第5話 ブラッドリー子爵領
ブラッドリー家とブラッドリー家長男の名前の由来や人物紹介です。
「ちょっと待っててくれるかな?」
そう言うとブラッドリー子爵は返事も聞かずに馬車から飛び出した。
馬車の外にいたエレドアさんに、何事かを伝えて森の中に走って行く。
賊ならば俺も闘わなければと思い慌てて後を追って馬車から飛び出すが、ブラッドリー子爵は風のように木の間を縫いながら走って森の中に消えてしまった。
俺にはあんな風に森を走ることは恐らくで出来ない……。
追いかけてもはぐれてしまうのが目に見えている。……というかもう既に姿が見えない。
「大丈夫ですよ。恐らく猪か何かを見付けたのでしょう。馬車にロープをくくり付けておくように指示をして行かれ──」
──ズドオォン──
……何、今の音?
何かが倒れるような音がしたけど、明らかに猪じゃないよね?
エレドアさんとゆっくりと視線を交わす。
暫くすると、森の中からブラッドリー子爵が俺の胴体くらいか、それより太そうな獣の足を脇に抱え、左手に熊の頭を持って現れた。
「美味しそうな熊が捕れたよ……すまないんだが、熊の足を馬車にロープで繋ぐのを任せても良いかな?」
この場にいた全員に沈黙が流れる。この人今、体長2m以上ある熊を片手で引きずって来ましたよ?
「……こ、こいつは凄いですね。サイズもですが、なにより首以外に傷が見当らない!」
「せっかくの毛皮を傷つけたらもったいないじゃないか? それに首を落とせば血抜きが楽だ。馬車で引いていれば、それだけで粗方血は抜けるだろ?」
──なる程。護衛の数が少なく、エレドアさん達が帰りの護衛だと言っていた理由がようやくわかった。
──この人自身が規格外に強いんだ。
エレドアさん達は言われたとおりに熊をロープで馬車に繋いでくれているのだが……。あんなに大きな熊を繋いで、この馬車は走れるのかな? するとブラッドリー子爵が俺の疑問に気付いたらしく、答えてくれた。
「馬車は1頭でも1.5トンくらいまでなら引ける。この馬車は2頭建てだから2~3トンくらいまでなら大丈夫だよ。それに馬車自体も丈夫で、馬も若くて元気なのを手配してくれたようだからな」
「ブラッドリー子爵はとてもお強いんですね」
「そのブラッドリー子爵という呼び方だが、君は私の子ということになったのだから、君さえ良ければ父と呼んでくれて構わない。そして私より強い人間は、この王国には何人も居る。私がこの強さを手に入れたのも、その内の1人に負けたことが切っ掛けだ」
そう言いながら子爵──父さんは、また昔話をいくつかしてくれた。
当時のアーノルド(平民は名字無し)が王立学園に入学した年、4大公爵家の1つ。武の公爵レッドリバー家次期当主、アウル=レッドリバーが王立学園に首席入学しており、それまで1度も武術では負けたことが無かったアーノルドは彼に完敗したそうだ。それからは事ある毎に挑み続け、魔力無しの模擬戦ではあるが、彼に一太刀入れることに成功し、彼に認められたらしい。
辺境伯を除けば1番交流の深い貴族だそうだ。
個人的に1番面白いと思ったのは、名前についての話だ。
爵位を得る際、貴族は王から家名を頂くのだが、爵位授与式の日取りが決まった頃、爵位授与式の大分前にも関わらず、父さんの下に王家から使者がやって来て、レッドリバー家次期当主を説得するよう頼まれたらしい。
いきなりのことで何をどう説得すれば良いのかと父さんが使者に尋ねると、アーノルドに付ける家名をレッドリバー家次期当主、アウル=レッドリバーが、公爵家の力を遺憾なく使い、自身が認めた貴族として、自身の家名たるレッドリバーから一部名を取り、ブラッドリバーと名付けようとしていると言われたのだ。
四大公爵家は王国の力の象徴であるため、似た名前は不味い。しかも赤い川に対して血の川では、血の川の方がなんだが迫力があり、強そうだ。そのため王国議会がこれを拒否したのだ。
するとレッドリバー家次期当首がへそを曲げてしまったらしく、困った王国議会が父さんの元に使者を出した。ということだったらい。
その後父さんが、当時のアウル=レッドリバー次期当主を説得するも、中々聞き入れては貰えず、ブラッドリバーではなくブラッドリーでどうか? と提案すると、多少態度は軟化しらしいのだが、まだ認めない、そこでそんなに名前に拘るのなら、自分に子供が出来たらおかしな名前にしないことを条件に、名前をつけても良い。と言うと態度が一変。ブラッドリーで落ち着いたらしい。そして実際、当時のブラッドリー男爵に子供が出来た時、アウル=レッドリバー公爵は、自分の名前から二文字を取って【アウラ=ブラッドリー】と名付けたらしい。
レッドリバー公爵家の人間には、レッドリバー公爵家長女、ステラ=レッドリバーが俺と同い年らしくいので、恐らくは王立学園に入学すればその子に会えるらしい。
ステラの名はアウラから連想してつけたようなので、それだけでもどれだけレッドリバー当主に好かれているかが伺える。
辺境伯とレッドリバー公爵は、互いに別々の派閥を形成しているらしく、ブラッドリー子爵──父さんは辺境伯の派閥だそうだ。辺境伯とレッドリバー公爵は、基本的な考え方は似ているため、基本的には協調路線を歩んでいるが、1つ決定的に考え方が異なる点があるらしい。
その1つについては、レッドリバー公爵の長女、ステラ=レッドリバーと同級生になる可能性があり、先入観を持たせたくないという理由から、教えては貰えなかった。
道中一度馬車を止め、護衛の方達と共にお昼を食べ、また馬車を走らせる。途中で子爵が寝てしまい、俺も気付けば寝ていたようだが、互いに起きてからはまた話を聞かせてもらい、まったりした空気で馬車は行く。
話の途中に何度か父さんは馬車を止め、その都度猪や鹿を取ってきており、流石に馬車もその速度を落としていたが、馬車はなんとか進んでいった。そんな感じでお話をしているとすぐに時間は過ぎていき、辺境泊のことやリリーのメイド服のデザインが他のメイドと違う理由について教えてもらった頃、ブラッドリー子爵領に到着した。
ブラッドリー子爵領は辺境伯の領地に比べるとかなりのどかだった。
辺境伯の領地が街というイメージなら、こちらは田舎の村だ。しかし田舎の村とは言っても悪い意味では無く、そこら中に青々とした牧草地が広がり、山からは綺麗な川が流れている。
川からは水路が引かれており、綺麗に四角く区画整理された田畑に水が流れ込んでいた。
村に入って暫く走ると、馬車に人が集まってきた。
「お帰りなさいませ領主様」
「あぁただいま。悪いんだがロイを呼んできてくれるかな?」
「いらねぇよアル。馬車が見えたからもう来てる」
40歳くらいで身長170cm前後の逞しい男性に声をかけられ、父さんが馬車を降りたので、俺も続いて降りる。
「ロイ。せめて他家の者がいる時くらいは領主様と呼べと何度言えばわかるんだ?」
「知らねぇな、俺達はアルが貴族になる前からの友人だ。それに貴族になったからと言って距離を置くなと言ったのはお前の方だろ?」
「……今回はアルバートの所の騎士だから良いが、他の家の者がいた場合はその前でだけは気を付けてくれ」
「わかってるさ。それでその子は?」
「ダニエルの子だ。先日アルバートが襲われ、警護をしていたダニエルが殉職した。その為この子を引き取ることにしたんだが……表向きは私の庶子として扱うことにしたからそのつもりで頼む」
「私はブラッドリー子爵の弟、ダニエルの子でジェリドです。これからはブラッドリー子爵の庶子、ジェリド=ブラッドリーということになりましたので、以後よろしくお願いします」
「あぁ、わかったジェリドじょ──くんで良いのか? 俺はロイドだ。この村の村長で、アルの幼馴染みだ。……けどそうか。ダニエルは死んだのか──ん?
おいアル。ダニエルに子が出来た話なんか聞いてねぇぞ? お前なんで俺に教えてくれなかったんだよ?」
「私も昨夜初めて知ったんだ。なんでもダニエルはこの子が生まれてから私に話すつもりだったらしいんだが、出産の時に母親を亡くし、それが辛くて言いそびれたんだそうだ。それから言いにくくなり、そのままズルズルと……」
「なんだそりゃ? でもお前アルバート坊ちゃんの所には何度も行ってただろ? そん時に気付かなかったのかよ?」
「ダニエルがそれとなく口止めをしていてな……アルバートも私が知らないことに昨日まで気付かなかったらしい」
……俺が悪いわけでは無いはずなんだが。……なんだか気まずい。
俺は、目をそらした時にちょうど目に入った水路が気になった。
この水路──石で作られてる。……水の引き込み口には分厚い戸板が置かれていて、これを付けたり外したりする事によって水の引き込みを調整できるようになっているらしい。
今は戸板を外して水を引き入れているところだ。戸板をはめ込む場所の少し向こうまで石で水路が作ってある。
水路の上流に目を向けると、そこには鉄で出来た高さ5m、幅10mはあろかという大きな水門が有り、水門の周囲もおなじくらいの高さの土手がとても長い距離に渡って作られていた。
水門から流れる水路は3方向に伸びている。
1つは今俺がいる田畑がある方に伸びる水路で、残る2つはこの村の民家が建ち並ぶ方へと流れている。そして、その家から伸びた水路はさらに下流の土手側にある水門に繫がっているようだった。
そんな風に水路を観察していると
「この水路はアウラ様が考案されたものの1つだ」
俺が水路に関心を示しているのに気づいたロイドさんが話しかけてきた。
「アウラ様というと、本来俺の従兄弟にあたり、これからは兄になる方ですよね?」
「……そうだな、そうなる。この水路や水門・土手が本当に有用なら王国の発展に役立つはずだからと王国のお偉方を説得し、土魔法の使い手を大量に派遣させ、ブラッドリー子爵領全てにこれと同じ物を試験的に作らせたんだ。しかも工事費用は全額王国持ちにさせたんだぜ?」
ブラッドリー子爵領がどれくらいの広さかはわからないが、ここにある物だけでもかなりのお金がかかるだろう。これを何カ所も? 本当にこれを国がタダで作ってくれたのか?
「今までは土手も水門も無かったから、大雨が降ると川が氾濫して作物をだめにしたり、家が流されることもあったんだ。けどこの水路と土手や水門を作ってからはそんなことは無くなった」
確かにそれは水門という答えをみればその効果はすぐに想像できる。しかし、これをヒントなしで考えつくのは難しい。
水門も、水門自体にかかる水圧に耐えられる物にしなくてはいけないし、水門は開閉できなければ意味がない。あの巨大な水門は、どうやって開閉するんだ?
「乾期を除けば水が欲しけりゃ家の前に綺麗な水路が流れてるから、わざわざ川に洗濯しに行く必要もないし、洗濯用と飲み水用の水路は分かれてるからいつでも綺麗な水が飲めるんだ。他にも色々とアウラ様のお陰で俺達の生活は楽になったんだ。本当にアウラ様には感謝してる」
「アウラのことは私の一番の自慢でもあるが……なぜ息子のアウラには様付けで、私はアルなんだ? 息子の前で示しがつかんだろう」
「お前のような武術馬鹿からアウラ様のような方が生まれるとはな……鳶が鷹を生むってのはこのことだな」
ロイドさんがそう言うと、同じくらいの年齢の人達が確かにといって口を揃えて笑い合う。そしてその笑い声の奥から、段々大きくなってくる蹄の音が聞こえてきてそちらに目をやると、白馬にまたがりとても整った顔に笑顔を浮かべた、少し小柄な男性現れた。
「お帰りなさいませ父上」
……俺の兄は小柄な白馬の王子様?
次回お父さんとアウラお兄さんとジェリドの3人はブラッドリー家に到着します。
そしてそこでようやくジェリドの容姿が明らかになります。
ジェリド本人も記憶を無くしてから一度も鏡を見ておらず、自分の顔もわかりませんでした。
そして鏡の中の自分の容姿に思わずビックリ!
……これが……僕?
次回【アウラ=ブラッドリー】
予告内容とタイトルが一致しない?
そんな回も有っても良いかとw