侯爵家は、当主と次期当主が自殺。子爵位を持つ分家が存在したが、辺境伯を恐れて侯爵領の継承を拒否。お家取り潰しとなったという。それで辺境伯に付いた異名が『絞殺公』。
意味は読んで字のごとく、狙った相手が逃げる隙も無いよう囲い込み、かといってそこで一息に仕留めることもなく、まるで真綿で首を絞めるかのようにじわじわと責め立て、侯爵家を自殺にまで追い込んだことから付いた異名だそうだ。
ちなみに自殺方法は、首吊りではなく遺書を残しての服毒自殺だったらしいが、他にも他の貴族家を幾つか似たような方法で潰したことがあったらしい。
「実際に辺境伯領へ来た旦那様はお優しい方だったから、その点はただの杞憂に終わったらしいわ。でも暗殺者のこともあったし、お母さんはすでに私を、お父様と一緒に死んでしまった使用人との間の子供。と周りの人には言っていたから、旦那様に私のことを打ち明けた後も、私が大きくなるまでは、表向きそのまま育てることにしたらしいの。そして15歳の時、私は自分がキルヒアイゼン家の血を引いているのだと初めて知ったの。周りは全員知っていて、知らなかったのは私とジェリドだけだったんだけどね」
「なんで周りの人は知っていたの?」
「私が8歳の時、降霊術を覚えたからよ」
「あぁ、なるほど」
降霊術は、キルヒアイゼン家の血筋しか使えない。つまり、降霊術を使用した=キルヒアイゼン家の人間だ。となったわけだ。
その後も終始リリーが会話をリードし、記憶をなくす前のキルヒアイゼン家での僕の話をしている最中に寮へたどり着き、僕の過去の話は一時終了となった。
そして今いるのは、レイラの部屋だ。レイラの部屋には本来全部屋にあるはずのベッドとタンスがなくなっていた。
「ここを学園祭まで作業場にすることにしたから、買ってきた物を適当に出して、2人はジェリドの部屋で待っていてくれるかしら? 私はレイラが帰ってくるまでに色々と準備をしちゃうから」
「なんでジェリドの部屋で?」
「二人とも、私がいないところで話したこともあるでしょ?」
「……こいつから聞いたの?」
「私達は旦那様のお屋敷で姉弟同然に育っているんだから、なにも言わなくてもそれくらいはわかるのよ。これからの為にも、学園祭の為にも、わだかまりは早めに解いた方が良いでしょ?」
「……わかったわ」
そして僕とステラさんは、レイラの部屋に購入してきた物をリリーの指示に従って出し、僕の部屋へと向かうのだった。